第五十四話 一般兵チェルシー

 ガロックが苦戦している相手だ。

 既に魔力も闘気も底を尽きかけている俺が入って、どこまで戦えるのかはわからない。


 だが、ただの足手纏いには絶対にならない。

 相手の軍人の身体にしがみついてだって相手の隙を作って、状況を好転させてやる。


 女軍人のチェルシーとガロックは互いの刃を打ち合った後、背後に跳んで間合いを取った。

 そのとき、ガロックがすかさず魔導剣を構え直し、刃先を女軍人の胸部まで落とす。


「《雷光閃》!」


 ガロックの身体を雷が走った。


 俺は息を呑んだ。


 あの闘術雷光閃は今日でもう三回目だ。

 それに、ここまででガロックは散々疲弊している。

 これで決めに掛かっている……というより、明らかに後の逃走を考慮していないように思える。


 ここでオドを一気に疲弊させる《雷光閃》なんて撃てば、ガロックはもうまともに闘気を練ることができなくなるのではなかろうか。

 《雷光閃》は強力な闘術なのは見ていてわかったが、闘気の消耗、オドの疲弊が激しすぎる。

 あいつは、そこまでしなければ倒せないほどの強敵なのか。


 雷の輝きを纏ったガロックが、チェルシーへと豪速で突撃していく。


 チェルシーは、大きく背後へと跳んだ。

 ガロックがチェルシーの動きに驚いたように目を見開く。

 彼女は楽し気に舌舐めずりをした。


「フフ、どこかで使ってくると、そう思っていましたよぉ。大技は、そう何度も使わない方がいいですよ? わかってれば、馬鹿正直に前に出て勝負してやるわけないじゃないですかぁ」


「黙りやがれっ!」


 ガロックが、グンと大きく前に出た。

 残っている闘気を強引に絞り出したのだ。

 《雷光閃》の刃が、チェルシーの腹部へと伸びる。


「う、ウソっ……!」


 ガロックの刃がチェルシーの軍服を斬った。

 焼け焦げた布が舞う。

 だがチェルシーは二本の足でしっかりと着地し、魔導剣を構えていた。


「うわぁ、ダッサ。あれだけ言ったのに、掠らせちゃった」


 チェルシーはペロッと舌を出し、ガロックの腹部へと刃を突き立てた。

 ガロックは背後に逃れようとしたが、腹部を大きく抉られた。


 チェルシーのレベルはガロックより下のはずだ。

 レベル下の攻撃であれだけ綺麗に刃が通ったということは、ガロックの闘気が、もうほとんど残っていないということだ。


「《黒狼団》の《雷の刃》ガロックって、こんなものですかぁ。結局私が勝ってしまいました、アハ。これは出世しちゃうかもしれませんね」


 追撃の刃を放とうとするチェルシーの前に、俺は滑り込んだ。


「黙りやがれっ!」


 横から叩き、刃を弾く。

 チェルシーは俺へと目を向け、地面を蹴って下がった。


「万全のガロックさんなら、お前なんて……!」


 今の《雷光閃》だって、もしもガロックの闘気が万全であればチェルシーでは避けられなかったはずだ。

 いや、そうでなくても、仮に初見であれば届いていた。


「でも、勝ったのは私ですからぁ。あなたもフラフラじゃないですか、援軍を待たずに全員斬ってあげますよぉ」


「……まだ、オレは動けるぜ」


 ガロックは腹部から血を流しながら起き上がった。


「どれだけタフなんですか……」


 チェルシーが面倒臭そうに目を細める。

 マニも息を呑みながら、チェルシーの背へと《悪鬼の戦槌ガドラス》を向けていた。


 マニや今の俺では、チェルシーとまともに戦うことはできないかもしれない。

 だが、気を逸らすくらいのことはできるはずだ。

 本来の実力ならばガロックの方が上だ。

 これならば、勝てるかもしれない。


「私も充分休ませてもらった」


 エッダが口許の血を拭いながら起き上がり、チェルシーを睨みつけた。


「……あのさぁ、相打ちくらいにはなってよねぇ。どいつもこいつも、ピンピンしてるじゃん。私はこれだけ頑張ったのに、なんで私の足を引っ張るかな。ホント、皆弱いんだから」


 チェルシーは仲間の死体を眺めて溜め息を吐くと、地面を蹴って俺達から逃げ出した。

 さすがに分が悪いと判断したらしい。


 追い掛けるかどうか一瞬悩んだが、俺は動かないガロックへと目を向けて魔導剣を鞘へと戻した。

 厄介な敵を逃しはしたが、しかし安心した。

 今の状態では、戦っても誰かが殺されていてもおかしくなかった。


「良かった……エッダ、動けるんだな」


 俺がそう声を掛けたとき、エッダの身体がふらりと揺れ、糸が切れた人形のように、再びその場で倒れた。


「エ、エッダ!?」


 俺は彼女へと近寄り、屈み込んだ。


「しっかりしろ! 早く逃げないと、カンヴィア達が……!」


「……悪いが、まともに動けそうにない。私を置いて行ってくれ」


「そ、そんなこと、できるわけないだろ!」


 俺はガロックの方を見た。


「ガロックさん……悪いですが、俺はエッダを背負っていきますからね」


 ガロックの目的は、何としてでもパルムガルトへとセリアを送り届けることだ。

 そのためならば、エッダを置いていこうとするかもしれないと、俺はそう考えたのだ。

 しかし、俺は死にゆくエッダを見殺しにして、パルムガルトへ行こうとは思えない。


「……勿論、オレだって、そこに異論は挟まねぇよ」


 ガロックは苦し気にそう言い、近くの木へと凭れ掛かった。

 そのままガロックが目を瞑った。

 チェルシーに抉られた傷口から、血が噴出した。


 闘気で筋肉を固め、強引に止血していたようだ。

 エッダもガロックも、チェルシーを追い払うために立っているのがやっとだったのだ。

 離れた木の陰で隠れていたセリアが駆けてきて、自分よりもずっと大きなガロックの身体を支えた。


「ガ、ガロックさん……ガロックさん! し、死なないで……あ、貴方にまで死なれたら、わ、私……」


 ガロックは薄く目を開け、セリアの頭を撫でる。


「……ここまで、かもしれねぇな。もうちょっと喰らいつけると思ってたのに、呆気ねぇ」


 ガロックが諦めるようなことを口にした。

 セリアが呆然とガロックの顔を見る。


「ふ、ふざけたことを言わないでください! とにかく、ここから逃げましょう!」


 俺はそう提案した。

 ここに留まっていれば、カンヴィア達に全員殺されるだけだ。


「……そう、だな」


 ガロックは額を押さえ、弱々しい声でそう俺の提案を受け入れた。

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