第七十六話 赤き黄金の番人
エッダの刃が、アンハーデンの額を貫いた。
体表に亀裂が走り、アンハーデンが口を開けて絶叫を始める。
周囲が揺れるかのような轟音と共に、アンハーデンを覆っていた粘液が蒸発し、本体が地面へと落ちた。
割れた頭の中に、魔核が張り付いているのが見えた。
俺はそれを見て、ようやく武器を下した。
マニも安堵の息を吐き、地面へと座り込んだ。
「……ああ言っておいてなんだが、普通に攻勢に出てきたアンハーデン、強かったな」
厄介さが薄れたのは確かだが、近接でばら撒く《ガンレイン》が強力だった上に、魔力が高いため腕力も高かった。
悪魔は魔力の塊のようなものである。
故に、魔力の高さが膂力や速度に等しくなる。
危なげなく勝てた方ではある。
ただ、三人掛かりでも楽勝とはいえない勝ち方だった。
「できれば《ガンレイン》も引き剥がしたかったんだが……その余裕はなかったか」
敵にした限り、《ガンレイン》は厄介な魔法であった。
純粋な直線攻撃ではなく散布攻撃であり、威力も高い。
後で地面を確認すれば、《ガンレイン》のせいで細かな穴ボコができているところがあった。
『ディーンよ、驚かされはしたが、結局あの魔法で大惨事には陥っておらん。そういう魔法は実戦で弱いぞ』
それはそうなのかもしれない。
範囲が大雑把で、発動も遅い。
回避に専念すればまず当たらない魔法ではあった。
実際アンハーデンも、《ミラーミラー》を持っていた際には、アレのための布石と割り切って使っていた。
「まぁ、変わった魔法だったから、持っておけば使い道もあったんじゃないかと思ってな」
しかし、今となってはタラレバだ。
言っても仕方のないことだろう。
「《エアルラ》!」
マニが中断させていた《エアルラ》を再発動させる。
それから魔導器に埋め込まれた魔核の輝きを頼りに、壊されたマナランプを拾い上げた。
「……一旦、地下四階層へ
マニがそう提案する。
地下五階層は瘴気が濃いため、《エアルラ》の強度も高める必要がある。
マニも
俺は頷き、彼女の意見に賛同した。
アンハーデンの魔核も回収していくことにした。
……アンハーデンの魔核は、三十万テミス以上にはなるはずだ。
こんな状況だが見逃すには惜しいし、何らかの事情で新しい魔導器が必要となる事態もあるかもしれない。
《魔喰剣ベルゼラ》の刃でアンハーデンの本体を砕き、魔核を剥がした。
地下四階層に戻ってから、休憩がてらに、今後についての話し合いをまた行った。
アンハーデンの襲撃はあったが、方針は変わらない。
しっかりと休んでから、魔獣に対して回避気味に動き、地下五階層の入口近辺を中心に
階層の入口近辺に居座っていた厄介な悪魔を除去できたので、とりあえずは前進といえるだろう。
「しかし、マナランプが壊されたのは痛い。探索は無論、まともに灯りのない状態では、地上まで戻ることが叶わない。ディーン、予備は持っていないのか?」
エッダが俺に尋ねる。
俺は首を振って笑った。
「予備はないが……マニは、魔導器造りのプロだからな」
「うむ?」
マニが荷物から金属を取り出し、《悪鬼の戦槌ガドラス》を向ける。
「《プチデフォーマ》」
「よし……マナランプは構造が単純だから、こんなもので大丈夫だよ。ちょっとばかり不格好だけれど、今は細かい加工はできないからね」
マニはマナランプに火炎石を入れ、灯りを灯した。
少しばかり休憩を挟んだ後、俺達は地下五階層へと再び降りた。
壁越しに歩き、壁や地面、天井に
「あまり奥には入りたくないんだがな……」
俺は呟き、息を吐いた。
「……思うようにはいかないものだね。地下四階層に
マニが長い通路へマナランプを掲げ、それから苦笑いをした。
「レベルを上げられたことには間違いないから、無駄ではなかった。それに、地下四階層だって、まだ探していないところがいくらでもある。地下五階層を進むより、あそこへ戻った方がいいかもしれない」
俺はマニが照らした先へ頭を向け、目を見開いた。
今……赤みを帯びた黄金色の輝きが、一瞬目に映った気がしたのだ。
突き当りの奥に、確かに見えたはずだ。
「マ、マニ、もう一度、奥を照らしてくれ」
「え……?」
「何か、見えないか? 通路奥のところだ」
俺の言葉に、マニはマナランプを持ち上げ、少し前に進む。
それからマニは目を擦り、足を速める。
「あ、あれって……!」
「ちょ、ちょっとマニ、先頭には俺達が立つ!」
「ごめん……で、でも、あれだよ! 奥の部屋の壁にある……絶対にあれだよ! 見つけた……アレが、
マニが声を弾ませて言う。
俺も思わず、ガッツポーズを取った。
「行こう、行こうよディーン!」
マニも高価な金属を前に、興奮が隠せないようだった。
無理もない。マニはこの手の鉱石に思い入れが強い。
自分の力で地下五階層まで来て、B級クラスの鉱石を発見した喜びは相当なものだろう。
「ちょっと奥だな……」
その事実が、少し俺にとって不穏だった。
しかし、《オド感知・底》は使ってるが、特に反応はない。
何せランクが底なので手放しに信用できるものではないが、《ジャマー》を受けたような違和感もない。
地下五階層は案外寂しいものなのかもしれない。
あのアンハーデンが、何かの妄執によって近辺の魔獣を殺して回っていた、という説もあり得るだろう。
近づけば
赤みを帯びた黄金は、神々しいまでの美しさがあった。
それなりに纏まった量が土壁に露出している。
「これさえあれば、きっと魔導尉相手だって、対等に戦えるはずだ……!」
ようやく俺達はここまで辿り着いたのだ。
通路を抜け、
足を止め、周囲へ目をやる。
溶けた人骨や何かの魔獣の腐った死体が、大量に散らばっていることに気が付いた。
これは最近殺されたばかりのようだ。
「これって……」
俺は恐る恐ると、死体の山へ目を向ける。
明らかに、アンハーデンの作った死体だとは思えなかった。
「ヴェアエエェェエエ!」
鳴き声が響き、轟音と共に何かが走ってきた。
周囲が大きく振動する。
この空間に繋がる細い通路の一つが、押し広げられるように崩壊する。
土煙の中より、巨大な化け物が姿を現した。
そいつは、膨れ上がった肉の塊のような姿をしていた。
それは白い、巨大な
身体中は疣だらけで、脚らしきものが六つある。
背は肉が押し合い、不気味な人面のようになっている。
そして、
あまりの巨体で……そして、その図体に似合わぬ俊敏さであった。
接近してくるとわかってから、一切の対処ができなかった。
これまで見たことのある化け物とは、明らかに一線を画す存在だ。
俺もマニもエッダも、言葉を失い、茫然とその化け物を見上げていた。
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