第五十一話 最悪の援軍

 後一歩だったのに、敵の援軍が間に合った。

 ジルドを殺せていれば状況はかなり違ったはずだ。


 今更悔やんでも仕方がない。

 状況は最悪ではない。


 ジルドの手の内はわかっている。

 厄介な《ブレイズフレア》の高威力の三連撃ち魔法は、既に《暴食の刃》で奪ったために今のジルドにはない。

 ジルドの強さの源である《視絶》も、片目を失った今、距離感が掴めず範囲も狭い。


 それでもジルドはまだ放射魔法アタックを持っているし、純粋に高レベルの剣士というだけでも厄介だ。

 問題は、ジルドがどの程度まだ動けるか、というところにある。

 ガロックの一撃をまともに受けたため、決して軽傷というわけではないはずだ。


「……一度逃げましょう、ガロックさん」


 俺が言うと、ガロックは頷いた。


 ジルドが万全に動けないのならば、逃げれば敵兵だけが追い付いてくる。

 そうなれば、たかだか一般兵五人ならば、俺達がガロックを中心に戦えばどうにかなるはずだ。


 今この場で戦うのは危険だ。

 ジルドは上手く動けなくとも《ロングバレット》がある。


 恐らく、最初にジルドが放ってきて、ガロックの片腕を焼いた炎弾だ。

 《ブレイズフレア》の単発版だと考えて間違いはないだろう。

  一発しか撃てない代わりに、飛距離が長く、距離による威力と速度の減衰が薄いのだ。


 ジルドを守るように動かれれば、奴の《視絶》が片目しかないとはいえ、いずれ誰かが被弾することになる。

 ……ジルドに《暴食の刃》の存在を知られた危険はあるが、今この場で戦うのは危険だ。

 一般兵に追わせて撃退し、後でジルドを別個に倒すことができれば一番なのだが……。


 俺とガロックは、マニとセリアの許へと走る。

 エッダも俺達に合わせて動いてくれた。


「逃がすものかっ! 《ブレイズフレア》! 《ブレイズフレア》ァ!」


 ジルドは木に手をついて身体を支えながら、何度も発動できない《ブレイズフレア》を撃とうとしていた。

 まだ己の身に何が起きたのか理解できないのだろう。


 俺達は合流し、ガロックが素早くセリアを背負う。

 俺はマニの手を引き、一般兵達が現れたのとは逆側に走った。


「《ロングバレット》!」 


 ジルドが炎弾を放ってきた。

 だが、俺達からは外れ、隣の木へと炎弾は当たった。


 木が削られ、煙を上げる。だが、それだけだ。

 これだけ距離が開いていて、片目だけで正確に位置を把握できるわけがない。

 こうなってしまえば、いくら闘気を込めようとも《視絶》は遠距離で放射魔法アタックを当てる補助にはならない。


「ジ、ジルド魔導尉殿! 大丈夫ですか!」


「私はいいから、あのクソ共を追えっ! 足止めすれば、すぐに追いついてやる!」


 背後でジルドが叫ぶ声が聞こえてきた。

 ガロックの《雷光閃》で吹き飛ばされたのが身体に響いているようだ。


「これなら案外楽に対処できるかもしれねぇな。ジルドが先走ってくれて助かったぜ」


 ガロックが背後を睨み、笑った。


「……でも、長い距離は逃げられそうにないですね」


「とっとと雑魚を片付けて、一人でふらふらと追い付いてきた高慢男を斬ってやればいいのだろう」


 エッダが簡単に言ってくれる。


 確かに一般兵五人はそこまでの脅威ではない。

 俺は危ういが、ガロックとエッダは明確に剣技と闘気で大きく勝っている。

 二人の人数差もそこまで痛くない。

 だが、向こうもジルドを間に合わせるため、戦いを少しでも長引かせようとするだろう。


「……無理をしてでも、あいつは殺しておくべきだったよ。一度離れれば、どんな予想外が起きるのかわかったものじゃない。逃がせば、窮地になりかねないのはキミだよ」


 マニが俺へとそう言った。

 ……《暴食の刃》のことだろう。

 直接受けたジルドは、早かれ遅かれ、俺が《ブレイズフレア》を奪ったことに気が付くはずだ。


 だが、しかし、俺一人の都合で全体の危険度を上げるわけにはいかない。

 それにジルドをきっちりと倒せさえすれば問題はないはずだ。


 そのとき《オド感知・底》で、妙な気配を拾った。


「どうしたんだい、ディーン?」


「……いや、魔獣か、近くの村の人達かな。ジルドの部下とは別に、複数の気配がしてさ」


 軍の部隊は基本的に五人の一般兵と魔導尉で動くはずだ。

 先ほど、ジルドの部下である五人の一般兵は確認した。

 別の軍人である可能性は低い。


 そのはずだった。


「無様だなぁ、ジルド魔導尉殿よ? ええ? 俺を出し抜いて功績を上げようとした結果がそのザマか? マルティ魔導佐様が、二つの部隊で動けと言ったのを忘れたらしい」


 遠くから、微かに聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「大方、自分ならば一人でも充分だと思ったのだろう。ジルド魔導尉殿は、自分が他の魔導尉より優れていると勘違いしている節があるからなぁ?」


 振り返り、木々の合間の遠くへ目を向ける。

 ジルドの近くに、濃い灰色の軍服を着た男が立っている。


「う、嘘だろ……?」


 俺は思わず、声を漏らした。


 カンヴィアだった。

 カンヴィアはジルドの、焼けた側の顔を手で掴んだ。


「なぁ、気に食わない、キザったらしい面だったが、ちょっとはこれで箔がついたんじゃねぇか? ええ?」


 後ろに並ぶ一般兵が、カンヴィアの言葉を聞いて笑い声を上げていた。


「なんで、追加の部隊が……?」


 俺は一瞬、頭が真っ白になった。

 ジルドの部下五人だって、これまで戦ってきた相手に比べればマシではあるが、決して容易な相手ではない。

 そこに負傷したとはいえジルドと、カンヴィアとその部下の五人まで加わるのだ。


 カンヴィアには呪痕魔法カースの《ウルフマン》がある。

 すぐに奴は追いついてくるはずだ。


 カンヴィアは俺とエッダが二人掛かりでも苦戦させられた相手だ。

 そこに一般兵十人が加わるなど、正面からぶつかればまず勝ち目がない。


 おまけにガロックは片腕を負傷しており、《雷光閃》でオドを疲労しているはずだ。

 俺も《プチデモルディ》を使ってしまっている。

 正攻法で覆る戦力差ではない。

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