第六十五話 村の状態

 大将鬼ゴブリンロードを倒した翌日、俺はロービの家で朝食を準備していた。

 不用意な外出は控えた方がいい。


 エッダが完全に回復するまでは、ロービの家を離れないつもりだ。

 とはいえ、昨日の時点でかなり回復しているように見えた。

 何せ大将鬼ゴブリンロードの討伐についてくる、とまで言い出していたくらいなのだ。

 後三日も休めば、村を出られるようになりそうだ。


 マニに《エアルラ》を渡したときのようにエッダに《自己再生》を渡そうとしたが、それは断られてしまった。

 エッダ曰く、今は時間がないため、怪我よりもオドの回復に専念したい、という話であった。

 《自己再生》は怪我を治癒してくれるが、オドの疲弊が激しいのだ。


「しかし……本当に、このままでパルムガルトへ行けるのかな」


『随分と弱気であるな、ディーン』


 俺の零した言葉に、壁に立て掛けていた《魔喰剣ベルゼラ》……ベルゼビュートが反応する。


「弱音ばっかり口にしたくないけど、このままだと駄目な気がするんだよ。明確に敵わないっていうか……まさか都市ロマブルクの軍人が、ここまで本腰入れてくるなんて思ってなかった。何か、予定を変えなくちゃいけないのかもしれない」


 魔導尉率いる部隊が二つだなんて、悪夢のようなものだ。

 まさか俺達相手にそこまで全力で叩き潰しに来るとは思わなかった。

 こんなこと想定していなかった。


 確かにセリアの生存は、マルティ魔導佐の破滅を招くものだ。

 だが、俺達相手にここまで力を入れるのは、周囲に『後ろ暗い隠し事がありますよ』と喧伝するようなものだ。

 マルティは周囲の疑心より、セリアを確実に殺して憂いを断つ方を優先したらしい。


「……魔導佐相手に、動向を読んだ気になるのは危険だとよくわかったよ。そもそも情報操作は、連中の得意とするところだと忘れていた」 


 元々、《灰色教団》の騒動でも、冒険者が協力して都市を救うことが、マルティ魔導佐一派の権威を貶める一手になると、皆信じて疑わなかった。

 しかし、実際にはそうはならなかった。

 軍の手先だったチルディックによって危うく壊滅の危機であったし、どうにかそれを乗り越えて生還しても、結局はまだ軍の手のひらの上に過ぎなかった。


 運び屋だったときは、相手が大きすぎて全貌が見えていなかった。

 しかし、冒険者としてそれなりの功績を得られるようになってから、軍という組織の持つ力の大きさを、より明確に実感させられるようになっていた。

 なまじ抵抗できるセリアという光の見えた今、本気になった軍の脅威を前に、俺はどう動くべきなのかわからなくなっていた。


『朝から辛気臭い顔をするの、ディーン』


「だけど、ジルドを撃退してカンヴィアから逃げられたのは、奇跡としか言いようがないんだ。ジルドがこっちを甘く見ていて、戦力を分散してくれた。その上で、ガロックさんが囮になってくれて……それで、どうにか逃げることができたんだ。ジルドもカンヴィアも生きている。今からパルムガルトへ辿り着くまでに、後何回魔導尉と接触すればいいのか……」


 魔導尉二人と、一般兵十人。

 俺達が同時に相手取る必要のある戦力だ。

 危険を顧みずに進まなければいけない状況ではあるが、さすがにこの戦力差は無謀すぎる。


 元々、マルティが俺達を確実に殺すために用意した戦力なのだ。

 無策で前に進めば順当に殺される。それは自殺に思えた。

 マニにも当然相談したが、現実的な答えは得られないでいた。


『食ってから考えればよかろう。辛気臭さが料理に移るぞ』


「気楽に言ってくれるよ……」


 俺は溜め息を吐いた。


『軍を軽んじているわけではないぞ、妾は料理に重きを置いておるのである!』


 ベルゼビュートは、何故か誇らしげな調子でそう言い切った。

 ……ロービの目もあるため《プチデモルディ》を使うわけには行かないので、ベルゼビュートが食事を摂れないことはわかっているはずなのだが……。


 そのとき、エッダの様子を見に行っていたセリアが、食堂へと入ってきた。


「ディーンさん、エッダさんは、まだ眠っていました。起こさない方がいいかな、と……」


「そうだね。わかった、また時間を置いてから様子を見よう」


 俺はセリアへと頷いた。


 俺とマニ、セリアとロービで食卓を囲んだ。


 その際、ロービから、村の魔獣騒動について聞いた。

 大変な事態になっているのはわかっていたが、俺達が捉えていた以上に深刻な事態になっているそうだ。


「魔迷宮の《剣士の墓場》から、次々に魔獣が這い出しておっての……。入り口を塞いでも、その場凌ぎにしかならん。勿論、都市や他の村へ逃げた者も多いが……仕事や住処に、皆困っておると言う。もう……今、この村に残っておるのは、村と心中するつもりの者ばかりだ」


 ロービは寂しげであった。


 それを聞いて、ロービが命懸けで俺達を匿ってくれようとしているわけや、ゴヴィンのあの振る舞いにも納得が行った。

 この村の人達は、他の地へ逃げて飢えに苦しんだり、乞食に身を窶したりするより、育った村で戦って死ぬことを覚悟した人達なのだ。


 悲しい話だが、魔獣の脅威にある彼らに必要以上に軍を畏れる理由はなく、また軍は自身らを見捨てた敵であるのだ。

 そういう面で村の意志統一は図りやすい。

 ゴヴィンの言葉も信じられる。


「俺達に、どうにかできたらよかったんですが……」


 俺は握り拳を固めた。

 

 村の当面の危機である大将鬼ゴブリンロードは倒した。

 だが、《剣士の墓場》に溢れた魔獣がいる限り、いずれこの村は魔獣災害によって滅ぼされる運命にあるのだ。


 これは根深い問題だ。

 俺達は追われる身なので元より魔迷宮に潜る余裕はない。


 だが、元々数人にどうにかできる問題ではない。


 まず前提として、《剣士の墓場》は長年人が入っていないため、魔獣で飽和している。

 こうなってしまえば、その時点で一般冒険者ではどう足掻いても手が付けられない状況なのだ。

 軍が集団で魔迷宮に入って本格的な穴潰しを行わなければどうにもならない。


 魔獣で飽和しているだけでも手の付けようがないのに、加えて信頼できる地図がない。

 そうした魔迷宮は、当然危険度が数段跳ね上がる。

 そもそも中にどういう魔物が眠っているかわからないため、その最も肝心な危険度が未知数なのだ。


 そして人が出入りしていないということは、人間の進める地形になっていないということである。

 多くの冒険者達によって地面が踏み均され、遮蔽物の崩された魔迷宮は、人の通り道というものができている。

 それのない魔迷宮は単純な移動に体力を消耗させられる上に、冒険者にとって戦い難い、魔獣達のホームグラウンドとなる。


「ロービさん、マルティ魔導佐さえいなくなれば、きっと次の魔導佐は、この村を見捨てたりはしないはずだと、僕はそう思います。新しい魔導佐は、支持を得るために前任の粗と自分の功績を示したがるものですから」


 マニはロービへとそう言った。

 慰めの言葉だったのだろうが、マニの言い分には説得力があるように思えた。 

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