第八十五話 近接戦

「小僧が、言ってくれる……!」


 ジルドが隻眼で俺を睨み付け、彼の魔導剣である《猟剣ウッルドーン》を俺へと向ける。

 彼の前に、チェルシーが立った。


「当然、私もお手伝いしますよぉ、ジルド魔導尉殿」


 俺は息を呑む。

 ジルド一人でも厳しいが、やはり戦力差が開いているのが痛い。


 カンヴィアがエッダを《呪顔のゲールマール》で示す。


「そっちのガキは、可哀想なジルド魔導尉殿に任せてやろう。俺はナルクのお嬢ちゃんと、適当に遊んでやるとするかな」


 カンヴィアの部下の四人がエッダを囲んだ。


「殺すなよ? クク……この女は、ずっと前から目を付けていたんだ」


「下衆め」


 エッダが舌打ちをし、カンヴィアへと魔導剣を向ける。


「貴様は《魔の洞穴》で顔を合わせたときから気に喰わんと思っていた。ここで決着をつけてやる」


「おお、それは残念だ。だが、この状況で勝てると思っているのは、とんだ笑い種だ」


 ……エッダの方は、一対五になってしまった。

 数の不利がまだ小さく、片目の負傷で本来の力を出せないジルドを相手取っている俺がどうにか早く戦闘を終わらせ、手助けに入るしかない。

 それまでどうにか持ち堪えてもらわなければならない。


 だが、カンヴィアは明らかにエッダを舐めている。

 エッダには、相手を油断させたまま勝負を引っ張ってもらうしかない。


「退きたまえ、チェルシー。お前は今回、背後で見ていればいい。カンヴィア魔導尉殿の部隊にも、私の方にも、援護は不要だ」


 ジルドが、俺を威嚇するように派手に魔導剣を振った。


「お言葉ですけどぉ、ジルド魔導尉殿。あのお兄さん、前よりずっと強くなってますよ」


 チェルシーはふざけた口調だったが、真剣な目をしていた。


「退けと言ったのがわからんかチェルシー! 上官の言葉に、無用な意見を出すな! この小僧と私では、元々天と地の開きがある。それに、あの怪しい魔導剣ではない、ただのボロ棒だ。一般兵の分際で、つまらん口ばかり挟むでない!」


 ジルドが怒鳴る。

 余程前回のことが堪えているらしい。


 実際、ジルドは片目が潰れて弱体化している。

 ジルドの強みは《視絶》による放射魔法アタックの異様な正確さだったが、隻眼になった今、立体的な空間把握はできなくなっている。

 精度は大きく落ちているはずだ。


 だが、それでも、B級魔導器持ちの高レベルであることは間違いない。

 俺の新しい魔導剣があって、それでようやく戦いになったかもしれない、というレベルだ。

 ジルドが感情的になっているのは間違いないが、自身単体でも苦労する相手出ない、という判断自体はそう大きな過ちではない。


「あー……はい、わかりましたよぉ」


 チェルシーが面倒臭そうに言い、引き下がった。

 

 何にせよ、勝算が少しでも上がったのはありがたいことだった。


「借りを返させてもらうぞぉっ! 貴様の顔も、私より酷くしてやろう!」


 ジルドの《猟剣ウッルドーン》が赤く輝く。

 魔法陣が展開され、先端に真っ赤な光が灯った。


「《ロングバレット》!」


 来た、ジルドの放射魔法アタックだ!

