第八十八話 ジルド、決着

「いい気になるなよ……三流冒険者がぁっ!」


 ジルドが俺へと《猟剣ウッルドーン》を構える。


「《ロングバレット》!」


 剣先から離れた豪炎が、俺へと向かってくる。

 俺はそれを、目視してから右へ避けることができた。


 身体が、信じられないくらい軽い。

 思ったよりも回避に余裕があった。

 やはり《魔喰剣ベルゼラ》の補正値とは桁が違う。


 ジルドが顔を強張らせる。


「ジルド……わかってないわけじゃないだろ? 《ロングバレット》は元々、遠距離用の放射魔法アタックだ。この間合いで、同格相手に単発で撃って当たる魔法じゃない」


「同格……? この私が、貴様程度と同格だと!? ほざくのも大概にしろ!」


「確かに、お前の方が上だろうな。だが、お前は《視絶》と放射魔法アタックで戦う、後衛特化だ。闘気より魔力が高いのは、前に見たから知っている」


 だが、ジルドは片目を失い、近距離でも強力な効果を発揮する《ブレイズフレア》を失っている。

 切り札としていた、高精度の《ブレイズフレア》はもう再現できない。

 前衛を熟すチェルシーも、ジルドが油断している間に倒すことができた。


 そして俺が完全に《ロングバレット》を見切れた以上、ジルドの魔法は死んだも同然だ。


「ありがとう……お前が散々、追い込むだけ追い込んで、遊んでくれた結果だよ」


 俺はその度、強くなろうと思えた。

 今が、その結果だ。


「……確かに、私にとって不利な盤面であることは認めよう」


 ジルドは充血した隻眼を見開く。


「だが、私はこんな盤面でも、貴様を圧倒することができる! それが魔導尉の、このジルドの力だと教えてやろう! 《瞬絶》!」


 ジルドの速度が跳ね上がる。

 

