第六十二話 戦力分散

 俺が中鬼ホブゴブリンの群れを草陰から見張っていると、マニが戻ってきた。


「マニ! 上手くいったか?」


「うん、僕が鉱石を組み合わせて造った特製音響爆弾、確かに仕掛けてきたよ。すぐに爆発すると思う」


 マニは悪戯っぽく笑いながら、自身の耳をちょいちょいと指差した。

 塞いでおいた方がいい、ということだろう。

 俺は頷き、耳を塞いだ。


 すぐに俺達が隠れているのとは離れた位置から爆音が響いた。

 耳を塞いでいても、びくっと肩が揺れていた。


 前以て身構えていた俺達でさえそうだったのだから、中鬼ホブゴブリンはさぞ驚いたことだろう。

 立ち上がってギャーギャーと騒ぎ始める。


「アァーーー!」


 大将鬼ゴブリンロードが奇声を発した。

 中鬼ホブゴブリン達は各々にあたふたと動いていたが、すぐに大将の前に並んで足を止めた。


「アイ、アアアー!」


 大将鬼ゴブリンロードが音の方を指で示す。

 それから二体の中鬼ホブゴブリンへと指を向ける。

 確かめて来いと、そう言っているようであった。


 指名された中鬼ホブゴブリンは頷き、音の方へと走っていった。


 すぐに戻っては来るだろうが、これで七体の中鬼ホブゴブリンは、一時的に五体になった。


「よし、食いついた……! 一体じゃなくて、二体行ってくれたのも大きいな」


「魔獣にしては頭がいいという話だけれど、それだけだよ。それって要するに、頭の悪い人間並みでしかない、ということだからね。これが軍人だったなら、戦力分散目的である可能性に簡単に気が付いたはずだ」


 俺は二体の中鬼ホブゴブリンが見えなくなったのを確認する。


 手先の中鬼ホブゴブリンさえ引き剥がすことができれば、大将鬼ゴブリンロードはC級の魔獣の中では、むしろ倒しやすい部類になるはずだ。


 単独の戦闘能力なら、ずっと前に倒した同じランクの狼鬼コボルトの方が高いはずだ。

 ガロックの協力もあり、加えて疲弊していたとはいえ、俺達はほとんどB級だった牙鬼オーガ異常個体ユニークだって倒している。


 問題は、手先である中鬼ホブゴブリンが十全に機能すれば、それだけで危険度は牙鬼オーガ異常個体ユニーク以上に跳ね上がるということだ。

 そうなれば、ガロックもエッダもいない今の俺達に勝ち目はない。


 部下をなるべく離し、速攻でケリをつけるのが俺とマニの作戦であった。

 だが、この策にも問題がある。


 マニはレベルで大きく下回る。

 俺は【Lv:30】であり、C級魔獣とギリギリ正面から打ち合えなくもないレベルなのだが、如何せん《魔喰剣ベルゼラ》の適正が【Lv:15】前後であり、闘気に掛かる補正がその分低いのだ。

 造った当時は金銭に一切余裕がなかったし、俺も【Lv:13】であったため仕方のないことなのだが。


 今回は敵の部下である中鬼ホブゴブリンを散らし、その間に大将鬼ゴブリンロードを速攻で叩かなければならない。

 だが、決定打を叩き込むには闘気が足りないのだ。

 戦いが長引けば、中鬼ホブゴブリンに囲まれてお終いだ。


 捨て身の勢いで攻めて、決定打のなさを補うしかない。

 分の悪い賭けだとしか言いようがない。だが、マニと話し合ったが、やはりこれ以外に手はない。


「……しかし、セリアちゃんをパルムガルトへ連れて行くまでに、一体あと何回、こんな修羅場を潜る必要があるんだろうな」


「仕方ないさ。それが、僕達の選んだ道なんだから。もう、降りられないところまできているよ」


 俺の泣き言に、マニが笑って答える。

 彼女の笑みに、釣られて俺も笑った。


「ああ、そうだな」


 マニは本当に強い。

 彼女はずっと俺と共にどうにか戦いから降りる道を探していたようだったが、ガロックの死を契機に、完全に方針を切り替えたようだった。


 彼女を勝算の薄いマルティとの戦いに巻き込んだのはほとんど俺のようなものだ。

 だが、それなのに彼女は、今も俺を勇気づけてくれる。

 俺が泣き言を漏らしてばかりいるわけにはいかない。


「《プチデモルディ》!」


 魔法陣を浮かべる。

 その中心を潜り、ベルゼビュートの化身が姿を現す。

 

