第六十三話 継承の技

 完全に大将鬼ゴブリンロードから中鬼ホブゴブリンを引き剥がすことに成功した。

 二体は音響爆弾の確認に向かい、三体はベルゼビュートと交戦中で、最後の二体は俺が今振り切った。


 後は中鬼ホブゴブリンが戻る前に、大将鬼ゴブリンロードを倒しきるだけだ。

 ここまでは上手くいったが、ここからが最大の賭けでもある。


「アアア……!」


 大将鬼ゴブリンロードは牙を噛み締め、地面にあった、大刃の剣を手に拾った。

 かなり錆付いており、過去に付着したらしい血の汚れも洗い流さずにそのままにされている。


 切れ味は悪いだろうが、C級魔獣の剛力で振り回すのだ。

 どの道、直撃を受ければ一発で殺されることに変わりはない。


 今までとは違い、C級魔獣相手に、俺が決定打を取らなければならない。

 これまでの戦いでは、俺は基本的にエッダの補佐でよかった。


 だから攻めなければ、という気負いが薄かったかもしれない。

 俺の最大の目的は牽制であった。


 だが、今回、エッダはいない。

 俺が、C級魔獣である大将鬼ゴブリンロードを仕留めなければならない。

 それも中鬼ホブゴブリンが向かってくる前に、である。


 今まで、俺がどれだけエッダに頼っていたのか、身に染みてわかった。

 牽制でいい場面と、自分が相手を仕留めなければならない場面では、圧迫感がまるで違う。

 エッダはいつも、この状況で果敢に攻撃を仕掛けていたのか。


 あまり戦いの駆け引きをしている猶予はない。

 とにかく、攻めねばならない。速攻での勝利、それ以外は敗北に繋がっている。


 俺は《闇足》を用いて、大将鬼ゴブリンロードの死角に入り込もうとした。

 大将鬼ゴブリンロードは引きながら大剣を振り上げ、俺へとブン回してくる。


 あの巨体に加え、長い腕、そして巨大な刃。

 挟み撃ちの状態とはいえ、不意を突いて近づくには、あまりにリーチの差が大きすぎた。


 これは受けられない、《水浮月》で透過するしかない。

 刃が俺の腹部を斬るが、身体が液体化し、すり抜けた。


「アァ?」


 大将鬼ゴブリンロードは、大剣の感触の手応えのなさに顔を顰める。


「くらいやがれっ!」


 俺は大将鬼ゴブリンロードの首目掛けて刃を振るった。

 肉に刃がめり込み、血が舞った。だが、すぐに止まった。

 首が、あまりに太く、硬すぎる。

 やはり速攻で仕留めるには、闘気の差が大きい。


 大将鬼ゴブリンロードが大剣を振り上げる。

 これは、回避できない。

 そう思った時、マニが《悪鬼の戦鎚ガドラス》を手に、大将鬼ゴブリンロードの背へと向かってきていた。


「グゥッ……」


 大将鬼ゴブリンロードは右の拳で俺をぶん殴った。

 咄嗟に腕で身体を庇い、《硬絶》でガードしたが、それでも意識が飛びかけた。

 地面を転がり、どうにか素早く体勢を持ち直して立ち上がった。


 大将鬼ゴブリンロードを挟んだ向こう側で、マニが地面に倒れていた。

 大将鬼ゴブリンロードは俺を殴り飛ばした後、その勢いのまま身体を捻り、マニを突き飛ばしたようだった。


「マニッ!」


「大丈夫……だよ、ディーン。このくらい、何ともないさ」


 息を荒げながら、マニが立ち上がる。

 だが、大丈夫なわけがない。

 大将鬼ゴブリンロードは払っただけだろうが、マニのレベルで、《硬絶》もなしにあの剛力を受けたのだ。


 俺は背後へ目をやる。

 俺が振り切った二体の中鬼ホブゴブリンが、すぐそこまで来ている。


「《プチデモルディ》!」


