第八十二話 マニの本領
無事に《剣士の墓場》より帰還した俺達は、村を歩いてロービの家へと向かった。
道中、他の村人がこちらを見てこそこそと何かを話していたので、小さく会釈だけ返しておいた。
向こうは気まずげに、恐々と頭を下げた。
「……含みのある感じではなさそうだね。村人の皆が皆、腹芸ができるとは思わないし」
マニはちらりと彼らを見て、そう零した。
留守の間に裏切られることを警戒していたのだろう。
ロービの家前まで来たとき、中からロービと、そしてセリアが飛び出してきた。
「ご無事でよかったです! 私っ! 絶対にディーンさん達が帰って来るって、信じていました!」
瞳に涙が浮かんでいた。
ここ数日の間に軍人が乗り込んできてもおかしくはなかったのだ。
心細かったに違いない。
俺は屈んで、セリアに目線を合わせて、彼女の頭を撫でた。
「ごめんね、一人で待たせちゃって。……でも、これで、必要なものは手に入ったよ。もう、軍の追手にだって負けたりはしない。ガロックさんの……セリアちゃんの、両親の仇を討とう」
「はい……」
マルティは、セリアの両親の仇だ。……そして、軍の怠慢で死んだ、俺の両親の仇でもある。
魔導佐の影響力が大きすぎる。冒険者の中で、彼に恨みを持っていない人間の方が少ないくらいだろう。
ヒョードルの凶行も、元を辿れば、彼の出身であった孤児院が、軍より強い締め付けを受けた結果だったのだと、俺はあの事件の後で知った。
彼は殺人鬼で、俺とエッダも標的だった。
その事実は、何があったとしても変わりはしない。
だが……俺は、ヒョードルの、彼の守ろうとした孤児院のためにも、マルティ一派を壊滅させたい。
「よう、まだ生きてやがったか」
俺は振り返る。
背に遠慮のない言葉を投げ掛けてきたのは、ゴヴィンだった。
また二人の取り巻きを連れている。
「ロービ、上がらせてもらうぞ。そっちの三人も、随分とお疲れらしいからな。立ち話ってわけにはいかんだろう」
「……ああ、問題はない。」
ロービはゴヴィンの言葉に応じる。
ロービの家の中で、ゴヴィン一派と顔を合わせる。
「もう帰ってこないもんだと思ってた。まさか、本当に一週間近くも魔迷宮の中に籠っていやがったとはな。お前達、そこまで強い冒険者だったのか……」
「多少の魔獣の間引きにはなったと思います。それから……できれば、あと数日、ここの村に置いてもらえませんか? 俺達もすぐに出発できる状態ではありませんし、手に入れた金属を加工したいんです」
「魔獣の間引きや、
「ですが、魔獣の間引きは村の利益に……」
「それはこれ、これはそれだ。お前達を村に置くこと自体、長くても三日程度で済むと思っていた村の奴らが多いんだよ。お前達を置けば、それだけ村の危険が跳ね上がるんだよ。表沙汰になりゃ、こっちは何人か見せしめで殺されたっておかしくない状態なんだぞ」
ゴヴィンが粗い口調でそう言った。
俺は返す言葉に詰まる。
だが、ここで追い出されるわけにはいかない。
せっかく手に入れた
そうなれば軍との戦力差があまりに苦しい。
「俺達だって、一枚岩じゃないんだ。魔獣災害に役立っているなら匿うくらいやってやるべきだと言う奴もいるが、冗談じゃない一秒だって早く叩き出せと言っている奴もいる」
取り巻きの一人がそう口にし、ゴヴィンに睨まれていた。
「そこまで言わなくていいんだよ」
「す、すいません、ゴヴィンさん」
……ゴヴィン一人の考えではない、ということか。
無理に強行すれば、実際に軍人が来たときに匿えるかは怪しくなるとは、ゴヴィンも以前に口にしていたことだ。
「金属の加工、何日掛かるんだ?」
ゴヴィンの質問に、俺はマニへと目を向けた。
マニは少し考えてから、小さく頷く。
「四日……いえ、三日はいただきたいかと思います。三日あれば、どうにか……」
「二日だ、それ以上は認めない。明後日の午後には、ここを出て行ってもらう」
「ふ、二日……!?」
マニが聞き返した。
いくらマニでも無茶だ。
元々、
試行錯誤し、技術と知識で補ってみせると言っていた。
それで二日はあまりに無謀だ。
そもそもマニは《剣士の墓場》での無理なレベル上げを成し遂げたところで、身体には休息が必要だ。
「この条件が呑めないのなら、ここまでだ」
「わかりました。明後日までに、やってみせます」
「お、おい、マニ!」
俺が声を掛けると、マニは笑ってみせた。
「戦いじゃ、お荷物になってばかりだからね。こういう場所くらい、僕に格好つけさせてくれよ。祖父の名に懸けて、やり遂げてみせるさ」
こうして、どうにか俺達はあと少し、この村にいられることになった。
マニは村にある鍛冶工房を借りて、《魔喰剣ベルゼラ》を打ち直す作業に掛かった。
俺とエッダも極力マニの補佐に当たろうとしたが、さしてできることはなかった。
せいぜいが食事の準備くらいである。
それもマニは、疲れているだろうに普段の半分程度の量しか食べず、ものの数分で食事を終えた。
夜もいつ眠っていたのか怪しかった。
せめて一緒に起きていようと思ったのだが「いつ戦闘になるかわからないし、明後日にはここを出発しないといけないんだよ?」と怒られてしまった。
マニには悪いが、彼女の言う通りだ。
俺達は少しでも休めるときに休んでおくべきであった。
鍛冶について、手伝えることはあまりない。
「集中したいから申し訳ないけれど今は工房を出てほしい」と言われることもあった。
そして日は経ち……約束の、二日目の朝となった。
様子を見に、ロービが訪れてきた。
「すいません、マニは集中するために、今は一人にしてほしいと言っていまして」
「……例の武器は、完成はしそうか?」
ロービは不安げな様子だった。
俺は曖昧に頷いた。
「鍛冶のことは、俺にはなんとも……」
正直、厳しいかもしれなかった。
最初から条件が無茶だったのだ。
どうにかゴヴィンに頭を下げて、最悪の事態が起きたときには匿ってもらわなくてもいいから、どうにか延長してもらえないか頼み込むしかない。
ただ……先日も俺は、ゴヴィンに延長を頼み込んだが、断られてしまっていた。
今日また同じことを言って、通るとは思えない。
「お、おい、冒険者はいるか!」
叫ぶような、しかし控え気味の声だった。
何やら切羽詰まった様子だ。
鍛冶工房へ、俺達にまた来客の様だった。
この声は……ゴヴィンの取り巻きの一人の声だ。
何かまた問題ごとが起こったらしい。
弱り目に祟り目だ。
俺は額を押さえてから、立ち上がった。
「俺が出ます」
大した問題でなければいいのだが……と、俺は心中で祈った。
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