第七十五話 姿持たぬ者アンハーデン

 俺は必死に《オド感知・底》で捉えた気配を目で追う。

 だが、《暗視》を使えど、やはり正体は捉えられない。

 

 このままでは埒が明かない。

 飛び道具の間合いは奴の間合いだ。

 だが、下手に追って動けば、またあの幻影に引っ掛けられかねない。


『気を急かし過ぎるでないぞ、ディーンよ。この手の小細工を弄する悪魔は、正面対決できる力がないからそうしておるのだ。追い詰められたと焦れば、むしろ敵の思う壺である』


 ベルゼビュートの助言に俺は耳を傾ける。


 そうだ……あの飛び道具も、万能じゃない。

 多少貫通力があるとはいえ、《硬絶》で弾ける。

 俺ならば強行突破できる。

 ジルドの放射魔法アタックに比べれば生易しいくらいだ。


 こそこそ隠れて動くのも、正面に出られないからだ。


 シュッ、シュッと、また音が響く。

 不可視の弾丸が宙を裂いた。

 俺達は音を頼りに、跳んで逃げた。


 敵も、大雑把にしか狙いを付けていない。

 だからこそ、こっちも大雑把にしか避けられない。

 それが敵の狙いであった。


 視界の端に、マニが映る。

 俺は硬直してしまった。

 離れるべきか、攻撃すべきか、全く判断ができない。

 一瞬の隙が命取りになるこの状況で、仲間が視界に入るたびに警戒させられるのはあまりにしんどい。


「《イム》!」


 マニは、俺に《イム》を使った。

 光が宙を飛び、俺に当たる。


「そうか……《イム》は、使っていいんだ」


 イムは元より、智神イムが自身の庇護下にある者達に与えた魔法である。

 魔界オーゴルの住人である悪魔には絶対に使えない。

 そして《イム》は対象にダメージを与えるわけではないので、仮に相手の正体が悪魔であれば暴くことができるし、何らかの幻覚であっても見抜くことができる。

 使った者も、絶対に人間であると判断することができる。


 冒険者同士で《イム》を使うのは禁じ手で、俺とマニでさえ互いに使うのは敬遠していたくらいである。

 だが、この状況でそれは言っていられない。


 周囲へ目を走らせ、エッダの近くに、マニがいるのが見えた。

 俺に《イム》を使ったマニが本物に決まっている。

 俺は《魔喰剣ベルゼラ》でそいつを示した。


「エッダ、そのマニは偽者だ! 《イム》!」


 《魔喰剣ベルゼラ》より、《イム》の光が飛んだ。

 偽者のマニへと当たった。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:《アンハーデン》

状態:《通常》

Lv:38

MAG(魔力):111


称号:

《中級悪魔[C]》《不定形の悪魔[--]》《水の心得[D]》

《放射魔法(アルケミー)・中位[C]》《呪痕魔法カース・中位[C]》《異掟魔法(ルール)・中位[C]》


特性:

《オド感知・低[D]》《魔力回復・低[D]》


魔法:

《アクアボール[E]》《フラッシュ[D]》《ジャマー[C]》

《ミラーミラー[C]》《ガンレイン[C]》

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


【《アクアボール[E]》:放射魔法(アタック)に属する。重い水の塊を高速で撃ち出す。】

【《フラッシュ[D]》:異掟魔法(ルール)に属する。一定範囲内に光量を与え、敵を撹乱する。】

【《ジャマー[C]》:異掟魔法(ルール)に属する。一定範囲内の感知能力を狂わせる。】

【《ガンレイン[C]》:放射魔法(アタック)に属する。貫通能力を持つ、水の飛沫を拡散する。】

【《ミラーミラー[B]》:呪痕魔法(カース)に属する。自身の姿を変えるが、維持には高い魔力を要する。】


 正体は捉えた。

 どうやら感知妨害も、この悪魔……アンハーデンの能力だったらしい。


「そいつが本体だ! 悪魔アンハーデン! 変身能力を除けば、視覚妨害と放射魔法(アタック)二種しかない!」


 エッダは偽マニ目掛けて、刃を放った。

 防ごうと伸ばした偽マニの腕が切断され、手にしていた《悪鬼の戦槌ガドラス》も地面を転がる。


 偽マニの背中から、頭くらいの大きさの球体がすぅっと抜けたのを、俺の《暗視》で微かに捉えられた。

 

