第五十五話 打開策

 ジルドの部下の軍人達の撃退に成功した俺達は、カンヴィア達から逃れるべく森を走っていた。

 俺はガロックを、マニはエッダを背負ってセリアの手を引いている。


「……近くに、村があるという話だったよな? そこでガロックとエッダを治療してもらおう」


 俺はそうマニへと提案した。

 ガロックとエッダの傷は深い。


 このまま強引に旅を続けていれば、彼らは死んでしまうかもしれない。

 しっかりとした休息が必要だった。


 当初の予定では、人里には頼らないという話だった。

 どこまで敵になるかがわからないからだ。


 強盗の話が既に広まっていれば、俺達は受け入れられないだろう。

 仮に信じてくれても、軍の報復を恐れて、俺達を殺そうとするかもしれない。

 しかし、二人の命が懸かっている以上、ここはリスクを取るべきだ。


「……このままだと駄目だ。とても逃げ切れるとは思えないよ」


 マニがそう弱音を零した。


「今の僕達は、まともな速さで移動できていない。カンヴィア達を振り切れるわけがないんだ。向こうには、少なくともジルドの《視絶》があるのだろう? そもそも、他の感知術師がいたって、何もおかしくはない」


 ……マニの言うことは残念ながら正しい。

 当初は一般人であるセリアはガロックが背負い、レベルの低いマニは俺が手を引いて移動していた。

 だが、今となっては俺がガロックを背負い、手を引かれていたマニがエッダを背負い、セリアの手を引いているのだ。


 俺もオドの疲弊のせいで、かなり速度が落ちている。

 最初の三分の一の速さも出ていないだろう。

 そしてカンヴィア側には、《視絶》を持つジルドがいる。

 ジルドの片目が潰れたままでも、俺達がいる方向を探るのには片目だけで充分だ。


 ジルドの部下との戦闘も、思ったより時間が掛かってしまった。

 今すぐカンヴィア達が追い付いてきてもおかしくない。


 そしてそうなったとき、疲弊した俺とマニでカンヴィア達を迎え撃つことになる。

 カンヴィアは性格こそ下衆だが、俺とエッダを楽々と同時に相手取れる実力者だ。


 呪痕魔法カース使いだが、自己強化の呪痕魔法カースを用いた白兵戦を得意とする。

 この手の王道タイプは実力勝負の比重が大きくなるので隙がない。

 おまけに彼らの部下の五人もいるし、きっとあの厄介な女軍人チェルシーも合流するに違いない。


 決着を焦っていたとはいえ、ジルドの部下五人にこれだけ被害が出るとは思わなかった。

 頭の抜けた実力者であるチェルシーがいたこともそうだが、ジルドとの戦いによる疲弊も尾を引くことになった。

 魔導尉のプリア達を相手にしたときはあっさりと逃げ切ることができていたので、甘く考えていた面もあったのかもしれない。


「悪いな、オレが巻き込んだ上に、ヘマをしちまった。アレでやれると思ったんだがよ」


 俺の背にいるガロックが、声を掛けてきた。


 俺は返答に詰まった。

 気にしていない、このくらい軽く乗り越えられると、軽薄にそう返せる状態ではなかった。

 このまま順当にいけば、俺達は全員殺されるだけだ。


「……なぁ、ディーン、お前……もしかして、相手の力を奪えるのか?」


「今、そんな話をしている場合ではありませんよ」


 俺はガロックへそう返した。


 ガロックが気が付くのは当然だろう。

 ガロックは俺が牙鬼オーガの《自己再生》を止めたのは知っている。

 それに俺はジルドの《ブレイズフレア》を止めて《ブレイズフレア》で反撃したところを、ガロックに見られていた。

 ガロックにベルゼビュートの力を借りて、作戦を伝えたりだってした。


 しかし、今はその話は……。


「……頼みがあるんだよ、なぁ。あのクソ女と戦ってた時から、考えていたんだ。このままだとオレ達は、後続の軍から逃げられねぇってな」


「何を……?」


「オレの《雷光閃》はよ、オレがお前くらいのガキの頃に、必死に習得した闘術だ。絶対に勝てない相手ってムカつくだろ? 自分より強い奴らに喰らいつけるチャンスが残る、そんなこの闘術にオレは憧れてたんだ」


 何を言いたいのか、よく掴めなかった。

 それでもなんとなく遮ってはいけない気がして、俺はただガロックの想い出話を聞いていた。


「こいつのお陰でオレは、ここまで強くなれたんだ。ここまで来たお前ならわかるだろ? レベル上げるときにはさ、下の奴チマチマ狩ってるだけじゃダメなんだ。自分より強い奴に、全部を出し切って挑む。それしかねぇんだ。きっと邪魔にはならねぇさ」


「ガロックさん、まさか……」


「もらってくれねぇか? オレの《雷光閃》を。オレが連中を足止めする。その間にお前らは、ナルクのお嬢ちゃんを連れて村まで逃げろ」


 マニに手を引かれていたセリアが、呆然と口を開けてガロックの顔を見上げた。


「止まってくれ、ディーン。ちっとは回復した。最後に、ひと暴れしてやるさ」


「そんな……」


 マニが足を止める。

 マニ達を置いて先へ行くわけにもいかないので、俺は足を止めた。


「マ、マニ、駄目だろ。そんな、一人を犠牲にして先へ進むなんて……」


 マニが首を振った。


「……もう、不可能だよ。それ以外に手はない。ガロックさんも、さっきの戦いの途中には腹を括っていたみたいだからね。代案も覚悟もなく、止めるべきじゃないよ」


 ガロックが腹を括っていた、と聞いて気が付いた。


『……ここまで、かもしれねぇな。もうちょっと喰らいつけると思ってたのに、呆気ねぇ』


 ガロックはセリアに声を掛けられたとき、そう返していた。

 あれは、旅そのものを諦めるわけではなかったのだ。

 ガロックに似合わない言葉だと思っていたが、あのとき既に自分が囮になることを考えていたのだ。

 

 いや、それ以前に三発目の《雷光閃》を撃った時点で、ガロックの闘気はほとんど空になっていたはずだ。

 あのとき《雷光閃》で攻めに出なければ闘気は温存できたし、俺が戦いに加わって状況を少しは好転させることができていたはずだ。


 俺の力は信用されていないのかと少し考えてしまっていたが、そうではなかった。

 きっとガロックは、あのときに既に俺に《雷光閃》を渡すことを考えていたのだ。

 それも、迷いを振り切るために最後の《雷光閃》を使って、これ以上雷光閃が撃てないように自分を追い込んで。

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