第八十四話 復讐のジルド
村の入口の方では軍人達が集まっていた。
燃えている家屋があった。
ジルドの《ロングバレット》の被害にあったらしい。
既に村人達は散り散りになって逃げたようだった。
だが、軍人に抵抗しようとしたらしい村の男達が、血塗れで地面に転がされていた。
その中には、ゴヴィンの姿もあった。
カンヴィアが自身の髭を太い指で摩り、俺とエッダを見て笑った。
「なんだ、もうちょっと遊びながら捜すつもりだったのに。自らノコノコ出てくるとは、ブァカな奴らだ」
「な、何しに、来た……お前ら……。せっかく、時間を稼いでやったんぞ」
ゴヴィンが苦しげに漏らす。
「ゴヴィンさんこそ、何やってるんですか! ここまでなる前に……俺達のことなんて、売ってしまえばよかったはずなのに!」
「……舐めてくれるな。この村は余裕がねぇ。最近に至っちゃ、治安だってそんなによくはねぇ。散々人が減った寂れた村なのに、見知った顔ばっかのはずの中でも、問題ごとが絶えない。皆、限界だからな……。俺もお前ら上手く使って……あわよくば適当に切り捨てちまえば、それが一番いいって頭を何度も過ってたさ」
ゴヴィンはそこまで言い、血を吐いた。
「だが、こんな村だからこそ、守らなきゃいけねぇ一線がある。村の代表として命懸けで約束したことを、俺が反故にしちまったら、もう誰も、何も信じられなくなっちまうからな……!」
ゴヴィンが地面を這う。
その先には、一本の小さな剣があった。
魔導剣だ。一応、この村にも魔導剣がある、とは聞いていた。それを持ち出したのだろう。
「ゴヴィンさん……」
「ハッ、なんと愚かな! 矜持とは、強者にのみ許された余裕が、形を変えたものに過ぎないのだ。三流冒険者の愚図や、貧村のチンピラが語れるものではない! 不相応な思い上がりの中で、無意味に死ぬがいい……虫けら共」
ゴヴィンの手の甲を、ジルドの足が踏み躙った。
指が、あり得ない角度に曲がっていた。骨が、砕かれている。
「ぐあぁぁぁあっ!」
「面白い楽器だな。もっとも私は、値の張らないものは、気に入らんのだが」
「ジルドォッ!」
俺はジルドへと吠えた。
ジルドは楽しげに細めた目を見開き、顔を力ませて凶相を浮かべ、俺を睨み付けた。
首をこちらに向けて、ようやく彼の顔面の右側の惨事に気が付いた。
肌が焼け爛れ、右目は白濁している。瞼は焼き切れているようだった。
「お前……その顔」
「ああ、会いたかったぞぉ、ディーン。私はあの日から、お前に再開できる日を心待ちにしていたんだ」
俺の呟きに、今度は狂ったように笑い始めた。
「貴様は、あらゆる苦痛と後悔を味合わせ、緩慢に殺してやる。私の受けた屈辱は、貴様如きの安い命で償い切ることはできんからなぁ」
軍の中にはそれなりの
まともな治療を受けていれば、完全な眼球の再生は難しくとも、そこまで目立つ怪我ではなくなっているはずだ。
俺はこの場にいる敵の数を再確認する。
ジルドにカンヴィアと魔導尉が二人、そして一般兵が六人だった。
顔触れにも見覚えがある。
カンヴィア達は、伝令兵を送って他の部隊を集めていると思っていた。
しかし、
ここを見つけたのがカンヴィア達であったのも偶然ではないとすれば、他の部隊はこの近辺を捜し回っていないのだ。
もっといえば、彼らの村人への躊躇いのない攻撃も、独断行動であることを裏付けていた。
マルティはクズだが、馬鹿ではない。軍全体としては、無意味に村人を攻撃するような真似は推奨していないはずだ。
俺達にとってはありがたいことだったので深く考えてはいなかったが、カンヴィア達の村への接触がここまで遅れたことも、他の軍人と連携が取れていないからだとすれば、辻褄が合う。
ジルドの顔面を含めたブラフの可能性も捨てきれないが、そこまでする意味は感じない。
カンヴィアとジルドは、恐らく他に俺達の発見を知らせていない。
手柄の独占か……いや、ジルドは《魔喰剣ベルゼラ》の力に気が付いていたはずだ。
