第九十話 肉人形

「クク、ハハハハ! 久々に使ったが、《アグニアグリ》の不細工っぷりには、相変わらず笑わせられちまう」


「オ、オオ、オオ……」


 カンヴィアの呪痕魔法カースによって怪物に変えられた一般兵が、低い唸り声を上げる。


「自分の部下に、なんてことを……!」


「魔導佐からは、インパクトが強すぎて軍の悪評になりかねないから使うなって言われてたが……もう関係ないな。貴様らを殺した後には、この村にも消えてもらう。この村の連中は、貴様らに関わり過ぎた」


 カンヴィアはそう言い、続けて《呪顔のゲールマール》を掲げる。


「《ウルフマン》!」


 不穏な暗色の光が漂い、カンヴィアを包み込む。

 爪が伸び、牙が生え、目は獣のようにギラギラと光る。

 灰色の毛が生え、彼の身体を覆っていく。


 前回同様、身体能力を引き上げる呪痕魔法カースだ。


「さぁ、準備は終わった! やるかァ!」


 カンヴィアは《呪顔のゲールマール》を地面に突き立て、俺とエッダを睨んだ。


 カンヴィアはジルドと違い、パワータイプだ。

 恐らく、元々闘気が膂力に寄っている。

 加えて《剛絶》を有し、呪痕魔法カースを用いた身体能力の引き上げや近接戦補助を行える。


 その点で、放射魔法アタック型であるが近接戦をせざるを得なくなったジルドとは決定的に異なる。

 下衆だが、実力は間違いなく本物だ。

 ジルドやプリアよりも戦闘に長けている。


 俺とエッダの二人掛かりでも怪しい相手だが、《アグニアグリ》によって怪物になった一般兵が、どういう戦い方をしてくるのかも不気味だった。


「オオオオオオオオッ!」


 一般兵の男はカンヴィアに先行し、雑に魔導剣を構えて突撃してくる。

 動きが、明らかに普通の一般兵よりも速い。

 闘気がかなり大幅に引き上げられている。

 《ウルフマン》どころじゃない。


「なんでそんな姿にされても、そんな男に従ってるんだよ!」


「カハハハ、呼び掛けても無駄だ! 今のコイツに、思考能力など残っておらん! 生前の使命をなんとなく果たそうとするだけの、肉人形よ!」


 人間を、命を、なんだと思っていやがるんだ。

 俺は怒りを堪え、大きく目を見開く。

 愚直に突撃してくるだけなら《視絶》で動きを見切れる。


「すぐに、楽にしてやるからな!」


 俺は男の大振りを、屈んで回避する。

 後ろ側を取り、首の項に刃を伸ばした。

 肉を削ぎ、骨にまで達した感覚があった。


「ア、ヴァッ!」


 悲鳴のような声を漏らし、男は勢い余って転倒し、転がっていく。

 

 どうにか処理できた。

 だが、元のレベルを思えば、異様に肉が硬かった。

 速さだけでなく、頑丈さも跳ね上がっていた。


 首を狙ってよかった。

 肩や腹なら、仕留めきれなかっただろう。

 速さと頑丈さを跳ね上げるなど、あまりに強力すぎる。


 だが、次の瞬間、予想外のことが起こった。


「ア、アアア……!」


 首が折れたまま、男が起き上がった。

 斬った項に肉の腫瘍のようなものが膨れ上がり、止血されていく。

 悪夢のような光景だった。


「出鱈目過ぎる……!」


 あんな力、明らかに元のオドの限界を超越している。

 辻褄が合っていない。


「どうした? 貴様の相手は、あの不細工肉人形だけじゃねえぞ?」


 カンヴィアが俺の目前で《呪顔のゲールマール》を掲げる。

 刃を叩きつけてくる気だ。


 カンヴィア相手に《刃流し》は危険すぎる。

 俺は魔導剣で受けたが、力負けして後方へ弾かれた。


「ぐっ……!」


「甘い、甘い!」


 カンヴィアは姿勢の崩れた俺へ、続けて追撃の刃を振るう。

 だが、横から飛んできたエッダに気が付き、俺を牽制しながら魔導剣を引いた。

 

「《メデューサ》!」


 カンヴィアの左腕に光が走る。

 彼の腕が、無数の蛇へと変化した。

 カンヴィアは腕をエッダへと向ける。


「ハハァ! 毒で狂い死ね!」


 エッダは素早く刃を振るい、蛇達の頭を潰す。

 カンヴィアはその際、左腕を振り上げた。

 エッダの刃が跳ね上げられ、彼女の身体が浮いた。


 俺の伸ばした剣は、構えられていた《呪顔のゲールマール》に妨げられる。


「こっちが本命だ! 潰れろ!」


 カンヴィアが、宙に浮いたエッダの腹部目掛けて蹴りを放つ。

 見ただけで、重い威力が乗っているのがわかった。

 エッダの身体が、軽々と吹き飛ばされる。


 カンヴィアはニマリと笑うが、すぐに笑みを途切れさせた。

 エッダはあっさり着地し、再び駈け出してカンヴィアへと距離を詰めに掛かる。

 エッダは剣を払い上げられた瞬間、素早く戻し、刃の腹でカンヴィアの蹴りを防いだのだ。


「ガードが間に合っただとぉ……?」


「前回と同じだと思われては困る」


 エッダが《瞬絶》で速度を上げた。


「まずは、数を減らすか」


 カンヴィアの腕の筋肉が膨れ上がる。

 《剛絶》だ。

 競り合っていた剣越しに俺を力任せに弾き、続けて重い一撃を振り下ろしてきた。

 一度振り切った後、素早く逆側から打ってくる。


 俺はそれを、《硬絶》で腕を固め、加えて《剛絶》で膂力を上げて受けきった。


「《ウルフマン》と《剛絶》で強化した、俺の剣を耐えた……?」


 いける、押し切れる……!

 このまま俺がカンヴィアの攻撃を受け、《プチデモルディ》を使えば、エッダとベルゼビュートの猛攻をンヴィアは凌ぎ切れなくなる。


 そう考えて《プチデモルディ》を使おうとしたが、背後より一般兵が接近してくる声が聞こえた。


「オオオォオオオオオッ!」


「チッ!」


 俺は《闇足》で背後に退いて離脱し、《火装纏》で刃に炎を纏い、一般兵の異形の肉体を斬りつけた。

 

 いくらなんでも頑丈すぎる。

 何か、致命的な弱点があるはずだと考えたのだ。

 できることを試していくつもりで、まずは炎からぶつけることにした。


 異形の肉に、刃が走る。

 確実にダメージを与えるために深く突き入れた。


 だが、それが災いした。

 刃は骨で止まった。骨が肥大化しているのはわかっていたので、安易な攻撃だった。


「オオオオオッ!」


 振り下ろされた刃を、俺は身体を横に傾けて避けた。

 ギリギリだった。

 だが、一般兵は剣を振り下ろす勢いに乗じて、膨れ上がった頭を俺に打ち付けてきた。


 頭突きを、まともに顔で受け止めることになった。

 自身の首が軋むのを感じた。

 意識が跳びかけた。


 速さと、頑丈さだけじゃない……!

 膂力まで引き上げられている。

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