第五十九話 荒くれ者ゴヴィン
「明日来ればよかろう! 迷惑だと言っている、とっとと帰れ!」
ロービが相手の男に罵声を浴びせるのが聞こえる。
マニが俺達の許へと、音を立てないように歩いてきた。
「ディーン、エッダさん、今の内に裏口から逃げよう。先にセリアちゃんは向かってもらっている」
俺は迷いながらも、小さく頷いた。
エッダはまだ傷も深いし、オドも回復していない。
今の状態で外を旅するのは危険だ。
しかし、今のままでは村人達が入り込んでくるのは時間の問題だった。
「儂が、手配書の冒険者を匿っているとでも言いたいのか? そんな理由がどこにある!」
「だったらさあ、ロービさん。隠れてこそこそやって、今も夜中に声荒げてまで必死になってるのはなんでなのか、教えてくれねぇかなあ?」
「隠れてこそこそなど、言いがかりじゃ!」
ロービは敢えて過剰に騒ぎ、時間を稼ごうとしてくれているようだった。
今の間にここを離れるしかない。余計な問題ごとを作っている場合じゃない。
「おい、爺を壁に押さえつけてろ!」
その後、鈍い音がした。
俺はその場を離れようとしたが、つい足を止めてしまった。
「ロービ爺、頭から血が出てるぞ」
「チッ、抵抗するからだ。それよりも中を調べろ!」
外から声が聞こえ、同時に村人が中に入り込んでくる足音が響く。
「……悪い、マニ、エッダ」
俺は《魔喰剣ベルゼラ》を抜き、外へと向かった。
「ちょっ、ちょっと、ディーン!」
エッダを起き上がらせようとしていたマニが、慌てて俺の後を追いかけてくる。
玄関では、五人の男達が立っていた。
「出てきやがったか! 見ろ、話通り茶髪の小僧だ!」
先頭には背の高く髪をだらしなく伸ばした、無精髭の男が立っていた。
声からして、他の村人に指示を出していた人物だ。
リーダー格なのだろう。
警戒気味に農具を俺へと向ける。
「で、でもゴヴィンさん、こいつら、手配書通りなら軍人殺しの冒険者だですよ」
「知ったことか! 今なら本調子じゃないはずだ! やっちまうぞ!」
ゴヴィン、というのが村人の中のリーダー格の名前であるようだった。
軍人殺し、という呼び方に俺は耳を疑った。
街門を抜けたときに死者は出ていないはずだ。
ジルドの部下の中には死者も出たはずだが、既にその話が広まっているとは考え難かった。
「……ロービさんは、俺達の身の上を聞いて、同情してくださっただけです。放して治療してあげてください」
俺の言葉に、ロービを押さえていた人物が、おどおどとリーダーの男を見る。
「ディーン、ロービさんのことが気がかりだったのはわかる。でも、あまり短絡的に行動するのはよくない」
追いついてきたマニが俺へとそう言った。
「いや、彼らと交渉しようと思う」
無論、ロービが心配だったのはある。
孤立無援の俺達に親身にしてくれた人だ。
あのまま放ったらかしにはしたくない。
だが、当然それだけではない。
エッダの傷もまだ満足に癒えていないのだ。
折角得られた信用できる相手と、休憩場所をすぐには手放したくなかった。
上手く村に隠れられれば、カンヴィア達を撒けるかもしれないのだ。
連中に捕まったら全てがお終いだ。
「俺達は、冒険者の中でもそれなりにできる方のつもりです。疲労が残っていることは確かですが、本当に戦うつもりですか?」
魔迷宮に篭ってレベル上げを続けてきた冒険者と一般人では、オドが全く違う。
多対一でもまず負けることはないはずだ。
向こうだって、わざわざ俺と戦いたいとは思えない。
「舐めるんじゃねえぞガキ! 俺達だって、ここ数年は魔獣狩りをやる羽目になってる。手負いのお前らなんざ、怖くはない」
ゴヴィンはそう言うが、ハッタリだ。
確かに魔獣災害が多いとは聞いている。
だが、それにも限度があるはずだ。
近隣が魔迷宮並みに荒れているのならば、村が残っているはずがない。
「……ゴヴィンよ、旅の人達は、冤罪なのだ。儂にはわかる。知っておるだろう、今の軍のやり口の汚さは」
ロービが押さえられながらも、説得に掛かった。
「知ったことかあ! 軍の連中の胸糞悪さなんざ、百も承知だ。だが、それとこれとは違う。こいつを置いてりゃなあ、ババを引くのは俺達なんだよ! 魔獣災害でも手いっぱいなのに、軍と冒険者の追いかけっこに付き合わされて溜まるかよ! とっととこの村から消えやがれ!」
ゴヴィンが叫ぶ。
予想通りだった。
ゴヴィンの狙いは俺達と関わらないことだ。
捕まえることではない。
逃げようが見つかろうが、その点では変わりはないのだ。
だから俺も姿を晒すことにしたのだ。
「わかりました、ゴヴィンさん。交渉しましょう」
「ガキ! 貴様らと話し合うことなんざ、こっちは何もないんだよ!」
「いえ、困っていることがあるはずです。そして俺達は、それを解決できます」
「なんだと?」
「魔迷宮から出た魔獣を間引きましょう。こんな僻地にまで冒険者が来ることもなく、軍からも見捨てられ、魔迷宮から魔獣が溢れて困っているという話でしたね。俺達なら、解決できます」
ゴヴィンが黙った。
話から察するに、ゴヴィンも魔獣討伐に駆り出されているのは本当のはずだ。
魔獣災害は村の存続の危機だ。
死者だって何人も出ている。
ゴヴィン達には、リスクを取ってでも俺達を匿う理由がある。
そしてこの交渉において、武力で勝る俺達は圧倒的に優位なのだ。
実際に振るうかどうかは別として、武力を持っているというその意味は大きい。
「ゴ、ゴヴィンさん、こんな奴、信用できませんよ。きっと騙して、利用して逃げるつもりです」
ゴヴィンの取り巻きの一人が彼へと言う。
「……だが、軍は理由をつけて動かねぇ。冒険者も大金払って呼びつけても、アレを見たらすぐに逃げちまう。後のない奴らに頼むしかねえんだよ。これはチャンスなのかもしれねえ」
「でで、ですが……こ、こんな奴らと関わったら、それこそ村はお終いです。もしも、軍が敵に回りでもしたら……!」
「黙ってろ。どの道あの怪物共をどうにかしないと、この村は終わりだ」
ゴヴィンはそう言い、ロービを押さえている男へと目を向ける。
「爺を放してやれ。中に入るぞ、お前らの話を聞いてやる、交渉させてもらおうじゃねぇか」
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