俺はそれがマイナスに運ぶと考えていた。
だが、欲深いカンヴィアは恐らく、俺の魔導剣を秘密裏に回収しようと考えたのだ。
だとすれば、他の軍人に俺の発見を知らせなかったのも理解できる。
魔導剣完成を目前にカンヴィア達の強行を受けたのは最悪のタイミングだと思っていた。
戦闘自体の勝算が薄すぎる上に、今後の展望も絶望的だった。
だが、部下の一般兵が本来十人であるところが六人で、かつジルドは片目を負傷しており、戦術の要であるお得意魔法の《ブレイズフレア》も俺の手にある。
ジルドのステータスも一度確認しているため、俺とマニ、エッダで共有済みだ。
この戦闘……無傷の難敵であるカンヴィアさえどうにかできれば、勝ち筋はある。
そして今後の絶望的なはずだった展望も、カンヴィアが本当に必要な連絡を怠ったならば、一気に道が開ける。
他の魔導尉達が集まってきて一層苛烈な旅路になることを予想していたが、これならば彼らさえ倒し切れば、パルムガルドへ直進できる。
他の軍人達もカンヴィアがこの村周辺でウロウロしていることを知らないので、この村がこの先巻き込まれる危険性も少ない。
不運続きだと思っていたが、案外風向きは悪くないのかもしれない。
問題は……ここさえ突破できれば、という部分なのだが。
「ゴヴィンさんから足を退けろ!」
俺は叫びながらジルドへ直進し、その途中でゴヴィンが使っていたらしい魔導剣を拾い上げた。
F級相応の魔導剣だろうが、それでもないよりはずっといい。
それに闘気の補正がなくても、武器のリーチを得られるのは強い。
「愚かな愚かな! あれだけやってやって、まだ力量の差がわからないとは! これだから貧民街育ちは」
ジルドの前に、二人の一般兵が飛び出した。
片割れはジルドの部下の生き残りである、ツンテール髪の女軍人、チェルシーであった。
手負いであったとはいえ、ガロック相手に優勢で立ち回り続けていた化け物だ。
明らかに殺し合い慣れしており、ジルドの部下の中では間違いなく頭一つ抜けた力量の持ち主だった。
「そんな棒切れじゃダメですよぉ。特にお兄さん、そんなに強くないんだし……」
チェルシーが笑いながら武器を構える。
それと同時に、もう片割れの一般兵が先に斬りかかってきた。
「もらった!」
普通に避ければ、チェルシーに隙を突かれる。
だが、俺には第三の避け方がある。
敢えて刃を肩で受けるように動き、《水浮月》の透過能力でやり過ごした。
二人は俺の回避の仕方が頭になかったらしく、一瞬硬直した。
俺は避けると同時に魔導剣を構え、腕に闘気を漲らせていた。
マニのレベル上げの傍らで、
《剛絶》は膂力の闘気を瞬間的に引き上げる。
「あ……ヤバ……」
チェルシーが小声で漏らす。
俺は勢いよく《剛絶》の一閃を放った。
寸前で身体を曲げたチェルシーの胸部を掠め、片割れの一般兵の首許を深く抉った。
一般兵の身体が地面に崩れ落ちる。
厄介なチェルシーを仕留め損なったが、初撃で数の不利を一歩埋められたのは大きい。
「嘘でしょッ! あんなナマクラで……!」
チェルシーはそのまま、ジグザグとした動きで後退する。
恐らく《瞬絶》を噛ませた動きだ。
俺はチェルシーを追う振りをして、一気にジルドへ距離を詰めた。
「ムッ!?」
ジルドの魔導剣と刃が交差する。
ジルドは大きく背後へ跳び、着地した。
不気味な凶相で笑みを浮かべる。
「危ない危ない……だが、これで不意打ちの機会を失ったな、小僧……!」
俺は足許に倒れる、ゴヴィンへと目を向ける。
「今の間に、逃げてください。この魔導剣……お借りします」
「ディ、ディーン……」
ゴヴィンがよろめきながら立ち上がる。
それを見たジルドが表情を変える。
「まさか、私から足を退かすために……?」
「別にこっちはお前なんかに因縁も感じてないが……やってやるよ、ジルド」
俺はジルドへ魔導剣を向けた。
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