「手筈通りに頼んだぞ、ベルゼビュート!」


「任せておれディーン!」


 ベルゼビュートは大回りして俺達から離れた後、中鬼ホブゴブリンの群れへと突撃していった。

 三体の中鬼ホブゴブリンがベルゼビュートへと飛び掛かっていった。


 ベルゼビュートは中鬼ホブゴブリンに接触してからは、牽制で派手に爪を振るいながら、ゆっくりと下がり、中鬼ホブゴブリン達を群れから離していく。


 ベルゼビュートの役割は中鬼ホブゴブリンを倒すことではない。

 中鬼ホブゴブリンを引き離し、大将の守りを薄くすることである。

 その気になれば二体くらい仕留めることは難しくないはずだが、そうすれば他の中鬼ホブゴブリンに大きな隙を晒すことになる。

 それに、戦いが本格化すれば、ベルゼビュートの化身を維持している俺の魔力の消耗も激しくなる。


 音響爆弾の確認に二体の中鬼ホブゴブリンが離れた。

 そして今、ベルゼビュートが三体の中鬼ホブゴブリンを引き付けている。

 大将鬼ゴブリンロードの守りは残り二体にまで減っていた。


「よし、俺達も行くか。一瞬で決着を付けよう」


 俺とマニは草陰を飛び出し、一直線に大将鬼ゴブリンロードへと向かった。

 最後の二体の中鬼ホブゴブリンが、俺達へと駆けてくる。


「アアッ!」


 大将鬼ゴブリンロードが不満げに声を荒げる。

 だが、中鬼ホブゴブリンは聞いていない。


「所詮中鬼ホブゴブリンだな……」


 俺はニヤリと笑った。

 恐らく、大将鬼ゴブリンロードは俺の目的が戦力分散であることに気が付いたのだ。

 そのため二体の中鬼ホブゴブリンを手元に残し、三体で固まって俺達と戦いたかったのだ。


 だが、中鬼ホブゴブリンはそれに従わなかった。

 上手く意図が掴めなかったのだろう。


「マニ! 危険だが、大回りで大将鬼ゴブリンロードの背後を取ってくれ。あの二体は、手筈通りに俺が気を引く」


「わかっているよ」


 マニは横に走った。

 中鬼ホブゴブリン達はちらりとマニへ目をやったが、俺に狙いを戻す。

 ここでマニを狙うようならば、動き方を変えなければいけなかった。


 俺は走る速度を落とし、《魔喰剣ベルゼラ》を構える。

 二体の中鬼ホブゴブリンがどんどん向かってくる。

 そろそろ動くか? いや、まだだ、もっと、充分に引き付ける。


 二体が剣の間合い近くまで来たところで、俺はすぅっと息を吸った。

 腹の下に闘気を込める。


「ハァァァァァァアッ!」


 俺は声を張り上げて叫んだ。

 風が巻き起こる。

 二体の中鬼ホブゴブリンは風に足を取られぬよう、その場に留まり、棍棒を身を守るように構える。


 これは狼鬼コボルトの闘術、《嵐咆哮》である。

 声で相手を気圧すと同時に、風で相手の体勢を崩す。


 俺は構えていた《魔喰剣ベルゼラ》を降ろし、《闇足》を用いて滑るように二体の中鬼ホブゴブリンへと向かう。

 二体の中鬼ホブゴブリンは、目を見開き、強く棍棒を握り締める。


 俺は二体の合間を、《水浮月》の透過能力を補佐に用いて潜り抜けた。

 振るった棍棒は俺に当たらず空振る。

 中鬼ホブゴブリン達は何が起きたかわからず、俺を見失って茫然としていた。


 すぐに俺を振り返り、顔を真っ赤にして追いかけてくる。


 俺はそのまま《闇足》で中鬼ホブゴブリンから逃げ、単騎となった大将鬼ゴブリンロードへと向かう。


 隙を晒した中鬼ホブゴブリンをそのまま片付けられたかもしれないが、この戦いは一刻を争う。

 もし棍棒で防がれて泥沼化すれば、その時点で先に向かったマニの命がなくなる。


 大将鬼ゴブリンロードは背後に回ったマニを睨んでいたが、苛立たしげに俺を振り返った。

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