第六十七話 穴籠りの修練

「エ、エッダ……そんな動き回って、もう大丈夫なのか? まだ寝ていた方が……」


「万全だと言えば嘘になる。これ以上休んで、身体を怠けさせる方が問題だ。身体の怪我など、元より大したことはなかった。オドの疲弊が尾を引いていただけだ」


 エッダが軽く剣を振って答える。

 恩人の家で刃物を振り回すのは止めてほしい。


「本当にそうか……? 結構ばっくりやられてたと思うんだが」


「私はお前の様にヤワな身体の造りをしていないのでな」


 エッダが鼻で笑ってそう言った。

 ま、まあ、元気ならそれでいいのだが……。


「私も脆くなったものだな。部族にいた頃は、横になって弱点を晒して眠るようなことは絶対にしなかった。座った姿勢で、刃を片手に持って眠るのだ。何かあれば、すぐに振るえるようにな」


 エッダが昔を懐かしむように口にする。


「それ、眠れないだろ……。というか、寝たら剣を落とすと思うが……」


「握力がなくなって落とせば、その音で起きる。それを幼少から繰り返している内に、意識を半分残し、周囲を警戒しながら眠る術を身に着けることができるのだ」


 俺は額を手で押さえた。

 脳筋部族め……。それじゃ、休まるものも休まらないと思うが。

 確かに、ロクに魔獣狩りの行われていない区域を転々として生きるナルク部族は、それくらいの警戒心がないと生きてはいけないのかもしれないが。


 エッダと話していると、ナルク部族は頭と身体の造りが俺とは違うんじゃなかろうかと、思わさせられるときがある。


「とにかく、私は大丈夫だ。心配を掛けたな」


「まだ心配してるんだが……。本当に大丈夫だろうな?」


「心配性め……しつこい奴だ。どっちにしろ、無為に時間を食い潰している猶予はなかろう。方針を決めて、動かねばならない。私の身を案じて行動を遅らせるのは結構だが、それで全滅することになれば本末転倒だろうに」


 エッダは眉根を寄せてそう口にした。


「とにかく、目を覚ましたのなら食事を摂れ。食べるもの食べないと、回復するものもしない。吐き気だとか、食欲がないとかはあるか?」


「大丈夫だと言っているだろう。お前は私の親か」


 エッダは溜め息を吐きながら剣を仕舞う。


「……確かに、あまり時間を無駄にしている猶予はない。食堂に行ったら、食べながら、ちょっと聞いてもらっていいか? 今後の予定について、マニと少し考えていることがあったんだ」


 無論、緋緋廣金ヒヒイロカネのことである。

 俺達が手っ取り早く強くなるには、《魔喰剣ベルゼラ》を強化するのが一番であるはずなのだ。

 ……それだけで魔導尉達に敵うとは思えない、というのが難点ではあるが。


 エッダが遅い朝食を食べている間に、俺とマニが緋緋廣金ヒヒイロカネの件について、説明を行った。

 《剣士の墓場》には昔、緋緋廣金ヒヒイロカネが摂れた。

 今も魔導器一つ分くらいならば、地下四階層の奥地まで行けば見つけられるかもしれない、と。


「……だから、このままパルムガルトへ向かうより、その前に《剣士の墓場》を探索するのはアリだと思うんだ。悠長な話だけど、このままパルムガルトへ向かったら、きっと俺達は待ち伏せしているであろう魔導尉達に勝てない」


 エッダは水を飲みながら、真剣な面持ちで俺の話を聞く。

 セリアとロービは、不安そうな顔で俺の話を聞いていた。

 二人共、やはり《剣士の墓場》に潜るのは無謀だと考えているのだろう。


「なるほど、話はわかった。だが、それには問題がある。お前を馬鹿にしているわけではないが、その剣が多少強化されたところで、連中には勝てんぞ。……ガロックが残っていれば、それでも希望はあったかもしれんがな」


「だけど、他に手が……」


「ある。実は奇しくも、私も似たことを考えていた」


「似たこと……? 何か、手はあるのか?」


 エッダは腕を組み、目を瞑った。


「今では廃止されていたが、かつてナルクには穴籠りという、一流の戦士として認められるための試練があった。魔導剣一本で魔迷宮に入り、そこで数日を過ごすのだ。半数以上のナルクの若き戦士が命を落としたとされている」


 ど、どこまでも脳筋の部族め……。

 人虎マンタイガーという魔獣は、我が子を谷底に落として這い上がってきたものだけを育てる、という伝承がある。

 実際にはそれは嘘なのだそうだが、ナルク部族はそれを地で行っている。


「……それがどうしたんだ?」


「廃止こそされたが、穴籠りはレベル上げに最適なのだ。元々レベルなど、自身を追い込んで自分より強い敵を屠れば、簡単に上がるものだからな。命を危険に晒して寸前のところで生還した数だけ、レベルを引き上げられるものなのだ。自身よりレベル上の魔獣だらけの場所に身を置いて、倒さざるを得なくすればいいわけだ」


 だいたいエッダの言いたいことがわかってきたらしく、マニとセリア、ロービは顔を青くしていた。

 多分、俺も今、彼らと似たような表情をしていることだろう。


「中で魔獣を狩って、喰らって、そのまま休息を取るわけだ。休憩が終われば、また魔獣を狩る。効率的だろう」


「ス、ストップ! その、まさか……お前、穴籠りしながら緋緋廣金ヒヒイロカネを回収しろと、そう言っているのか?」


「そういうことだ。魔導尉のジルドが【Lv:37】だったか? 私とディーンは、最低でもその近くまでは引き上げる必要がある。通常の穴籠りより遥かに苦しく、危険な道になるだろう。しかし、無策でパルムガルトへ向かうよりはマシだろう」


「た、ただでさえ、地下四階層を探索するだけで、ほとんど生存が見込めないのに、そんな……。魔獣の飽和した《剣士の墓場》で、ひたすらレベル上げなんて、命がいくつあっても足りるものじゃないよ……」


 マニが頭を抱える。


「命の危機など考えていれば、いくら時間があってもレベルは上がらんぞ。身を危険に晒した数だけレベルは上がるものだ。しかし、穴籠りだけでは足りないと考えていたが、B級の金属が手に入るかもしれんとは、渡りに船だな。ディーン、お前が魔導尉と対等に戦えるように、私が鍛え上げてやる」


「いくらなんでも、それは危険ではなかろうか……? そう死に急がなくとも……」


 ロービが不安げにエッダを説得する。


「これしか手はない。穴籠りをするのであれば、村での私達の滞在時間も伸びる。それについてまたあのチンピラ男と再交渉する必要があるだろう。だが、魔獣の間引きという切実な課題が村にある以上、私達の提案を受けざるを得ないはずだ」


 こ、殺される。

 エッダに殺されるかもしれない。


 俺は顔が強張るのを感じていたが、表情を引き締めて前のめりになり、机を手で叩いた。


「……わかった、エッダ。それで行こう。無謀なのはわかってる。だけど、今の俺達は、普通にやっていたら絶対に軍に勝てないんだ」

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