第九十一話 肉壁

 俺は一般兵の、赤黒く変色した肩を蹴り、彼の肉にめり込んでいた《饕餮牙とうてつがグルイーター》を引き抜いた。


「オオオオッ!」


 力任せに振られる魔導剣を回避し、距離を取った。


「ハッ、役立たずだったが、文字通り肉壁にはなったな」


 カンヴィアが耳障りな声で笑う。


 エッダは捉えられないようにカンヴィアの周囲を飛び回りつつ隙を伺っていたようだが、圧倒的な力を誇るカンヴィアを前に攻めあぐねていた。

 元々、カンヴィアはエッダでも単騎でどうこうできる相手ではない。


 ……俺がこの一般兵に妨害さえされなければ、一気にカンヴィアへエッダと二人掛かりで猛攻を仕掛けることができていた。

 あまりに耐久力が高すぎる。

 おまけに速度と膂力まで、ただの一般兵とは比べ物にならないレベルになっている。


「有り得ない……支援魔法パワードや絶で強化したって、本人のオド自体が跳ね上がるわけじゃないはずなのに」


 カンヴィアの呪痕魔法カースである《アグニアグリ》は、明らかに闘気を全体的に引き上げていた。

 理に反している。


『弱点がないわけではないはずだ。恐らくこの《アグニアグリ》は、魔力に回すオドのリソースを、強制的に闘気に流しておるのだ。《イム》で見ずともわかる』


 ベルゼビュートが助言をくれた。

 なるほど、それならオドの総量が跳ね上がったように見える理由はわかる。

 《アグニアグリ》を受けたこの一般兵は、闘気が跳ね上がった代わりに魔力が大幅に下がっているのだ。


「つまり、弱点は……?」


呪痕魔法カースに魔力での抵抗が利かないこと、であるな。例えば闘気を一時的に引き下げるような呪痕魔法カースを受ければ、その辺の魔獣よりもよほど効果的に利くはずである! どうであるかディーン、妾の洞察力は!』