 エッダは続けて、偽マニの胴体を斬った。

 偽マニの身体が崩れ落ちて消えた。


「寸前で逃げたか……」


 こちらが確信を以て攻撃に出られるタイミングで出てこないため、どうしても攻撃が遅れてしまうのだ。

 その間にアンハーデンは逃げて、また状況を整えて仕掛けてくる。

 

 そのとき……ふと、思いついた。

 ある。悪魔に裏を掻かれないように、判別する印をつける方法が。


「マニ、エッダ、一旦集まってくれ!」


 俺は二人を集め、彼女達の肩を手で叩いた。


「ディーン、何を……?」


「……よし、これで判別が付くはずだ。次に出てきたら、俺に率先して攻撃させてくれ」


 すぐにまたアンハーデンの《ガンレイン》が飛んできた。

 どうしても大きく避ける必要があるため、互いの位置に目を配ってはいられない。

 《オド感知・底》も《ジャマー》で阻害される。


 しかしそれであれば、他の方法で位置を確かめればいいのだ。

 しばらく逃げ回らされた後……マニが声を上げた。


「エッダさん、そっちの僕は偽者だ!」


 エッダが警戒し、魔導剣を構える。


 俺は警告の声を上げたマニへとゆっくり近づき、予め準備していた《暴食の刃》の一閃を放った。

 腹部に刃が走り、マニの身体から血が舞った。


「ディー、ン、どうして……」


 マニの身体が崩れる。

 宙に、ぶよぶよのスライムを纏う、図形を組み合わせて造ったような奇怪な頭部が浮かび上がる。


「ボクジャナイト、ワカッタ?」


 こいつがアンハーデンの正体だ。


 マニとエッダの二人には、《マリオネット》で造霊魔法トゥルパの糸を付けておいたのだ。

 細い、弱い糸であり、動きを制限することはない。

 だが、指を曲げれば、どっちに彼女達がいるのかくらいはすぐにわかる。

 アンハーデンも《ミラーミラー》で化けた気にならなければ、《暴食の刃》のような遅い一撃を受けることはなかっただろう。


 それに、またマニに化けてくると、当たりもつけていたのだ。

 何故なら、エッダに化ければ、次は即座に彼女の速攻の一撃をお見舞いされることになるからだ。

 自然に最も闘気で劣る、マニに化けるのが基本戦術になる。


 追撃に出ようとしたが、アンハーデンはスライム状の大きな腕を振るった。


「《ガンレイン》!」


 水飛沫の弾丸が風を切って跳んでくる。

 回避した内に、アンハーデンは俺から逃れるように飛んでいった。


「ヨクゾヤッテクレタ、イルミスノ民。次ハ、トッテオキノ方法デ殺シテヤル……」


「それなら、最初にやっておくべきだったな。もう終わりだ」


 俺はアンハーデンへと魔導剣を向ける。


「ナニ……?」


 俺がさっきアンハーデンから奪った力は、《ミラーミラー》だ。


「エッダ! 二人で追い掛け回して、とっとと倒しきるぞ! こいつの変身魔法はもう奪った! 後は大味な放射魔法アタックだけだ! ただの近接戦なら、二人掛かりで仕掛ければ負けようがない!」


「ナ、ナニ……?」


 アンハーデンの、不気味な顔が歪んだ。

 こいつはもう、姿をちょこちょこと変えて隠れたり、俺達に化けて不意打ちすることはできない。


『同胞ながら愚かな悪魔よ。一つの魔法に頼り切るからそうなるのだ』


 ベルゼビュートが、アンハーデンへの辛辣な評価を下した。

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