第五十六話 継承と別れ

 俺達はガロックを降ろし、森の中で留まっていた。


「確かに、俺のこの魔導剣は特殊で……斬りつけた相手から、特性や闘術を奪い取ることができます」


「そいつは大した力だな。そんなものがあるならば、奴らにひと泡吹かせることだって、できちまうかもしれねぇ」


 ガロックは《魔喰剣ベルゼラ》を見つめながら笑い、そう零した。


「……それなら全部やっちまいたいところだが、生憎オレにも最後の役目が残ってるんでな。やってくれ、ディーン」


 ガロックが《魔喰剣ベルゼラ》から、俺の顔へと目線を上げた。


「や、嫌だ! ガロックさん、私を……一緒にパルムガルトまで連れて行ってくれるって! 父様も、母様も、使用人の方達も、皆殺されてしまって……。ガロックさんだけなの! だから……一緒にいて!」


 マニは泣き叫ぶセリアの肩を押さえていた。

 マニは、ガロックを囮として残していくことに賛成のようだった。

 だが、沈痛な面持ちをしていた。


「……悪いけど、セリアちゃん。別れを待ってあげる猶予も、もうないんだ。いつ、次の瞬間、軍の追っ手が来たっておかしくはないんだよ」


「でも、でも……!」


「十秒だけくれ」


 ガロックはそう言って、押さえられているセリアへと歩み寄り、髪を手で搔き乱した。


「……すまねぇが、オレはここまでだ。じゃあな、お嬢。お前は絶対に、無事に生き延びるんだ、いいな?」


 ガロックは強面の顔に、いつもとは違う穏やかな笑みを湛えていた。

 

「……任せておいてください、ガロックさん。必ず、僕達がセリアちゃんを、パルムガルトまで送っていきますから」


「鍛冶の嬢ちゃんからそう言われるとは意外だったな。お前、オレのこと、嫌いだったろ?」


 ガロックがニヤリと笑う。

 マニは少し困ったように、眉を顰めた。


「……命の恩人の頼みは無碍にはできませんよ。ここまで来てしまった以上、絶対にディーンは今更降りないでしょうし」


「嬢ちゃんに腹芸は向かねぇから止めとけ……って言っても、相棒がアレだからな。苦労するぜ」


 ガロックは言いながら俺の方を向き、そのまま歩み寄ってきた。


「そこにも一人いるんだったな? 力を借りてたのに、声も掛けずに悪かった」


『……任せておるがいい。妾は、最も強く、最も義理堅い悪魔であるからの。そなたの意志は、妾が喰ろうてディーンへと継いでやる。安心しておけ』


 ガロックに声を掛けられ、ベルゼビュートがそう返した。


「……さあ、頼む。もう充分だ。ナルクの嬢ちゃんに挨拶できなかったのは心残りだが、起きたら元気にやるように伝えておいてくれ。アイツはセンスの塊だから、この先もどんどん強くなるぜ」


 ガロックは、木に凭れ掛かるように寝かされているエッダへと目を向けた。

 エッダは移動中、血を流しすぎたためか意識を失っていた。

 道具も時間もない今、少しでも早く安全な場所へと逃げ込む必要がある。


 俺は《魔喰剣ベルゼラ》の刃を抜いた。

 刃に魔力を伝わせ、《暴食の刃》を発動する。

 黒い光が刃を覆った。


 ガロックの腹部に、刃の先をめり込ませる。

 ガロックのオドを、《魔喰剣ベルゼラ》を隔てて手に感じていた。


 それは、たとえるならば、今正に消えようとしている炎だった。

 だが、それでも力強く燃え続けようとしていた。

 俺はその中から、もっとも眩く輝いているオドを引き千切った。


「つっ、はは。終わったのか? なんつうか、妙な感じがするな」


「……ありがとうございました、ガロックさん。俺に使いこなせるのか、少し不安ではありますが……絶対に役立たさせていただきます」


 俺はガロックへと頭を下げた。


「謝るのはこっちの方だ。とんでもなく強大な敵を相手取るのに、元々恩人だったお前らを巻き込んじまった」


 ガロックはそう言い、これまでの進路とは別の方向を向いて魔導剣を抜いた。

 追っ手を引き付けながら別方面へと逃げてくれるつもりなのだ。


「……気をつけろよ、向こうさんは、予想以上に本気でオレ達を潰しに来ていたらしい」


 俺は頷いた。

 ロマブルク支部の軍は、プリアの部隊が俺達に出し抜かれたのが余程ショックであったらしい。


 街門での戦いはこちらから好きなタイミングで仕掛けることができたため、俺達に利のある戦いだった。

 向こうが油断していたことも、戦いの流れがこちらに味方をしていたことも大きかった。


 だが、ロマブルクの軍の頭、マルティは、きっとそれだけだとは考えてくれなかったのだ。

 確実に俺達を処分するため、二つの部隊に連携して動くように命じていたのだ。

 しかし、部隊を纏めている分、それだけ捜査の速度も範囲も落ちているに違いない。

 なのにこれだけ早く追いついてきたのは、投入されている軍人の数が想定より遥かに多いということだ。


 俺はエッダを背負った。

 マニが、セリアの手を引いた。


「行こう、セリアちゃん」


「い、嫌……ガロックさん、ガロックさん! 一緒にいてくれるって、守ってくれるって……!」


 セリアはマニを振り解こうと腕を振り、必死にガロックの許へと戻ろうとした。


「……ガロックさんの覚悟を、無駄にしないであげてほしい」


 マニがそう言うと、セリアは泣きじゃくりながらも腕を止めた。

 マニはセリアを背負った。

 最後に俺とマニは大きくガロックへと頭を下げ、先の道を急いだ。


 少し進んでから、俺は思わず振り返った。

 ガロックも俺達の背を眺めていた。


「悪い、お嬢。約束を守ってやれなかったな。最後の仲間が、お前らみたいな気分のいい奴らでよかったぜ」


 ガロックは静かにそう呟き、魔導剣の鞘を寂しげに見つめていた。

 もう、刃を鞘へ納めることはないと考えたのだろう。


 少し走ったところで、遠くからカンヴィアの声が聞こえてきた。


「ハハハ! ついに追いついたぞ! かなり消耗しているはずだ! どうせ生きて戻すなという指示だ、楽しんでやろうではないか!」


 セリアが後ろ髪を引かれるように背後へと振り返った。

 だが、俺達は、足を止めるわけにはいかない。

 必死に前へと走り続けた。


「遅かったじゃねえか! 返り討ちにしてやるよ! お仲間の部隊は壊滅状態だが、補充しなくて大丈夫なのか? 散々でかい面をしておいて、数で囲まねぇと不安だなんて、まるで軍隊様は小鬼ゴブリンだな」


 ガロックがそう叫ぶ声が森に響く。

 何かが投げつけられる音がした。

 恐らく、ガロックが魔導剣の鞘を、カンヴィア達へと投擲したのだ。


「ぶっ殺してやれ! 派手にな!」


 カンヴィアの声がして、一気に雑踏が激しくなる。

 軍の追っ手が走る速度を上げたようだ。

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