「……だったら、意味がないじゃないか」


 俺は唇を噛んだ。

 わかったところで、そんな都合のいい魔法は持っていない。

 カンヴィアから奪おうにも、カンヴィアの呪痕魔法カースは自己強化ばかりだ。


「悪い、エッダ! すぐにこいつを片付けるから、もう少しだけ持ち堪えてくれ!」


 この耐久力お化けに邪魔され続けていれば、カンヴィア相手に決定打を与えられるわけがない。

 どうにかこいつから片付けなければならない。

 ただ、首の骨に刃が達しても、一瞬で立ち上がるような相手だ。

 ちょっとやそっとのダメージでは倒せない。


「オオオオオオオッ!」


 俺は一般兵と打ち合いながら、奴の魔導剣へと目を向けた。

 あれさえ落とさせれば闘気を大幅に下げることができる。

 だが、容易ではないだろう。

 奴の肉体は異様に硬いのだ。


 俺は目に闘気を込め、《視絶》を用いながら斬り合う。

 隙を見て、奴の足を斬りつけた。

 感触としては骨を断ったはずだったが、少し姿勢を崩しただけで、すぐに足にぶくぶくと腫瘍が膨れ上がり、元通りに立ち上がる。


 知性がないため、動きは読みやすい。

 相手がこちらの動きを読んで、裏を掻いてくるような真似もしてこない。

 ただ、倒せない。


「オオオオオオオッ!」


 一般兵が吠える。

 左右で大きさの違う、相手の瞳を睨み……俺は息を吸った。


「そろそろ……エッダに悪いからな。お前も苦しいだろ?」


 俺は一般兵と剣を交わし、再び相手の足を、さっきと同じ位置を斬りつけた。

 さっきよりも早く腫瘍が膨れ上がり、傷が塞がれていく。


『ディーン、足は意味がない! 心臓……は肉が邪魔であるが、頭ならさすがにダメージが通るはずである』


「わかってるよ。でも、これでいいんだ。アイツの弱点は、魔力を失くしたことよりも、知性を失ったことだ」


 便利な呪痕魔法カースがあれば話は別だったのだろうが、少なくとも俺達には《アグニアグリ》で大幅に減少したであろう魔法への魔力抵抗力の弱点を突く術はない。


『それはそうであるが……』


 俺は一般兵と剣をぶつけ合い、相手が力任せに押してきたのに乗じて背後に跳び、距離を取った。


「《マリオネット》」


 魔導剣を掲げ、魔法陣を展開する。

 魔力の糸玉を生じさせる造霊魔法トゥルパである。

 俺は糸玉を魔導剣で突き、刃に纏わせる。


 普通の兵士なら、目前でこんな動きを見せられれば警戒する。

 だが、《アグニアグリ》を受けた相手には、そんな思考が残っているようには窺えなかった。


「オォオオオオオオオッ!」


 一般兵が飛び掛かってくる。


 俺は尻目でエッダを確認した。

 彼女はカンヴィア相手に、かなり苦しい戦い方を強いられているようだった。

 とにかく引いて、避けることに徹している。


 連続的に《瞬絶》を使っているはずだ。

 長く持つ動きではないし、カンヴィアの破壊力の前では、一つのミスで一撃もらえばそこまでだ。


 俺は後ろに跳び、カンヴィアへと少し近づいた。


『お、おい、その方向にいけば、最悪囲まれることになるぞ、ディーンよ』


「わかってるよ。でも、苦しい状況の中だと、リスクを取って活路を開くしかないんだ」


 俺は《視絶》を用いて、視界端のカンヴィアの動向に常に意識を向けられるようにした。

 この闘術は、本当に戦いやすい。

 敵にすれば地味だったが、自分で使って使い勝手の良さに驚かされる。

 集団戦で、他者の動きに常に気を配ることができるのは大きい。


 「オォオオォォオオッ!」


 一般兵が乱雑な剣技を放つ。

 俺は一振り目は《硬絶》で腕を支えて剣で弾き、二振り目は《水浮月》で透過し、奴の腰下辺りに剣を走らせた。

 肉が削げるが、すぐにまたぶくぶくと腫瘍が膨れ上がり、補われていく。


 これでいい。

 奴に、造霊魔法トゥルパの糸をくっ付けることができた。


『しかし、あの糸にさしたる強度はないのであろう?』


 確かに引っ張れば簡単に伸びるため、あまり強い力を加えられはしない。

 だが、ほんの少しの力でいい。

 意図せぬ方向に引かれれば、人は簡単に引っ張られる。


 それに《アグニアグリ》は身体の各部位が出鱈目に急成長しているため、身体のバランスが悪い。

 加えて俺は、身体を支える足を狙って攻撃し、体幹が傾くように再生させた。

 

 後は、俺を餌にカンヴィアを釣る。

 俺はカンヴィアの動きを《視絶》で確認しつつ、一般兵と打ち合い、ゆっくりカンヴィアの方へ寄っていった。


 一般兵が力任せに振るった剣に弾かれたところで、カンヴィアが動いた。


「卑怯とは言わねえよなぁ? 戦場で気を抜く間抜けが悪いんだぜ」


 カンヴィアがエッダから距離を取り、俺の背を狙って《呪顔のゲールマール》を振り回した。


「馬鹿者! 近づきすぎだ!」


 エッダが声を荒げ、駆けてくる。


 俺は魔導剣を勢いよく引き、造霊魔法トゥルパの糸を利用して不規則に飛んだ。

 逆に、糸越しに引かれた一般兵の身体が、俺の方へと倒れ込んでくる。

 身体を捩じり、造霊魔法トゥルパの糸を刃で断ち、《闇足》で素早く一般兵の裏側に回り込んだ。


 カンヴィアの魔導剣の重い一撃が、一般兵の身体を大きく抉った。


「チィ、盾にしやがったな! 姑息な真似を! どうせこいつは、すぐに再生するのに……」


 カンヴィアは《呪顔のゲールマール》を引き抜こうとして、顔色を変えた。

 そう、カンヴィアの剛力で押し込んだからこそ、簡単には引き抜けない。

 《アグニアグリ》で硬質化した肉体と、その再生力の高さが裏目に出た。

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