第九十四話 再会

 村を出てから三日が経過していた。

 俺達は岩の上に座り、焼いた魔獣の肉を齧っていた。


「都市近辺じゃなかなかないけど……少し外れると、地上でも魔獣がいるものなんだな」


「魔獣の間引きは軍の仕事だからね。あそこの村のように、それが行き届いていない地も多いのだろうけれど」


 俺とマニが話していると、エッダが鼻で笑った。


「そんな中途半端なことをしているから、いざ魔獣が街に入り込んできたときに大騒ぎになるのだ。多少野放しにしておいた方が、警戒心が高まるというものだろう。どうせ完全には潰しきれんのだからな」


 そう言ってから、豪快に骨付きの肉に齧りつく。


「……お前の部族は部族で、極端過ぎて参考にならないんだよ。魔導剣だって、人里じゃ高価なものなんだからな」


 俺は周辺を眺め、それからセリアの方を見た。


「セリアちゃん、今日の移動は予定通りに進んでるんだよね?」


「はい、ディーンさん! 早かったら、もう四日後にはパルムガルトに着いていると思います。経路も遠回りなしで向かっていますから、ここから迷う心配はあまりありませんし」


「そっか、ありがとう」


 俺は答えてから「あと四日……」と反芻する。


 村を出てから、軍に追われている形跡はない。

 相手は全員魔導器使いで、一日の移動距離も長い。

 それに、かなりの数も動員しているようだった。


 だが、リューズ王国東部は広大だ。

 それに、さすがにマルティ魔導佐も、二つの部隊を動かして返り討ちに遭うとは、考えていなかったのではなかろうか。

 カンヴィアも腹黒い奴で、考えがあってマルティに伝令兵をまともに出していない様子だった。


 ここ三日、全く軍からの接触がなかったことの意味は大きい。

 恐らく、合同部隊が撃退されたケースをカバーする策が、軍部にはまともになかったのだ。

 考えてみれば、そもそも撃退されないように動くのが合同部隊の強みであったはずだ。


 纏まった戦力を広範囲に向かわせながら、撃退されたときのカバーまで考えるなど、いくらなんでも俺達相手にそこまでの兵力を割いたとは思えない。

 俺達相手にそこまでするなど、むしろ病的だ。


 カンヴィアとジルドの合同部隊を突破できたのは、相手の油断と失策、そしてこちらの奇跡的な快進撃が重なった結果に過ぎない。

 まともに戦っていれば絶対に敵わない相手だった。


「もしかして、このままパルムガルトへ行けるのか……?」


 つい、俺はそう漏らした。


「甘ちゃんだな」


 エッダが小馬鹿にしたように言う。


「ロマブルクからどういう経路へ向かうのかは読まれにくいけれど、パルムガルトへ向かえる経路は限定される。近づけば近づくほど、捕捉されやすくなるんじゃないかな」


 マニが苦笑いする。


「わ、わかってるさ。つい、思い付きが口を出ちゃった、というか……そうだな、願望だったな、これは」


 俺は頭を掻き、溜め息を吐く。


 軍人の統率力は高い。

 残忍で実利主義で、上の命令が絶対だというイメージがある。


 カンヴィアほど忠誠心と誠実さに欠ける魔導尉は、かなり珍しい方だろう。

 他の合同部隊があそこまで身勝手な動きをしてくれるとは思えない。


 つまり、次の戦いは、前回よりもずっと厳しくなるだろうということだ。


「とはいっても、向こうはこっちの思惑なんて、わかっていないっていう建前でいるんだ。管轄外の、それもシルヴァス魔導将が拠点にしているパルムガルトの近辺で、派手に部下を動かして僕達の捜索なんてできないと思う」


 それは一理ある。

 パルムガルトに、というよりも、周辺に入った時点で半ば俺達の勝ちのようなものなのだ。


「ということは……」


「きっと、今日、明日に襲撃が来る。それが、僕達とマルティ一派の、最後の戦いになる」


 俺は息を呑んだ。


 勝てる……だろうか。

 次は、どの魔導尉が来るだろうか。

 知っている相手だろうか。

 使う魔法は、何が主体か。

 ジルドのような|放射魔法(アタック)か、カンヴィアのような|呪痕魔法(カース)か。

 |時空魔法(パラドクス)や|重力魔法(グランテ)使いかもしれない。

 いや、闘気や闘術、変わった魔導器で押してくるタイプや、|亜物魔法(マター)で狡猾に立ち回ってくるかもしれない。


 苦しい戦いにはなるだろう。

 だが、そこさえ乗り切れば、俺達の勝ちなんだ。


 移動の最中、ぱらぱらと雨が降ってきた。


「……ちょっと強くなりそうだね。豪雨の移動は、体力が奪われる。雨宿りできる場所を探そう」


 マニの提案に、皆賛成した。

 谷底を進み、岩が天井になっている場所で俺達は休息を摂った。

 その頃には雨は強くなっていた。


「少し、予定が遅れるかもしれないな。あと数日ってところで、幸先が悪い……」


「外を歩いている日は何日もあったのだから、一日くらいこういう日もあるさ」


 魔獣を警戒する意味でも、俺は《オド感知・底》を度々使い、接近してくる者がいないかを確かめていた。

 とはいっても、常にすぐ近くに魔獣がいるような魔迷宮ならともかく、屋外での《オド感知・底》は、範囲が広すぎてあまり意味がない。

 おまけに豪雨のせいか、普段よりしっかりと機能していないようにも思える。

 オドを無駄に消耗させているだけかもしれなかった。


 もう止めようか……と考えていると、一体の気配が、《オド感知・底》に引っ掛かった。

 迷いなくこちらに向かってきているようだった。


 魔獣、だろうか?

 人間だとしたら、軍の偵察の可能性が高い。

 ならば、感知して捉え、各個撃破できる機会はこちらにとってありがたくもある。


「……セリアちゃん、奥へ。何かがこっちに来ている」


 俺の言葉で、マニとエッダが立ち上がり、各々の魔導器を構えた。


 豪雨に紛れ、足音が近づいてくる。

 やはり、人間か。

 俺は《饕餮牙とうてつがグルイーター》の柄を強く握り締めた。


 痩せぎすの、長身の男だった。

 ややだらしなく見える長さの紫紺の髪からは、雨の雫が垂れている。


 灰色の、魔導尉階級の軍服に身を包んでいる。

 男は薄く隈のある目を開き、俺の顔を見た。


「よう、坊主。結構久し振りだよな。冒険者ギルドで顔を合わせたのが、最後だったから」


「ヘ、ヘイダルさん!? どうしてここに……」


 ヘイダルは軍服を摘み、軽く引っ張った。


「……入軍したんだ。前、話したろ? スカウトが来てるって。俺は元々、感知術士が本分だから、今回も重宝されててよ」


 ヘイダルは淡々と話す。

 言い方こそぶっきらぼうだが、普段のような気さくさはない。


 それに、ヘイダルは、俺達の姿を見つけてから、距離を詰めては来なくなっている。

 手に握った魔導剣……《予言する短剣ギャラルホルン》は、先端を地面に垂らしてはいるものの、武器を仕舞う様子を見せない。

 俺達も、構えた魔導器を下ろせずにいた。

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