第七十一話 奇鬼蟲《バグバグ》の群れ

 俺はマニの腕を引き、地下四階層の通路を必死に走っていた。

 俺達の後を、七体の奇鬼蟲バグバグが追い掛けてくる。


 先ほどどうにか《プチデモルディ》を使い、エッダと連携して二体は沈めることができたのだが、焼け石に水であった。

 これ以上は無理だ。

 奇鬼蟲バグバグ七体は相手のしようがない。


 奇鬼蟲バグバグは頑丈で素早い。

 おまけに攻撃力も決して低くない。

 俺は先ほど、横っ腹を噛み千切られた。


 《自己再生》がなければ、今走っている余裕はなかったはずだ。

 もっとも、お陰でごっそりと闘気を持っていかれることになったが。


「ディーン……この先は、把握できていない地形が多い。このまま逃げるのも危険かもしれない」


 マニが走りながら口にする。

 しかし、現状、逃げる以外に術がない。

 追い付かれれば、三人仲良く奇鬼蟲バグバグの餌にされてしまう。


「一か八か、やるしかないか。どの道、奴らも私達を見逃してくれるとは思えない」


 エッダが背後へ目を向ける。


「……だが、俺は反対だ。魔力と闘気を全部吐き出しても、あの数の奇鬼蟲バグバグを仕留められるとは思えない!」


 仮に成功したとしても、誰かが大怪我を負えば、その時点で全滅が濃厚になる。

 今は大分地下四階層の奥へと踏み込んでしまっている。

 《エアルラ》なしで外に出られる距離ではない。

 マニが欠ければ、瘴気中毒で死ぬ。

 俺かエッダが欠ければ、戦力不足で魔獣だらけの《剣士の墓場》から生きて出られなくなってしまう。


 マニが背後へ《悪鬼の戦槌ガドラス》を向けた。


「《アーススワンプ》!」


 俺達の背後の地面が水気を帯び、沼のようになっていく。

 相手の足を取ることを目的とした錬金魔法アルケミーだ。


 先頭の奇鬼蟲バグバグが沼地に脚を取られ、動きが鈍化する。

 後続達も、それを警戒し、一瞬その場で立ち止まった。


「よ、よし! 前に通ったときから、この辺りの地質なら、《アーススワンプ》が通りやすいと思ったんだ!」


 奇鬼蟲バグバグは沼に沈んだ仲間を踏みつけ、大きく跳んで沼を超えた。

 多少距離は稼げたが、思ったより時間も稼げなかった。

 マニは顔を青醒めさせ、周囲へ目を走らせる。

 それから俺の手を引き、横の通路へと向かい始めた。


「エッダさん、向こうに逃げよう! 僕に策があるんだ!」


 狭い、岩壁の狭間であった。

 しかし、このくらいの隙間であれば、奇鬼蟲バグバグなら余裕で通れそうだ。

 だが、マニのことだ。きっと考えあってのことだと思い、俺はマニに従うことにした。


 エッダが先に隙間を抜けた。

 次に、マニを優先して通させた。

 その頃には、俺のすぐ背後に先頭の奇鬼蟲バグバグが迫ってきていた。


「来るんじゃないっ!」


 俺は《ブレイズフレア》の三発の炎弾を放つ。

 そのまま炎弾の動きを追うように《魔喰剣ベルゼラ》を振るい、奇鬼蟲バグバグの顔面に刃を叩きつけてやった。

 殺せはしなかったが、後方へ弾くことができた。


 俺も急いで、岩肌の狭間を潜る。

 追ってくる奇鬼蟲バグバグを、《魔喰剣ベルゼラ》を必死に振るってどうにか牽制する。

 反対側の場所へ抜けたとき、勢いで地面にそのまま転がってしまった。


「《プチデフォーマ》!」


 マニが錬金魔法アルケミーを用いて、岩肌を変形させ、より狭くした。

 どうにかこちら側に出ようとする先頭の奇鬼蟲バグバグを、エッダの振るう刃が押し留める。

 最終的に身動きが取れなくなった奇鬼蟲バグバグをエッダの刃が仕留めた。


「《プチデフォーマ》! 《プチデフォーマ》!」


 マニが重ね掛けして、狭間を完全に埋めていく。

 少しの間はガリガリという音が響いていたが、すぐにそれは聞こえなくなった。

 マニが深く息を吐く。


「……あの狭い場所じゃ、勢いもつけられないし、力も入れようがない。壊すのを諦めてくれたみたいだ」


 マニはその場に屈み、呼吸を粗くする。


 広範囲の《アーススワンプ》といい、《プチデフォーマ》の連打といい、マニはかなりの魔力を消耗したはずだ。

 ただでさえ《エアルラ》をほとんど使いっぱなしなのだ。


「お疲れ、マニ。助かった……。奇鬼蟲バグバグに集られて死ぬのは、絶対に勘弁だからな……」


「すぐに奴らは群れる。危険な習性だな」


 エッダが吐き捨てるように口にする。


「俺の魔力も、半分以上減ってる。そろそろ休息を取れれば、と思ったんだが……どうやら、そうもいかないらしい。感知に反応がある」


 俺は振り返り、通路を睨む。

 俺達の方へと、一体の魔獣が姿を現す。


 そいつは俺の倍近い背丈をした、牛の頭部を持つ巨人であった。

 手に構えている棍棒も、恐ろしく分厚く、そして長い。

 大牛鬼ミノタウロスと呼ばれる魔獣である。

 C級魔獣の中でも、上位格の魔獣であった。


「次から、次へと……。奇鬼蟲バグバグの群れを凌いだ瞬間に、こんな目に遭うとはね。できれば、万全の状態でぶつかりたい魔獣だったよ」


 マニが冷や汗を垂らす。


「フン、魔獣の溢れている魔迷宮に飛び込んだのだ。都合のいい場面が続くとは、私は端から思っていない。このくらいであれば許容範囲であろうに」


「……いや、違うんだ。気配は、こいつだけじゃない」


 俺がそう口にしたのと同時に、大牛鬼ミノタウロスに続き、もう一体の大牛鬼ミノタウロスが姿を現した。

 さすがのエッダも顔を強張らせていた。


 二体の大牛鬼ミノタウロスは、俺達を眺め、瞳を歪めて残酷に笑った。


「後を考えている余裕はなさそうだな。死ぬ気で叩くぞ」


 エッダが剣を構え、そう口にした。

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