第六十九話 初日

 《剣士の墓場》の探索は、地下一階層の時点から幸先が悪かった。

 通常、魔迷宮の地下一階層は、多くの冒険者達にとって通過地点のようなものなのだ。

 出てくるのはせいぜい、F級かE級の、新人冒険者でも対処できるレベルの魔獣ばかりであるはずだった。


 だが、既に地下一階層の時点で、D級魔獣である中鬼ホブゴブリンが潜んでいたのだ。

 外に溢れていたくらいなのだから、当然と言えば当然なのだが。

 今回の魔獣討伐は、村のための間引きという側面もある。

 レベル上げのためにも積極的に狩っていく、という方針になった。


 マニのレベルアップのため、なるべく彼女を中心に戦闘を行った。

 《悪鬼の戦槌ガドラス》は《鬼闘気》による所有者の攻撃力底上げができるため、レベル上の魔獣にダメージを通しやすい。

 俺とエッダが気を引き、マニに止めを任せることはさほど難しくなかった。


 一応古い地図をもらってはいたため、そこに随時加筆を行っていった。


 マニの持っていた光路石を、時折地面に落としていく。

 光路石は微弱な光を放つ石で、魔迷宮においてよく目印として扱われる。

 ちょっとばかり値が張るらしいが、この人通りが少なく、地図も当てにならない魔迷宮では、目印を出し惜しみしてはいられない。


 地下二階層を歩いている最中、マニがその場で躓きそうになった。

 俺は慌ててマナランプを投げ、彼女の身体を支える。


「おっ、おい、マニ、大丈夫か?」


「ごめんよ、足許に窪みがあったみたいでさ」


 マニは笑って、なんてことないふうに口にするが、身体の疲労が原因だろう。

 無理もない。散々鬼闘気を使って、レベル上の魔獣へ《悪鬼の戦槌ガドラス》を振り回してきたのだ。


「なぁ、エッダ、低階層でここまで戦闘してよかったのか? こんな調子じゃ、地下四階層まで持たないんじゃ……」


 エッダが足を止め、俺達を振り返る。


「何を言っている? 魔迷宮の中で休息を取るのだぞ」


 エッダは眉間に皴を寄せる。

 まるで、当たり前のことを確認するな、とでも言いたげな様子であった。


「い、いや、それは勿論出発前に聞いてたけど、実際、こんなところじゃ、深くは眠れない。下はゴツゴツだし、いつ魔獣が来るか、わかったものじゃない。むしろ精神を削られるし、充分な回復には……」


 エッダが少し首を傾げる。

 俺は息を呑んだ。本気だったのだ。

 エッダは本気で、魔迷宮の中で回復と狩りを繰り返せと言っているのだ。

 忘れていた、ナルク部族はそういうところがあるのだ、と。


「ディーン、やるしかないよ」


 マニが軽く笑いながら、俺の肩に手を置いた。

 俺は自分の額を手で押さえ、息を吐いた。


「そうだよな……そうでもしなけりゃ、間に合わないよな……」


 初日は地下三階層で眠ることになった。

 この時点で十五体近いD級魔獣を狩っていた。


 勿体ないが、闘骨は回収していない。

 俺は最初に取り出そうとしたのだが、エッダから時間の無駄だと止められてしまった。

 確かに、今の俺達に闘骨を換金している余裕はない。


 大概魔迷宮近くの村では手持ちのない冒険者を助けるために安値で闘骨を買い取ってくれるものだが、あの村ではそうしたことは行っていないようであった。

 人が外から来ることがないため、闘骨を手に入れても使い道がないのだろう。


 村では魔獣に抗える魔導器は貴重なはずだが、闘骨よりも魔核の方が遥かに貴重であるため、むしろ闘骨

は持て余しているようであった。


 金に換えたければ、他の村や都市に行くしかないのだ。

 だが、今の俺達に、悠長に闘骨の換金を行っている猶予はない。

 荷物にもなるし、D級魔獣の闘骨を持ち歩くわけにはいかなかった。


「一つ四万テミスだから、あれ全部集めていたら、六十万テミスにはなったはずなのに……」


 俺は干し肉を齧りながら、ついそんなことを漏らしてしまった。


 正確には、経費も決して低くはないし、解体を行っていればそれだけ時間も取られていたことだろう。

 闘骨の種類も偏っているので買い叩かれる。

 あれやこれやと換算すれば、最終的には一人頭十万テミス前後、といったところか。

 いや、それでも全然悪くない額だ。


「くっ、ふふっ……」


 エッダが肩を揺らし、声を押し殺して笑った。


「な、何がそんなにおかしいんだよ」


「いや……ディーン、お前、案外図太い奴だと思ってな。余裕がありそうで何よりだ」


「こんなときにからかうなよ……。昔から悩まされてきたから、つい勘定しちゃうんだよ」


 エッダが壁に背を預ける。

 表情を変え、少し黙ってから、ゆっくりと口を開いた。


「ここまではC級魔獣とも遭遇しなかった。D級魔獣は数が現れたが、状況が悪いときは、余裕を以て逃げることができた」


 地図が不確かなこの魔迷宮で安定して逃げられたのは、運も大きいが、マニが常に逃げ道を抑えて探索指示を出してくれていたのが大きい。

 ここまでは魔獣を狩ってオドを集めつつ、地図を修正し、下階層まで降りることができている。


 俺のレベルではもうD級魔獣を数体狩ったくらいではレベルが上がらなくなってしまっていたが、マニはこの一日で【Lv:16】から【Lv:19】まで上げることに成功していた。

 最後の方は、マニ一人でも、上手く動けば中鬼ホブゴブリンを倒しきれるようになっていた。


「終わってみれば安定していたが、今日も、一歩間違えていれば、誰かが欠けていてもおかしくない場面はいくつもあった。だが、今日は途中移動でしかない。明日からが……地下四階層からが、本番なのだ」


「……ああ、わかってるさ」


 どんな魔獣が出てくるのかわかったものじゃない。

 きっとC級魔獣のオンパレードになる。

 この前のほとんどB級であった異常個体ユニーク牙鬼オーガのような敵だって、出て来たっておかしくはない。

 

 だが、もう、ガロックはいない。

 俺達だけで乗り越えて、レベルを上げて、緋緋廣金ヒヒイロカネを入手しなければならないのだ。

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