第八十話 王のステーキ

 黒い《雷光閃》を頭に受けた王獣魔蝦蟇ベヒモスロッガーは、眼球を白濁させ、ぐったりと地面に這い蹲って動かなくなった。

 ついに……俺達は、王獣魔蝦蟇ベヒモスロッガーに勝利したのだ。

 間違いなく、過去最大の敵だった。


「ディーン! やったんだね!」


 マニが走ってくる。

 俺は笑顔を返そうと思ったが、身体の力が抜けて王獣魔蝦蟇ベヒモスロッガーの上で倒れ、地面へと滑り落ちた。


 オドの疲弊もそうだが……かなり息苦しい。

 戦っている間は脳内麻薬のせいで麻痺していたが、地下五階層の瘴気に大分身体を蝕まれているようだ。


「すっ、すぐに《エアルラ》を再開するね!」


 マニが俺の身体を抱き起しながら、慌てふためいてそう口にした。


 マニは《エアルラ》である程度周囲の瘴気を浄化した後、壁に埋まった緋緋廣金ヒヒイロカネ錬金魔法アルケミーを掛けて脆くし、《悪鬼の戦槌ガドラス》で殴って砕き、採掘していた。

 溶かして土を分離させ、四角い緋緋廣金ヒヒイロカネの鋳塊をいくつか造った。


「これだけあれば……魔導器の一つくらいは、充分に造れるよ」


 マニがニッと笑いながら、俺を振り返った。


 これで最大の目標であった、緋緋廣金ヒヒイロカネの回収を達成することができた。


 もう一つの目標も、もう達成できたといえる段階にあった。

 王獣魔蝦蟇ベヒモスロッガーを倒した瞬間、膨大なオドが身体に流れ込んできていたのを感じたのだ。

 これまでとは比にならない強さのオドだった。


 《イム》で確認すれば、俺のレベルはアンハーデン戦後から一気に二つ上がり、【Lv:35】となっていた。

 俺は息を呑んだ。

 格上殺しは本当にレベル上げの効率がいい。

 あんなに遠くに見えた、ジルドの【Lv:37】が、もうすぐそこまで届いている。


「や、やった……本当に、やり遂げたんだ……」


 これでついに《剣士の墓場》での目標は概ね達成できたといえる。

 ほとんど不可能に思えた緋緋廣金ヒヒイロカネの回収と、ナルク部族流のレベル上げ、俺達はついに、その二つを成し遂げたのだ。


 それに加え、手に入ったものがある。

 文句なしのB級魔獣である、王獣魔蝦蟇ベヒモスロッガーの闘骨である。

 牙鬼オーガの闘骨を使ってもらうつもりだったが、こちらの方が遥かに強大な魔導剣になるだろう。


 見えてきていた。

 これまで強大過ぎて絶対に敵わないと思っていた軍の連中に、俺達は追い付きつつある。

 奴らを出し抜いて……セリアをパルムガルトへ送り届ける。

 それはもう、実現不可能な夢見事ではなくなっている。


 無論、今でも軍の小隊二つなんてまともに戦って勝てるとは思えない。

 だが、これまで格上だった魔導尉に、俺達はもう一対一でも喰らいつくことができるようになったはずだ。

 連中にとっても、最早一方的な狩りではなくなった。

 これからが本当戦いの始まりだといえる。

 俺達はもう、逃げることだけを目標にしなくていい。

 やるか、やられるかだ。


 俺達は王獣魔蝦蟇ベヒモスロッガーの残骸を切り分けて地下四階層に運び、鍋で焼いて焼肉にした。

 保存食では残りを気にしながら食べなければいけないし、栄養よりもとにかく食い繋ぐことを目的としているため、それだけでは回復が遅いからだ。


 魔蝦蟇ロッガーは貧民層だけでなく、幅広い層に食用肉として重宝されている。

 外観に似合わず、クセがなく、さっぱりした味の種類が多いためだ。

 王獣魔蝦蟇ベヒモスロッガーの肉はちょっと脂っぽく、硬くはあったが、独特の芳しい香りに、濃厚な旨みがあった。

 噛み締めれば、熱い脂が喉奥に流れ込んでいく。


「す、凄い……一口食べただけで、暴力的な満足感があるよ」


 マニは布で包んだ魔蝦蟇ロッガー肉を手に、感動気味にそう零していた。


「体力を戻すには持って来いだな。とにかく、腹の中に詰められるだけ詰め込んでおけ。食べなければ回復はせん。私達は、帰りの分の力を蓄えておかなければならない」


 エッダも豪快に喰らいついていた。


「日持ちはさせられないし、荷物にするわけにもいかない。とっとと食べて、捨ててしまおう」


『わっ、妾も! 妾も! 妾も王獣魔蝦蟇ベヒモスロッガーが食べたいぞ! ここを逃したら、絶対一生食べられないではないか!』


「食事に《プチデモルディ》を使うのは、魔力の無駄だから……」


『惨い、惨いぞ! そちらだけで、妾に見せつけるように堪能しおって! どうせ余ったら捨てるだけなのだから、よいではないか! 捨てる代わりに妾にくれても! 化身とはいえ、妾は奴の口に飛び込んでドロドロになったのであるぞ!』


「……と、言いたいところだけど、仕方ないな」


 俺は《魔喰剣ベルゼラ》を持ち上げ、《プチデモルディ》を使った。

 ベルゼビュートは、きょとんとした表情で顕在する。


「村に戻っても、ベルゼビュートに食べさせてはやれないからな。今、満足するまで食べておいてくれ」


「ほほっ、本当であるか!?」


 ベルゼビュートは嬉しそうに、王獣魔蝦蟇ベヒモスロッガーの肉に喰らいつき始めた。


「久々の食事である! 旨い、旨いぞ! さすが、獣の王の名を冠するだけはある! これは、妾が今まで食してきた、肉の次元を超えておる! これは、脂が蕩けて熱を持つ温度が最も美味であるな! ディーン

、妾のために焼き続けておけ!」


 肉汁を身体中に散らしながら、ベルゼビュートは王獣魔蝦蟇ベヒモスロッガーを食す。

 その様子を見て、マニが苦笑しながら肉を焼いた。


「……いいのか、あれは?」


 エッダが非難するように俺を見る。

 魔力を無駄に使うな、ということだろう。

 俺は頷いた。


「派手に動き回りさえしなければ、《プチデモルディ》の魔力消耗はそこまでじゃない。特に……ベルゼビュート自身がエネルギーを補給している間は、若干マシな印象があるからな。体感だけど。それに、普段禁じているのは、どっちかといえば食料の残量が問題だから」


 俺は言いながら、上から持ってきた王獣魔蝦蟇ベヒモスロッガーの肉塊へと目を向ける。


「どうせ食材はこれだけ余ってるんだから、ベルゼビュートに処理してもらうさ」

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