第七十三話 方針

「はぁっ!」


 エッダの放った刃が、大牛鬼ミノタウロスの背中側から胸部を貫いた。

 大牛鬼ミノタウロスは手から棍棒を落とし、その場に倒れた。

 エッダは大牛鬼ミノタウロスの肩から降りて汗を拭った。


「《硬絶》持ちは、やはり長引くな。余計な消耗をさせられた」


 エッダは剣を振るい、血を飛ばしながらそう口にした。


 二体目の大牛鬼ミノタウロスは、エッダが細かい剣傷を敢えて消耗させ、マニの造った《アーススワンプ》の罠に掛けて、どうにか仕留めることができた。

 皆もう、体力が消耗しきっていた。


 鍋を用いて、大牛鬼ミノタウロスの肉を焼いて食べることにした。

 勿論食料も用意していたが、これは最低限腹を満たすことを目的とした保存食ばかりだ。

 栄養は二の次となっているし、量もそれほどはないので温存しながら食べる必要がある。


 その点、魔迷宮内で食べられるものがあれば、量を気にせずに食すことができる。


 肉を解体している途中、つい癖で闘骨を取り出してしまった。

 俺も何も考えずに作業していて、手に闘骨を取ってからようやく気が付いた。


「お前……」


 エッダが呆れたように俺を見ていた。


「い、いや、その、クセっていうか……」


「まぁ、C級魔獣の闘骨だけであれば、嵩張らないか」


 エッダの言葉に、俺は安堵した。


 軍との騒動の決着がつくまでは、大牛鬼ミノタウロスの闘骨も必要のないものだ。

 ……だが、それでもやっぱり金銭は大事だ。

 大牛鬼ミノタウロスの闘骨であれば、一つでも十万テミス以上の値が付くはずだ。

 捨てるにはあまりに惜しい。


 大牛鬼ミノタウロスの肉に塩を掛け、乾燥させたパンで挟んで食べた。


「食べなければ、オドは回復せん。特にこんな環境であればな。余った分は捨てるしかないのだし、とにかく詰め込んでおけ」


「……そうだな」


 疲労のあまり、正直あまり食欲もなかった。

 ただ、それでも、食べなければオドは弱る。

 俺は深呼吸してから、一気にパンに齧りついた。


 左腕と腹の怪我は概ね《自己再生》で治癒している。

 ただ、そもそもの闘気が足りないため、完全回復とはいかない。


「食えば、しっかり眠れ。お前の分の見張りは、今回だけは私とマニで替わっておいてやる」


「エッダさん……」


 マニがぽかんと口を開く。


「なんだ、構わんだろう?」


 マニがくすりと笑う。


「勿論、僕も賛成だ。構わないよ。ただ、エッダさんが言い出すのが少し意外だったんだ」


 エッダが眉根を寄せ、少し照れたように顔を画する。


「私が言わねば、どうせマニからは言い出し辛いだろう」


 その様子を見て、俺とマニは笑った。


「ありがとうな、エッダ。二人には悪いが、今回は回復に務めさせてもらう」


「別に、お前に倒れられれば、困るのは全員だからな」


 エッダは少し拗ねたように、そう言った。

 最初に会った頃から比べて、本当に彼女も柔らかくなったなと思う。


 食べ終わった後は場所を移動した。

 血の匂いが、あまりに残り過ぎているためだ。

 匂いを追ってきた奇鬼蟲バグバグの群れに襲撃されては敵わない。


 マニの《エアルラ》がなるべく最低限で済むように、狭い場所を選んで休眠の場所とした。

 休眠が終わってからは食事を行い、今後どう動くかについて話し合った。


「……ここまでなるべく壁には目を走らせてきたつもりだけれど、緋緋廣金ヒヒイロカネらしきものは全く見つからなかった。纏まった量じゃなくても、ここまで来たら少量くらいなら見かけることもあるんじゃないかと思っていた。でも、僕達が想定していた以上に、緋緋廣金ヒヒイロカネは採り尽くされてしまっているのかもしれない」


 マニが深刻そうに、そう口にした。


「地下四階層の探索なら、軍であれば別段難しくはないからね。少し、思ったんだ。もしも緋緋廣金ヒヒイロカネがこの階層に残っているのならば、そもそもマルティもこの村を放置はしなかったんじゃないかなってね」


「……なるべく、まともな道になっていないところを進んだ方がいいってことか?」


 そうした道を選べば、進むのには苦労するだろうが、まだ軍の手が入っていない可能性は上がる。


「ううん……とりあえず、そうしてみるしかないかな……」


「その悩みなら簡単だ」


 パンを呑み込み、エッダが口を開く。


「何かいい考えがあるのか?」


 鉱物の専門であるマニでさえ、明確な打開策が見えないでいるのだ。

 エッダは一体、何を閃いたというのだろうか。


「軍の連中も、レベルが高いのは一部の魔導尉だけだ。簡単に死人が出るような探索を続けていれば、全体の士気も落ちる。人海戦術で大規模な探索はできるが、結局は限界がある。数頼みでできることと、少数精鋭でできることは違う」


 つまり、人海戦術で探れない場所を中心に探索する、ということか。

 確かにエッダの意見には一理あるように思う。


「ただ、その軍の連中が潜れなかっただろう場所っていうのは、どこのことなんだ? 結局マニの言っていたように、狭い道を選ぶしかないんじゃ……」


「まだわからんのか。地下五階層だ」


 さっき食べた食事が、口を出そうになった。

 俺は咳き込んで喉を押さえる。


「そ、そりゃ、地下五階層なら緋緋廣金ヒヒイロカネも見つかるだろう。だけど、地下五階層なんて、まともに入って生還できた人間の方が少ないんだぞ? そもそも、環境士を熟せるのがマニ一人しかいないんだ。四階層よりずっと瘴気が濃いのに、負担が大きすぎる。第一、大牛鬼ミノタウロスなんて目じゃないような化け物が出てくる。地下五階層には、本物のB級魔獣がいるんだ」


 地下五階層は、さすがに無謀すぎる。

 大牛鬼ミノタウロス二体だって、勝てたのは奇跡なのだ。

 地下五階層には、この階層以上の本物の悪夢がある。


「ディーン、レベルは幾つになった?」


 エッダが尋ねてくる。


「え? 入ったときから二つ上がって、【Lv:32】になったけど……」


大牛鬼ミノタウロスを狩って短期で上げられるのは、【Lv:34】前後が限界だ。それでは、魔導尉の部隊を突破はできん。人間は、魔獣よりずっと慎重に動くのだぞ」


 俺は頭を押さえる。

 確かに、そこはエッダの言う通りだ。

 ……だが、本当に今の俺達に、地下五階層から生還できるポテンシャルがあるのだろうか。


「マ、マニ、どう思う?」


 マニも口許を押さえ、真剣に考えこんでいた。


「……軍は軍で、融通の利いた探索が行いにくいと思う。だから、地下四階層と決めたら、地下五階層には一歩だって踏み入らなかったかもしれない。凄く浅い場所で、緋緋廣金ヒヒイロカネが見つかってもおかしくはない……と思う。そこなら、僕の《エアルラ》でも向かえるはずだ」


 俺はマニの言葉を聞き、目を瞑って逡巡した後、立ち上がった。


「わかった……地下、五階層へ行こう。そうじゃないと、レベルも足りないし、緋緋廣金ヒヒイロカネだって手に入らないかもしれないんだ。やってやろうじゃないか」

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