「私の最高速の一閃……躱せるものなら躱してみせろ! これが貴様と私の、格の違いだ!」


 俺は《硬絶》で腕を支え、真っすぐに剣を突き出した。

 ジルドの刃を、俺の刃が弾いた。

 ジルドは顔を青くし、身体を曲げ、それから大きく横へ飛んだ。


 ジルドは地面を転がり、膝を突いて起き上がった。


 さすが《視絶》は強力だ。

 あの状況から、よくぞ回避しきったものだ。

 動体視力だけではなく、視界への集中力が高まっているとしか思えない。


「合わせたのか……? 私の《瞬絶》の一閃に!?」


 闘気で追いつきつつあるのは確かだが、今のはジルドが直線的だったこともある。

 魔法型であるため魔導尉の中では闘気自体は低めだとしても、《瞬絶》と《視絶》による戦闘補助の効果は大きい。

 今のジルドは崩れているが、それでも戦闘経験も俺より遥かに豊富だろう。

 正面からぶつかれば、未だに不利なのは俺の方だ。


 ならば、ここで俺が取るべき作戦は一つだ。


「《ブレイズフレア》!」


 俺はジルドの側面へ回り込むように動きながら、ジルドから奪った放射魔法アタックを放った。


 三つの火の玉が、ジルドへ飛来する。

 以前に放ったものより様になっていた。

 恐らく、《饕餮牙とうてつがグルイーター》に変わり、放射魔法アタックへの適性も上がっているのだ。


「うぐっ!」


 ジルドが跳ね跳び、三つの火の玉を回避する。


 俺はジルドほど放射魔法アタックの扱いになれているわけではない。

 《視絶》のような便利な闘術も持っていない。

 だが、こうなった今、中距離戦での魔法の手数は俺の方が多い。

 俺には《トリックドーブ》もあるので、緩急をつけて仕掛けることもできる。


 俺が中距離魔法主軸で攻めれば、ジルドに当てること自体は難しくても、相手は強引に俺へ攻め込むしかなくなる。


「私の得意分野で攻めようというのか……フフ、フフフフ……」


 ジルドは自嘲気に笑った後、顔を真っ赤にして吠えた。


「舐めるなよ小僧ォッ!」


 ジルドの隻眼から、血が垂れ始めてきた。

 《視絶》に身体が追い付かなくなってきているのだ。


 俺は背後に引きながら、魔法陣を展開する。

 だが、この距離だと、俺の放射魔法アタックよりジルドの剣が先に到達しかねない。

 恐らくほとんど同時に放たれる。


 だから俺は魔法陣を掻き消し、ジルドの失明している目の側、死角になる位置を《闇足》で駆け抜けた。


「見えている、見えているぞディーンンン! 所詮、貴様は紛い物……! 放射魔法アタックの使い手の思考など、私の方がずっとわかっている! 強行で距離を詰められれば、裏を掻いたつもりで魔法を止め、逃れようとすると読んでいたぞっ!」


 ジルドが素早く顔を傾け、俺へと魔導剣を振るった。

 俺の背を襲う一撃は、俺を捉えられなかった。

 背を掠める刃は、水を浚うようにすり抜ける。


「これは、以前の……!」


 やはり《闇足》と《水浮月》の合わせ技は強い。

 《闇足》で身体の芯を斬らせず、体表に走った刃を《水浮月》で透過する。


 ジルドが背後へ跳んで逃れようとする。

 だが、逃しはしない。この隙を待っていたのだ。


 俺は黒い光を纏った刃で、ジルドの腹部を斬った。


「私が、私が、こんな……!」


 ジルドはよろめきながら、後方へ跳んで距離を置く。


 それから口許を押さえ、激しく咳き込んだ。

 手に、血がついていた。

 俺の刃が内臓を傷つけていた証拠だ。

 それを見たジルドが、わなわなと手を震えさせる。


「有り得ない……有り得ないぞ、こんなことは! 私はっ、私、私は……魔導尉だぞ! まぐれは続きはしない、次こそは、次こそは……!」


「次はない」


「あぁああ!?」


 俺は目に力を入れる。

 血が巡り、周囲の血管が浮かび上がるのを感じた。

 視界が一気にクリアになった。遠くの距離感まで鮮明に掴める。


 俺は目頭へ指を触れた。

 確かに、眼球が疲れる。

 ジルドが癖のようにこめかみを叩いていた理由もわかる。


 ジルドがハッとしたように、自身の目の付近へと手を触れる。

 それから歯軋りをし、俺を睨んだ。


「奪ったのか……? 私から、《視絶》を! 《ブレイズフレア》を奪ったときのように!」


「その怪我で、頼みの綱の《視絶》まで失ったんだ。次はない」


 魔力特化とはいえ、ジルドの闘気は高い。

 《視絶》もあるジルドを一撃で仕留めるのは難しかった。

 だから《暴食の刃》に魔力を使ってでも、確実に攻撃を当てられるタイミングで《視絶》を奪い、ジルドを詰ませることにしたのだ。


「舐めるなよ……舐めるなよ、小僧ォォオオオオッ!」


 ジルドは《瞬絶》で駆けてきた後、地面を蹴って俺へと飛び掛かってきた。

 宙から飛び掛かるのは、よほどそういった戦い方が慣れているか、カバーできる闘術がない限り、運頼みの一撃となる。

 確かに対応はしにくいが、飛び掛かる側も相手の対応を見切ることが難しいためだ。


 それは祈りにも似た、格下が格上にやる、破れかぶれの剣だった。


 俺は半歩退く。

 ジルドの剣は、俺のすぐ横を掠める。

 俺はそれをしっかりと目で確認してから、下から振り上げるように刃を放った。

 ジルドの片腕を飛ばし、続けて胸部深くを斬りつけた。

 ジルドの《猟剣ウッルドーン》が宙を舞う。


「なんだ、これは! こんな、馬鹿なっ……! 私は、私は……!」


 ジルドがその場に崩れ落ちる。


「《視絶》持ちに、やっていい戦い方じゃなかったな」

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