 遠くのベルゼビュートが消え、俺のすぐ目前へと姿を現した。

 元々ベルゼビュートの引き付けていた三体は、今は大分離れたところにいた。

 こちらに戻した方がいい。


「よし、次はあの二体を止めればよいのだな!」


 俺は一瞬逡巡した後、大将鬼ゴブリンロードへ向き直った。


「いや……ベルゼビュートも、大将鬼ゴブリンロードを頼む! この戦い、中鬼ホブゴブリンに構っていれば負ける! あいつさえ倒せば、どうとでもなるんだ!」


「わ、わかったが、もう一刻の猶予もないぞ!」


 ベルゼビュートは大将鬼ゴブリンロードへと突進していく。

 俺もベルゼビュートに続き、再び《闇足》で死角に回り込みつつ、大将鬼ゴブリンロードへと距離を詰める。


 ここで仕留められなければ、大将鬼ゴブリンロード中鬼ホブゴブリンの挟み撃ちを受けてお終いだ。


 大将鬼ゴブリンロードが大剣を振るう。

 ベルゼビュートは一振り目を身体を逸らして回避したが、素早く二振り目が放たれた。

 ベルゼビュートはそれを、交差した両手と肩で受け止める。


 そのとき、倒れていたマニが、懐より鉱石を取り出して大将鬼ゴブリンロードへと投げつけた。


「《プチデフォーマ》!」


 宙の鉱石目掛けて、マニが錬金魔法アルケミーを放つ。

 カッと眩い光が放たれ、大将鬼ゴブリンロードが何事かと目を向ける。


 ここしかない。

 ベルゼビュートが大剣を受け止め、マニが気を逸らしてくれた。

 俺は死角に入り込めている。


 俺は目を瞑り、全身に闘気を巡らせる。

 闘気は雷に変わり、俺の身体を覆う。


 予想以上にオドの疲弊が激しい。

 だが、身体が凄く軽くなったのを俺は体感していた。


『オレの《雷光閃》はよ、オレがお前くらいのガキの頃に、必死に習得した闘術だ。絶対に勝てない相手ってムカつくだろ? 自分より強い奴らに喰らいつけるチャンスが残る、そんなこの闘術にオレは憧れてたんだ』


 脳裏に、ガロックの姿が過った。


 俺は剣先を大将鬼ゴブリンロードの心臓部へと向けた。

 地面を蹴り、一直線に駆ける。

 普段よりずっと速く身体が動く。まるで自身が、雷になったかのようだった。


 ベルゼビュートの身体が、振り抜かれた大剣に突き飛ばされる。

 大将鬼ゴブリンロードは俺へと顔を向け、表情を強張らせる。

 もう、遅い。俺は、大将鬼ゴブリンロードの懐に入り込んでいた。


「《雷光閃》!」


 刃が、大将鬼ゴブリンロードの胸を貫いた。

 突き刺した胸の周囲が黒く焦げ、大将鬼ゴブリンロードの巨体が地面の上に倒れた。


 大将鬼ゴブリンロードのオドが、俺の中に入り込んでくるのがわかる。

 大将鬼ゴブリンロードが死んだのだ。


 使って分かった。

 闘気の消耗が、オドの負担が尋常ではない。

 これを三度も続けて使っていたガロックは、本当に化け物だ。


 だが、効果も絶大であった。

 あんなに硬かった大将鬼ゴブリンロードの肉を、あっさりと貫くことができた。

 それに雷を纏っている間、身体が恐ろしく軽いのだ。

 速すぎて、自分の動きを制御できないかもしれないと、そう不安になったくらいだ。


 遠くに、ガロックが見えた。

 ガロックは口をニッと歪め、俺に親指を立てていた。


 俺が驚いて目を見開いたとき、ガロックの姿は、風に溶けるように消えた。


「……ありがとうございます、ガロックさん」


 俺はそう呟いた。

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