 俺は全力へ前方へ跳び、剣先の照準から離れた。

 俺のすぐ背後で爆炎が爆ぜる。


「この私の炎弾を……あんなボロ切れしか持たない三流冒険者が、この近距離で回避しただと……?」


 ジルドは動揺していた。

 まさか、この短期間で、俺が五つもレベルを上げたとは考えが及ばないだろう。

 この間に、一気に畳み掛ける。

 さすがのジルドも、俺を簡単に勝てる相手出ないと見込めば、チェルシーを動かすはずだ。


「どこを狙ってる? 目をしっかり開いて見てないからじゃないか?」


 俺はジルドを挑発した。

 ただ、言葉とは裏腹に余裕はなかった。

 少しでも相手が崩れてくれれば、という一心であった。


「なんだと……?」


 ジルドが目を見開く。

 目の周囲に、血管が木の根のように浮かんでいた。

 《視絶》だ。

 この近距離で使う意味はあまりないように思うのだが、恐らく動体視力も強化してくれるのだろう。


 今の、ゴヴィンの魔導剣では、まともに魔法は扱えない。

 適合属性もわからないし、使えたとしても威力は出ないだろう。

 ならば、闘術で攻めるしかない。 


 ジルドは半身を引きながら《猟剣ウッルドーン》を構える。


 ジルドには《瞬絶》もある。

 レベルも魔導剣も相手の方が上な以上、速度では絶対に敵わない。

 ならば《水浮月》のカウンター狙いだ。


「貴様の手足を落としてくれる!」


 凶刃が飛んでくる。

 俺はそれを身体で受けるように直進し、そのまま《水浮月》の透過で目前へと出た。


「なにぃ……?」


 ジルドが目を見開く。

 《水浮月》は、正体を見破られれば不意打ちはできないし、タイミングを外される可能性もある。

 同じ相手に連続で使っていい闘術ではない。

 だから、確実にここで一撃を入れなければならない。


 だが、闘気の差が大きすぎる。

 この魔導剣で一振りで致命打を入れるのは難しい。

 相手の瞬発力も考えれば、心臓一突きで殺すのは現実的ではない。

 ならば、確実に戦闘に支障が出て、かつ回避の難しい足を狙う!


 半ば突くように放った刃は、ジルドの刃に防がれた。

 素早く半歩退いたジルドが、俺の攻撃に対応したのだ。


「勝ったと思ったか? 貴様と私では、格が違うのだよ格が!」


 これが《視絶》の動体視力強化と、そして《瞬絶》の素早さ強化の成せる技か。

 あそこから防がれるとは思わなかった。


 いや、まだ終わってはいない!

 俺は《剛絶・中》で膂力を高め、ジルドの魔導剣を前方へ弾いた。

 だが、同時に、ジルドも俺を弾こうと魔導剣を押し出していた。

 鈍い金属音が両者の間に響く。


 俺とジルドは再び、同時に相手へと追撃の一撃を放った。

 二撃、三撃と刃が衝突する。

 だが、まるでジルドに隙が見えない。


 魔法のない今の俺の手札は少ない。

 《水浮月》に《剛絶・中》と、重要な闘術を二つ見せてしまったというのに、ジルドを全く崩せていない。

 いや、ジルドと対等に打ち合えてる時点で、闘術によるジルドの思惑外しが有効に働いているのは間違いない。

 ただ、それではジルドの《視絶》を欺き切れていないのだ。


 今でさえこの有様なのだ。

 この打ち合いを逃せば、攻め入る隙はもう回ってかもしれない。

 

 刃が衝突する。

 俺は刃を傾け、《剛絶》の膂力でジルドの魔導剣を頭上へと弾く。

 ジルドは素早く、魔導剣を縦に振り下ろしてくる。


 ここだ。

 俺は地面に片膝を突き、右手を頭に構えた。

 そして力任せに振り下ろしてきたジルドの刃を、右手の指先で受け止める。

 《硬絶》で硬化した指表面に伝わせ、滑らかに刃を受け流す。

 ジルドの刃は俺の指先に誘導され、宙を斬った。


 《硬絶》の先の技術、《刃流し》だ。

 ここまで綺麗に成功したのは初めてだった。


 俺は膝をバネに立ち上がりながら跳び、左手で魔導剣を突き出した。


「うおおおおおおっ!」


「うぐっ!」


 ジルドは大きく身体を背後へ逸らす。

 顔を捉えたかと思ったが、器用に首を動かして躱す。

 本当に、細かい動きが速すぎる。


「当たれぇっ!」


 俺は魔導剣を、全身で前へと押し込む。

 ジルドの顔面から赤い血が飛び散った。

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