第八十三話 村への襲撃
家の扉を開ける。
顔を青くした男は、確かにゴヴィンの横にいた取り巻きの一人だ。
「どうなさったんですか? ゴヴィンさんは?」
「ぐ、軍人が来たんだよ。ゴヴィンさんが、今対応してる」
男の返答に、俺は息を呑んだ。
「ついに……」
それも最悪のタイミングだ。
マニだって、まだ半日から一日は新しい魔導剣を造るのに時間が掛かる。
後一日……後、たった一日遅ければ、と思わざるを得ない。
やはり《剣士の墓場》に時間を掛け過ぎたのか。
いや、あれは必要な時間だった。
「奴らはよぉ、かなり高圧的だった。とりあえず、村長のロービさんが出てった方がよさそうだ」
俺は額を押さえ、考えた。
どうするのか果たして正解なのだろうか。
ロービに出て行ってもらうのも遅らせてもらい、時間を稼ぐべきか。
その間に、裏から逃げるのが正解か。
しかし、そうなれば新しい魔導剣を造る機会を失う。
軍人が大人しく帰ってくれる可能性に賭けるべきか……?
いや、勝算が低い。
この付近は、カンヴィアとジルドの部隊が捜し回っていたはずだ。
今になって来たということは、他所の可能性を潰し終えて、村で情報を得られないか探りに来た、という可能性が高い。
ある程度確信を持ってきているのかもしれない。
だとすれば、簡単には引き下がらない。
「……来た魔導尉の特徴は、どうでしたか? 一番、灰色の濃い軍服の人です」
「あ、ああ、偉そうな奴だな? 髭の生えた大柄の男に、金髪の顔が半分焼け潰れている男だ」
「カンヴィアと、ジルド……」
ジルドの顔の怪我は、俺が至近距離から奴の
あれからも俺達を捜し回っていたようだ。
奥で魔導剣の素振りをしていたエッダが、神経質な表情で玄関へ出てきた。
「来たか。こうなった以上、この村で叩き潰すしかなかろう」
「むっ、無茶に決まってるだろ、そんな……」
それができれば楽なのはわかる。
だが、それを行えば、この村をまともに巻き込むことになる。
カンヴィア達は、伝令兵を送り、他の部隊へ情報を共有しているはずだ。
どこまで細かく連絡を取り合っているのかはわからない。
しかし、マルティは慎重な男だ。
何せ俺達を確実に殺して全てを握り潰すために、強引な真似までして過剰な戦力を投入してきた。
あの男は、例外や偶然によって破滅することを恐れている。
浅く見積もる、なんて甘い真似はできない。
ここでカンヴィア達が命を落とせば、それが隠し通せるかどうかは怪しい。
最悪、村ぐるみで俺達を匿って魔導尉二人の殺害に加担したなんて扱いになれば、少なくともロービとゴヴィンはそれを先導したという扱いで処刑されるだろう。
いや、村ごと焼き払われたっておかしくはない。
そもそも戦力が足りないのだ。
魔導尉二人に一般兵までいるのに対して、今ベルゼビュートは打ち直しの途中なのだ。
予備の魔導器なんて持っていない。
今の俺とエッダ、マニだけで、カンヴィアとジルド、その部下を相手取るのは無謀だ。
「村を巻き込む。それに、明らかに戦力だって足りない。俺の魔導剣ができあがるまでは、戦うべきじゃない」
「ならばどうしろというのだ! また、逃げろとでも? 加工中の
「また、戻ってくればいいだろ」
「こんな騒動が起きて、また入れてくれると思っているのか? そもそも、逃走の警戒くらいしているだろう。今から荷物を纏めて逃げますなど、そちらの方が非現実的だ」
「だから……! ……いや、悪い。少し、考えさせてくれ」
俺はつい怒鳴りそうになったのを堪え、自分の考えを必死に纏める。
苛立ちをエッダにぶつけても仕方がない。
一旦逃げれば、最悪村人を脅して鍛冶工房を使わせてもらうことになるかもしれない。
武力を盾に協力を強いるなんて、まるで俺の嫌いな軍のやっていることだ。
許されることだとは思えないが、それだけ俺達は余裕がない。
失敗すれば、ガロックの意志を無駄にして、マニとエッダ、セリアを道連れに死ぬことになるのだ。
手を汚すことも覚悟しなければならないだろう。
ただ、だとしても、逃げ隠れするのにも大きなリスクが付き纏う。
しかし、ここで戦うのはあまり利口な選択とは思えなかった。
どうにかセリアだけでも匿ってもらえるように頼み込んで、俺達三人で一旦村を離れるべきか……?
村人の裏切りは怖いが、セリアはまだ子供であるし、隠れられる場所は多い。
俺達が逃げたと知れば、しつこく村を捜索するような真似はしないだろう。
彼女を連れて逃げるよりは勝算があるし、魔導剣のことを思えば、結局俺達はまたここへ戻って来るしかないのだ。
頼むのは酷なことだが、ロービにならば、他の村人に黙ってセリアを匿ってもらうこともできるかもしれない。
「……やっぱり、ここは一度逃げるべきだ。《剣士の墓場》に逃げ込むのも手だと思う」
というより、村近辺をフラフラ逃げ回って捕まらない場所が、そこくらいしか心当たりがなかった。
「また連中から逃げるのか」
エッダが不服そうに口にしたそのとき、遠くから爆発音と悲鳴が響いてきた。
思わず扉から出て目を向ければ、黒い煙が上がっている。
俺とエッダ、そしてゴヴィンの取り巻きは、茫然と、空へと昇る煙を見上げていた。
「ジルドの《ロングバレット》……」
俺は呟いた。
頬を冷たい汗が垂れた。
いきなり武力行使に出てくるなんて思わなかった。
考えなしな行動に思えるが、それだけ急いでいるということか。
さすがに脅しに過ぎないとは思うが、これで俺達より村を優先する村人が出てきてもおかしくはない。
俺でさえジルドの
魔導器使いでない人間にとっては更に大きな恐怖となるだろう。
続けて、二度爆発音が響いた。
更に大きな悲鳴が響いた。
泣き叫ぶような声までする。
誰か……必死に、人の名前を呼ぶような声までした。
俺はそれを聞いて、ジルドが村人に手を出したことを理解した。
頭の中で、何かが切れたのを感じた。
「あいつら……そこまでするのか」
俺は歯を食い縛った。
軍は正義ではない。そんなこと、わかっていたつもりだった。
だが、犯罪組織でもない。
怠惰で強欲で、時として手段を選ばない。
それは知っていたが、政敵でもなんでもない民間人にあっさり手を出すだなんて、考えもしなかった。
「な、なな、あっちで何が……!」
ゴヴィンの取り巻きが狼狽える。
「ディーン……村を必要以上に巻き込みたくないという考えは結構だが、どうやらそれは手遅れらしい」
「……ここまで奴らが残虐だとは思っていなかった。俺が間違ってたよ。エッダ、やろう。ここで、カンヴィアと決着を付けよう」
俺の言葉にエッダが頷く。
俺は、ゴヴィンの取り巻きへと顔を向けた。
「俺達は、魔導尉達を止めに行きます。マニに……中の俺の仲間に、村の状態を伝えておいてください」
それだけ言って、俺は爆発音がした方へと走った。
エッダが後をついてきた。
マニへ説明する時間も惜しかった。
あいつらは正気じゃない。
一刻も早く止めなければ、犠牲者が増え続ける。
それに、徹夜で作業をしていたマニは、戦闘の場に立つ体力は残っていないはずだ。
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