第六十四話 ゴヴィンとの話し合い

 大将鬼ゴブリンロードを倒してからは長期戦になった。

 俺も二度の《プチデモルディ》と《雷光閃》でオドの限界が近く、これ以上闘術を使うわけにはいかなかったのだ。


 まずはマニを連れて逃走し、深追いしてきた一体を仕留めた。

 その後は身体を休めながら残る六体の中鬼ホブゴブリンを見張り、奇襲と離脱を繰り返し、半日掛けて敵の数を減らした。


 結局、七体の内の五体を仕留めることができたが、二体の中鬼ホブゴブリンには逃げられ、そのまま見失ってしまった。


「クソ、逃がしたか……」


 俺は息を切らしながら、中鬼ホブゴブリンが消えた方を睨んだ。


「村の方に行っていないといいが……」


「大丈夫さ。脅えていたはずだし……それに、約束は大将鬼ゴブリンロードを仕留めることだったはずだよ」


「でも……」


「それに、この辺りは軍の魔獣狩りが長く行われていないせいで、E級、D級辺りの魔獣が外に出ているのは珍しくないみたいだ。中鬼ホブゴブリン二体倒したところで、何も変わらないのが現実だよ。僕達の今回の仕事は、外に出た指揮能力の高いC級魔獣を仕留めることだ」


「そう、だな。俺もマニも限界が近いし、村に戻ろう。エッダの容態も気掛かりだ」


 俺は崖壁の亀裂へと目を向けた。

 魔迷宮、《剣士の墓場》の入口である。


 今回、俺達はどうにか、村の人間が警戒していた大将鬼ゴブリンロードの討伐に成功した。

 だが、結局、魔迷宮低階層での本格的な魔獣の間引きを行わない限り、D級魔獣の出没は止まないし、また大将鬼ゴブリンロードのように厄介な魔獣も姿を現すようになるだろう。


 しかし、きっと表に出ないだけで、軍がわざと放置しているような荒れた魔迷宮は珍しくなんてないはずだ。

 マルティ魔導佐を今の地位から引きずり下ろすことができれば、問題の根本的な解決になるかもしれないが……。


 その後、俺は大将鬼ゴブリンロードの頭部を斬り落とした。

 休憩がてらに少し吊り下げて血抜きを行い、布で包んで腕に抱えた。


『ほう、煮るのか? ディーンよ、大将鬼ゴブリンロードの脳味噌が食えるのか?』


「馬鹿なことを言うな、食べられてもごめんだよ……」


 俺はぶるりと身震いした。


「出発前に言っただろ、聞いてなかったのか? マニの案で、頭部を持っていくことになったんだよ」


『む……何故であるか? 証拠であれば、耳か、そうでなくても手で充分であろう』


「ギルドと違って、村人は素人だからね。もし判別してくれる人がいたとしても、他の人がそれに納得してくれるかは別の話になってくる。何より、見た時の衝撃が強い方が、話を楽に進めやすいんだ」


 マニがベルゼビュートへとそう説明した。

 

『ほほう、なるほどの』


 マニのこういうところは抜け目ない。

 さすが商人だ。

 俺はこういう駆け引きがまるでできないのでありがたい。


『では、その頭は見せた後は捨てるだけなのであるな? のう、ディーンよ、ちょっと調理して妾に喰わせてくれんか?』


「そんなに食べたいのか……? どうしてもっていうのなら我慢して作るが、絶対美味しくはないと思うぞ」


 その後、俺とマニは無事に村へと帰還した。

 ロービの家で、ゴヴィンとその取り巻き達と顔を合わせる。

 間の机の上には、大将鬼ゴブリンロードの頭部を置いていた。


「ゴヴィンさん、約束通りに大将鬼ゴブリンロードを討伐してきました。二体、討ち漏らした中鬼ホブゴブリンはいますが、問題ありませんね」


「信じられねぇ……こんな、俺より一回りも若いようなガキが、たった二人で大将鬼ゴブリンロードを倒しちまうなんて……。これが、冒険者か」


 ゴヴィンは息を呑んで、大将鬼ゴブリンロードをまじまじと見つめる。


「ゴヴィンさん……本当に、引き受けるんですか?」


 取り巻きの一人が、ゴヴィンへと不安げに尋ねる。


「い、今なら、弱ってるはずです……。あの白髪の女だって、人質に取れる。今なら……!」


 この期に及んで、そんなことを言い出すか……。

 俺達も後がない。多少、武力で威圧することも考えなければならないかもしれない。


 仮に村の中に村の自衛のための魔導器使いがいたとしても、【Lv:20】を超えるような者はいないはずだ。

 それだけ差があれば、今の俺のオドでも、手加減して戦えるはずだった。


「その言葉は……」


 俺が言い終える前に、ゴヴィンが裏拳で取り巻きの鼻を殴った。


「今更、短絡的なこと言ってんじゃねえぞ!」


「うぶっ!」


 鼻血が吹き出し、男は顔を手で抑えて蹲る。今のは、鼻が折れていた。

 呆気に取られる俺を、ゴヴィンが睨み付ける。含みのある目つきだった。


「……悪いな、これで許せ。だが、コイツも、俺も、必死だ。軍人を敵に回せば、どうなるかなんてわかったもんじゃない。魔獣の略奪を待たずして、軍人に皆殺しにされかねない。コイツの気持ちも、わかるだろ」


「はい、それは勿論わかります」


 俺達にとって、引き下がってくれるのならばそれでいい。

 重要なのは匿ってもらえるか、どうか、そこだけだ。


「あの大将鬼ゴブリンロードは……いつ村に入って虐殺を始めるか、本当にわかったもんじゃなかった。だから、ここでお前らを利用して売り飛ばす、なんて都合のいい真似はしない。はっきり言おう、俺はお前らが戻ってこないなら戻ってこないで、厄介ごとが消えると思っていた。だが、お前達は命懸けでやってのけてみせた。それに対し、最低限の道義は守ろう」


 ゴヴィンは静かに、淡々とそう口にした。

 俺は息を呑んで、ゴヴィンの言葉を待つ。


「お前達を匿うよう、俺がロービと説得して回ってやる。だが、これは俺が勝手にやった約束でもある。大将鬼ゴブリンロードの礼はあるし、お前らは俺の村本位の条件で呑んだ。だが、それでも他の村人全員が本当に納得するかはわからねぇ。もし……お前達を村人が売るようなことがあれば、俺が命を以て償うと誓おう」


「ゴッ、ゴヴィンさん、そんな、そこまで……」


「そうじゃないと、こいつらにとって割に合わんだろ。俺の覚悟を示せるし、説得の手を抜かない理由にもなる。それに、他の連中への楔にもできる。何度も話させるな、俺はこいつらが大将鬼ゴブリンロードの首さえ持ってきたら、そうするって決めてたんだ」


 都合のいいことばかり並べたてた、その場凌ぎの言葉ではない。

 ゴヴィンの第一印象は粗野で冷酷な男だったが、彼は村を守ろうとして、そう振る舞っているのだ。

 今ならばそれがよくわかる。


 あまり直接村人達の様子を目にしたわけではないが、長老であるロービを差し置いて、村人達からの信頼を得ているようであった。

 ゴヴィンの魔獣退治の実績もあるのだろうが、何かあれば素早く動き、非情に振る舞いつつ、自身の線引きした道義は通すという姿勢を示している。

 この追い詰められた村で、若い身で村内から支持を得ているわけだと、そう感じた。


「ありがとうございます……。少しの間、ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします」


 俺はゴヴィンへと頭を下げる。

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