第五十二話 刹那の戦い

 必死に走ったが、レベルで大きく劣るマニとセリアを連れている以上、どうしても追いかけっこには軍の連中に分がある。

 すぐにジルドの部下の五人に距離を詰められた。


 カンヴィア達はジルドと話をしていたため今は見えないところまで来ていたが、こんな状況で長話をするわけもない。

 すぐにこちらまで追いついてくるだろう。


「諦めて投降すれば命までは取らんぞ! さぁ、魔導器を捨てろ!」


 兵達が背後から叫んでくる。

 だが、そんなわけがない。

 セリアの存在はマルティを破滅に追い込みかねない。

 敵として関わった俺達を生かしておく理由がない。


 勝算のなくなった俺達が甘言に縋るのを期待しているだけだ。

 そうすれば自分達の被害を小さくできると考えているのだろう。


「ディーン、手を放して先に行ってくれ。僕を置いていけば速く移動できるし、時間も稼げるはずだ。……それに、弁舌なら自信はあるよ。どうにか命を繋ぎつつ、連中を騙して出し抜いてみせる」


 マニが俺の顔を覗き見つつ、小さな声でそう言った。


「何を言ってるんだ! そんなの、成功するわけないだろ!」


 俺はマニへそう怒鳴った。


「やってみなければわからないだろう? このままだと間違いなく全滅だよ。僕が残ればキミは助かるけれど、僕だって助かるかもしれないんだ。このまま負けるとわかっている戦いになって、無意味に殺されるなんて僕はごめんだよ」


 俺はチラリとマニの顔を見た。


「……お前はそうやって、俺を出し抜こうとするときは顔を見て、瞬きをしないようにするよな」


 俺が言うと、マニが唇を噛んだ。


「お前が振り解いて残ろうしたら、俺だって残るからな! 変なことは考えるな! とにかく逃げるぞ! 状況は確かに悪いけど、逃げ続ければ状況が変わることだってあるかもしれない!」


 たとえば、魔迷宮から逃げ出した魔物が出てきたり……軍と対立している人物が現れたり、そんな可能性だってゼロではないのだ。

 軍人だって一枚岩ではない。

 もしかしたら、マルティを出し抜いて俺達を助けようとする魔導尉がいたり、そんなことだって起こるかもしれない。


「《アースボール》!」


 背後から声が聞こえてきた。

 土の塊を放つ魔法だ。

 ついに放射魔法アタックの間合いまで詰められていた。

 俺が背後を見れば、放射魔法アタックの狙いの先はマニだった。

 

「クソッ!」


 俺はマニから手を放して後方へ跳び、《魔喰剣ベルゼラ》の頭を手で支えて刃で受け止めた。

 《硬絶》を使い、肘を硬くする。

 これで力負けせずに済むはずだ。


 刃に土球が当たる。

 弾こうと前に押せば、砕けた土の塊が俺の腹部にめり込んだ。


「ぐぶっ!」


「まずは一人目だ!」


 一般兵の一人が俺へと飛び掛かってくる。


「ディーンッ!」


 マニが叫ぶ。


 既に魔法の間合いではない。

 俺は激痛に耐えながら、《魔喰剣ベルゼラ》を握る力を強める。


「《雷光閃》ッ!」


 闘術で速度を引き上げたガロックが、襲い掛かってきた軍人の前へと割り込んで剣を振るった。

 力強い刃が軍人の上半身を半分近く斬り進む。その後、体当たりの勢いで死体を弾き飛ばした。

 残った四人の軍人達が、ガロックに睨まれて怯んだ。


「時間稼ぎくらいなら、自分達でもなんとかなると思っていやがったんじゃねぇだろうな? 捨て駒になる覚悟はできてんのかァ!」


 速度だけじゃない。

 とんでもなく威力が高い。


 戦いを決めるのは、結局のところ速さと力だ。

 技量も大事だが、基本的には闘気が拮抗している相手を倒すための小手先のものになる。

 その速さと力を底上げする《雷光閃》は、やはり強力な闘術だ。

 見るたびにそのことを実感する。


 ……だが、《雷光閃》は強力な分、オドの消耗が激しいはずだ。

 牙鬼オーガ戦でも、止めを刺せるまでは使用を控えていたくらいだ。


 今日はジルドに向けて一発使った。

 そして、これが二発目だ。


「ガロックさん……今使ったのは、不味かったんじゃ……。俺なんかのために……」


 ガロックの魔導剣を握る腕が震えている。

 頬も汗ばみ、息が上がっていた。

 オドが相当疲労しているのだ。


「……お前らは命懸けで、オレらの厄介ごとに力を貸してくれたんだ。このくらいのことで、わざわざ気になんかするんじゃねぇよ」


 ガロックが軍人達に刃を向ける。


「それに、後先考えるんじゃねえ! 三十秒だ! それでこいつらをぶった斬って、後続が来る前に逃げるぞ!」


「わ、我々を馬鹿にしおって! やれるものならばやってみるがいい!」


 四人の軍人達が、全員ガロックへ刃を向けた。


「敵はそこの金髪だけではないぞ!」


 エッダが連中へと斬り込んでいった。


 ……そうだ。

 俺達の勝機は、まずこの軍人達を別個撃破するしかない。

 カンヴィア達が来るその前に片付けるしかない。

 できる、できないじゃない。

 やるしかないのだ。


「……こうなった以上、さすがに僕もやるよ!」


 俺の隣で、マニが《悪鬼の戦槌ガドラス》を構えた。

 身体に赤い闘気が迸っている。

 《悪鬼の戦槌ガドラス》の特性である、鬼闘気だ。


 ……退いていてほしいが、今はとにかく手数が惜しい。

 本人が出ると言っている以上、止める口実はなかった。


「《プチデモルディ》!」


 魔法陣が浮かび、その中央からベルゼビュートが現れた。

 爪を振るいながら軍人達へと飛び掛かる。

 俺もベルゼビュートを追って動いた。


 俺も本来であれば、ここでの《プチデモルディ》は温存しておきたかった。

 後に控えているカンヴィア達は、魔法や闘術なしでは、倒せるどころかまともに戦える相手ではない。


 だが、合流を許せば万に一つの勝機も失われる。

 今はとにかく、速攻でこの四人を倒すしかない。


 エッダも剣の大振りを繰り返している。

 雑に戦っているわけではない。

 防御や牽制を捨てて、目前の敵を少しでも早く打ち倒すことだけを考えているのだ。

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