第七十四話 暗がりのスナイパー

 《剣士の墓場》の探索開始から、恐らく四日が経過した。

 外が見えないので正確なところはわからないが、三度休眠を挟んだため、それくらいではあるはずだ。

 魔迷宮内での休眠が続くのは苦しいが、それも多少は慣れてきたような気がする。


 俺達はついに、地下五階層への入口を見つけていた

 昨日、一日掛けて地下四階層の探索に当たっていたのだが、ついに緋緋廣金ヒヒイロカネは見つからなかった。

 やはり、この先へ向かうしかないのだ。


 土の段差を降りている途中、明らかに瘴気が強くなるのを感じた。

 マニが《エアルラ》を少し強めた。


 深くは潜らないようにして、探索は地下四階層への階段を中心に行う。

 逃げる際も、必ず地下四階層へ向かう。事前に取り決めていたことであった。


 レベル上げも目標だが、こちらは意識しすぎれば本当に命がいくつあっても足りない。

 あくまでも狙いは緋緋廣金ヒヒイロカネであった。


「……悪い、止まってくれ」


 俺の声に、エッダが振り返る。


「どうした?」


「《オド感知・底》が、上手く機能しない……。なんだか、気配が細かく散らばっているみたいだ」


 濃い瘴気のせいだろう。

 頼みの綱の《オド感知・底》がまともに働きそうにないのは、俺達の不安を一層と煽った。


「音に細心の注意を払って進むしかないね……」


 マニがそう口にしたとき、ピチャ、と背後から音が聞こえてきた。


「今、何か……」


 続いて背後から、風を切る音がした。

 直後、マニの持っていたマナランプの硝子が割れた。

 中に入っていた火炎石が外に転がり落ちて、灯りが一気に弱くなった。


 恐らく、極小の弾丸のようなものが放たれたのだ。

 また空気を斬る音が続く。

 俺は咄嗟に、マニを地面へ押し倒した。


 背中を、何かが掠めた。


「ぐぅっ!」


 細い刃が走ったかのような感触だった。


 俺は《魔喰剣ベルゼラ》を構え、起き上がる。

 魔導剣の魔核が仄かに輝いているため、手許の周囲は微かに見える。

 それは、敵に居場所を知らせる、ということでもあるが……。


 どこにいるのか、周囲に目を走らせる。

 敵の正体がまだ全く掴めていない。


 背後から足音がした。

 慌てて目を向ければ、エッダであった。


 ふらりと、俺の方へ向かってきている。

 何となくその動きに違和感があった。


「お前、いつそっちに移動したんだ……?」


 エッダの位置が、急に変わったように感じたのだ。


 次の瞬間、エッダが刃を振り下ろしてきた。

 咄嗟であったため、受け損ねた。

 刃を弾き落とされ、横っ腹に刃を受けた。


 《硬絶》でガードし、素早く逆側に跳んで距離を置く。

 痛みのあまり、俺は膝を突いた。

 傷口を、手で押さえて止血した。


 エッダが追撃に出てくる。

 な、なんだこれは、身体を操られている……?

 いや、幻か?


 もう一人のエッダが現れ、俺に襲い掛かってきたエッダへ刃を放った。

 刃が偽エッダの肉を抉る。

 偽エッダはニヤリと笑ったかと思うと、闇に溶けるように消えた。


 エッダは困惑げに周囲へ目をやる。


「い、今のは……?」


「わからん。だが……あまりに、手応えがなかった。死んではいないだろう」


 魔獣にしては、戦い方がトリッキー過ぎる。

 この感じは恐らく悪魔だ。

 初手で光源を奪って、じわじわと搦め手で潰しに掛かってきた。


「初手で悪魔なんて、最悪だな……」


 悪魔と魔獣であれば、魔獣の方が遥かに戦いやすい。

 闘術の大半が素直な性質を持っているためだ。

 魔核は稀少性が高い分、高い値段がつくが、今は金銭に目を眩ませているような余裕はない。


 想定していなかったわけではない。

 悪魔は人間の手から離れている場所に湧きやすいものだ。

 まともに探索されなくなった、長らく放置された魔迷宮なんて、ぴったりの場所だ。


 ただ、それでもそこまで高い確率ではないし、できれば引きたくなかった可能性だった。


 悪魔は基本的に、人間を滅ぼし、現界イルミスを悪魔の世界にすることが目的でこちらの世界へとやってくる。

 細かい目的や思想は異なり、ベルゼビュートのように例外もあるが、まず人間の敵である。


 真っ先に攻撃してくるような好戦的な悪魔であれば、恐らく逃げても追ってくるだろう。

 おまけにこの悪魔の性質上、間を置いてから仕掛けてこられたら、かなり厄介なことになってくる。


「互いを視界から離さないようにしよう! そうすれば、さっきのが来ても怖くない」


 俺は言いながら、必死に《オド感知・底》を使った。

 ノイズは多いが、全く使えないわけではないはずだ。


 ふと、何かの気配が走ったのを感じた。

 まるで滑るような動きだと、そう感じたような気がした。


「マニ、エッダ、あっちに動きが……!」


 俺が《魔喰剣ベルゼラ》で方向を示したとき、また風を切るような音が響いた。

 暗がりのせいで、撃ってくるものの正体も、軌道も、まるで掴めない。

 とにかく動いて被弾を避けるしかないが、そうすれば互いを視界に入れてはいられなくなる。


 俺は横に動いた後、その場で屈んで被弾部位を減らし、《硬絶》を腕に使って頭部をカードした。

 腕の表面を何かが掠める。


「痛っ!」


 《硬絶》を使っていなかった足を、何かが貫通した。

 幸い浅かったため骨には掠ってもいないが、とんでもない貫通力だ。


 一方的にこれを撃たれているだけでもかなりしんどい。

 だが、下手に追って動けば、またあの奇怪な幻に引っ掛けられかねない。


『おのれ……下級悪魔如きが、妾に対して小癪な手を!』


 ベルゼビュートが憤慨する。


「ベルゼビュート、あいつの正体、わからないか?」


『妾が教えてほしいくらいである。魔界オーゴルには、数え切れんくらいの種類の悪魔がおるのだ。現界イルミスの悪魔の種類は、むしろ現界イルミスに住む人間の方が詳しいはずである』


 ……そういうものか。

 俺だって、初見の人間の魔法と闘術を教えろと言われても困る。


「ディーン、エッダさん、何か合言葉や合図を……!」


『悪魔は脳なしではないぞ! 下級悪魔に確かに思考能力の低い者は多いが、それでも聞いて真似くらいしてくるわ! 馬鹿にするでない!』


 マニの提案に、ベルゼビュートが怒る。


「す、すいません……」


 俺には《暗視》があるので他の二人よりも目が利くのだが、それでも敵の姿を捉えられないでいた。

 あまり大きな敵ではないのだろう。

 だが、俺には《暗視》と《オド感知・底》があるのだから、俺が敵の正体を暴き、捉えるしかない。

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