第五十七話 村での休息
ガロックはカンヴィア達を挑発して引き付け、走って逃げていく。
俺達はとにかく、ガロックが引き付けてくれている方向とは正反対に走った。
エッダの意識も戻っていないのだ。
今の俺達がカンヴィアに追いつかれれば敵うわけがない。
ガロックの覚悟を無駄にするわけにはいかない。
「ディーン、エッダさんに
俺は首を振った。
「……考えたけど、今はあまり意味がない。《自己再生》は闘気の消耗が激しい……つまり、オドを疲弊させるんだ」
エッダはこの戦いで限界まで《瞬絶》を用いていたはずだ。
それにエッダの魔導剣は、恐らくかなり補正値が高い。
レベルに見合っていない強力な闘気の補正は、それだけオドの疲弊を早める。
落ち着いてから治療のために《自己再生》を渡すのはいいかもしれないが、今足を止めて《自己再生》を譲渡しても、エッダの回復は見込めない。
《自己再生》は強力な闘術だ。
そのことに間違いはない。
だが、魔導剣を扱い、闘術と魔法を駆使して戦う人間には、あまり向いている闘術ではないかもしれない。
桁外れにタフで、純粋な暴力で戦う
回復や欠損の再生には有用なことは間違いない。
だが、それはゆっくり休める状態になってからこそのものだ。
途中で足を止め、エッダの止血を行った。
もう走れそうになくなったセリアは、マニが背負うことになった。
数時間掛けて逃げ続けたところで、俺達は一度休息を取ることにした。
マニが改めてエッダの容態を確認する。
「……逃げていたから仕方のないことだけれど、全然出血が収まっていない。顔色も悪くなっている」
俺は額を押さえる。
やはり、無理にでも起こして、オドの疲弊覚悟で《自己再生》を譲渡し、傷の回復を優先させるべきだったのだろうか。
「治療道具だって、最低限のものしかないのに。今の状態でマントだけで寒空を凌いだら、衰弱死したっておかしくないよ。いくらエッダさんが頑丈とはいえ、手遅れになるかもしれない。焚火をするのは、魔獣だけならともかく、軍に居場所を教えることになる」
夜の焚火は基本的に魔獣除けにはならない。
当然火を怖がってくれる魔獣もいる。
だが、暗闇の光源に寄って来る魔獣の方がずっと多いのだ。
それになにより、今の状況だと、軍に居場所を教えることになりかねないのが最悪だ。
軍は二つの部隊の合同で動いているようだった。
ガロックがおらず、エッダも動けない今、俺達が敵う道理がない。
……正直、エッダが今すぐ回復しても厳しい。
軍の部隊二つが相手だと、ガロックがいても正面からやって勝てるビジョンが見えない。
パルムガルトへ辿り着く前に、もう一度だって軍の連中とぶつかるわけにはいかないのだ。
しかし近づけば近づくほどこちらの動向が絞られ、接触のリスクは高くなる。
あまりに希望が見えない。
「……エッダさんを見捨てて、セリアちゃんを囮に逃げるのが、一番安全なのだけれどね」
マニは苦し気に呟いた。
「マニッ!」
「わかっているよ。……僕も、ガロックさんにあれだけされて、今更そんな手を打とうとなんて思えない」
マニは手にしていた地図を広げる。
「……近くに村があるみたいだ。彼らに匿ってもらって、エッダさんを治療してもらおう」
「でも、それは……」
危険が大きすぎる。
村の人達が命懸けで俺達を軍から匿ってくれるとは思えない。
「大分、辺鄙なところだ。ロマブルクからの情報が届いてはいないかもしれない。それに彼らも手負いとはいえ、冒険者相手に怒らせたくはないよ。消極的に見逃してくれるはずだ」
仮定の上の仮定だ。
危険な選択だ。村に軍の連中が入れば、ほぼ間違いなく売られることになる。
だが、エッダを助けるためにはそれしか道がなかった。
「わかった、そうしよう」
俺は頷いた。
覚悟を決めなければならない。
マニがわざわざエッダとセリアを見捨てる選択肢を口にしたのは、俺に現実を教えるためだろう。
これ以上の犠牲を出さずに前に進み続けるためには、きっと何度も危険な賭けに出ることになる。
その覚悟なくして、今の道は通せない。
俺達は道を変え、その村へと移動した。
小さなところで、少し寂れた印象のある村だった。
旅人は珍しいと、村の人達からはそう言われた。
宿も今はないらしく、交渉して村長の男、ロービの家の客間を貸してもらえることになった。
早速部屋にエッダを寝かせ、薬を用いて消毒と止血を行い、包帯を巻き直した。
ひとまず顔色はマシになった。
この調子であれば、半日も寝れば意識が戻りそうだ。
「ありがとうございます……ロービさん。野宿をしていたら、彼女は死んでいたかもしれません」
俺はロービに礼を言った。
「《
マニがそう口にする。
自然とよく言えたものだ。
恐らく、事前に地図を見て考えていたのだろう。
俺ももう少し、考えて行動しなければならない。
ロービは少し目を瞑って考えた後、首を振った。
「お前さん方、軍から追われているのだろう。通達は聞いておる」
俺は息を呑んだ。
「安心せい。村には字の読めんものも少なくない。ここは軍の支部から離れておって、年々人も減っておる。近くに魔迷宮はあるが、わざわざここまで潜りに来る冒険者もおらん。外からの情報もまともに入ってこない。ほとんどの者は、お前さん方に気づいていまい」
長く人の手の入っていない魔迷宮は、それだけで入らない理由になる。
内部の魔獣の情報が曖昧であるし、何より地形がわからないためだ。
まともな地図が存在しない。
だが、そういった魔迷宮の多くは、近隣の魔獣災害に繋がりやすい。
本来、村近くにそんな魔迷宮があってはいけない。
軍の怠慢で放置されているのだろう。
「だが、軍が来れば、さすがに他の者も気づく。その子が治ったら、すぐにお逃げなさい」
「……いいのですか? 僕達の追われている理由は知っているでしょう。気づいたことには黙っておいて、軍が来たら売り渡した方が安全だったのでは?」
マニがロービへと言う。
「お前さん方は、そんな人間には見えんよ。それに……儂にもな、三年前までは家族がおった。妻にはとうに先立たれておったが、息子夫婦と孫がな。孫は丁度、お前さん方くらいだったかの」
ロービが昔を懐かしむように口にする。
「だが、魔導佐が今のお方になってから、まともに魔獣狩りも、穴潰しも行われんようになった。魔獣災害とその対策で、皆、この年寄りを残して死んでしもうたよ。だからつい、肩入れしたくなってしまうのだろうな」
ロービは寂しげな様子であった。
とても嘘を言っているようには思えなかった。
「……ありがとうございます、ロービさん」
俺は改めて礼を口にした。
「しかし、この村にも都市の事件を知っている者もおる。あまり外は出歩くな。狭い村だ、すぐ噂になる。話に上がれば結び付けられるだろう。それから、なるべく早くに出て行った方がよい。軍がくれば、さすがに喋る者も出てくる。庇い立てはしきれん」
ロービの言葉に俺達は頷いた。
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