第五十話 《ブレイズフレア》

 ジルドが目から血を流しながら俺を睨む。

 横っ腹を斬って《ブレイズフレア》は奪ったが、入ったのはかなり浅い。

 闘気の差もあって、刃がほとんど通らなかったのだ。


『ディーン、よかったのか? 《ブレイズフレア》はC級魔法であるぞ。今の妾は放射魔法アタック向きの魔導器ではない故、使ってもほとんど真価を発揮できぬのだろう?』


 ベルゼビュートが声を掛けてくる。


 確かに《魔喰剣ベルゼラ》の適合魔法は《放射魔法アタック・下位[E]》だ。

 発動はできるはずだが、E級相応の効果しか発揮でない。


 だが、それでも《ブレイズフレア》から奪う必要があった。

 高精度の三発同時攻撃は、数の利を活かしたい俺達にとって大きなマイナスになる。


「やってくれたな小僧! 散々舐めた真似をしてくれたが、近づければどうとでもなると思ったのか!」


 ジルドが《猟剣ウッルドーン》を振るう。

 俺は《魔喰剣ベルゼラ》の刃で受けたが、衝撃で弾かれた。


「ぐっ!」


 腕が痺れる。

 だが、ジルドは逆方向から既に斬りかかってきていた。


「ほらほら、どうしたどうした止まって見えるぞ? 近づけば勝てると思っていたのだろう? んん? この私を侮辱した代償は高くつくぞ!」


 慌てて《魔喰剣ベルゼラ》を防御に戻すが、二発目は不完全な体勢で受けることになった。


 弾かれた剣に身体が引っ張られる。

 膂力も速度も、剣の技術も次元が違う。


 《魔喰剣ベルゼラ》を手放しそうになる。

 しかし、ここで魔導器を失えば終わりだ。

 戦闘中に魔導器がなくなれば、武器だけでなく、魔法も闘気の補正も失うことになる。

 俺は歯を食いしばり、硬絶で拳を固めて《魔喰剣ベルゼラ》を掴んだ。


「よく耐えた小僧! 褒美だ! 死ね!」


 ジルドが刃を僅かに引いたのが見えた。

 勢いをつけるために引いたのだと思い、俺は必死に《魔喰剣ベルゼラ》を戻そうとした。

 次の瞬間、腹部に重い一撃を受けた。


「おぶっ!」


 ジルドの靴が、俺の腹部にめり込んでいた。

 意識が飛びそうになる。

 レベルが上の体術はそれだけ重い。

 ましてやこの一撃は想定の外だったため、全く対応できなかった。


 口から胃液が溢れ、俺の身体が軽々吹き飛ばされる。


「搦め手は嫌いかね? 私は大好きだ!」


 フェイントに掛けられた。

 ちょっとでもジルドに喰らいつこうと、致命傷を避けようと、魔導剣の刃にばかり意識が向いていた。

 相手の方が格上であるし、俺はそうするしかなかった。

 だが、それを隠そうともしなかったのが敗因だった。

 守りに徹して刃ばかり目で追っているのを、ジルドは見逃してはくれなかった。


「ディーンッ!」


 エッダが駆けながら、声を掛けてくる。

 まだ彼女は距離がある。

 だが、エッダの声のおかげで、どうにか意識を手放さずに済んだ。


「これで死ね!」


 ジルドが宙の俺へと《猟剣ウッルドーン》を向けた。

 俺もジルドへと《魔喰剣ベルゼラ》を向ける。


「死ぬのは……お前だ!」


「本当に、生意気で間抜けな小僧だ! 放射魔法アタックの撃ち合いなら私が負けるわけがあるまい!」


「《ブレイズフレア》!」

「《ブレイズフレア》!」


 俺とジルドは同時に叫んだ。

 しかし、ジルドの方には魔法陣は展開されなかった。


「な、なに……? どうなっている? ブレイズ! ブレイ……!」


 勝算はあった。

 ジルドはこの戦いを《ブレイズフレア》に頼り切るつもりのようであった。

 というより、多対一に挑んだ時点で、そうせざるを得ない。

 俺との白兵戦が長引けば、エッダとガロックを牽制しつつ俺を確実に殺すため、また《ブレイズフレア》を使うのは目に見えていた。


 俺の魔法陣から、握り拳程度の大きさの炎弾が三つ放たれた。

 だが、俺が未熟なせいか、《魔喰剣ベルゼラ》の放射魔法アタックの適正が薄いためか、三つの炎弾は出鱈目な位置に飛んだ。

 威力も、ジルドのものとは比較にならないほど低そうだった。


 二発、ジルドの足許に落ちた。

 最後の一発は、ジルドの右の顔にぶち当たった。


「ブレイズフッ、ぐぁああっ!」


 偶然だが、綺麗に顔に入った。

 ジルドが自身の顔を右手で覆う。


「目がっ、右目がぁっ! 私の、私の狩り神とまで称された、私の目が! こ、この、殺すっ! ぶっ殺してやる!」


 ジルドは顔を怒りの形相に変え、右手で顔を押さえたまま左手で《猟剣ウッルドーン》を構えた。

 強い殺気を感じる。

 遊びなしで、全力で俺を殺しに来るつもりだ。

 

 そのとき、雷を纏ったガロックが、俺とジルドの間に飛び込んできた。

 体に雷を纏い、高速で相手に突進する《雷光閃》だ。

 ジルドは横から放たれたガロックの刺突を辛うじて《猟剣ウッルドーン》で防いだが、力負けして胸部の横をざっくりと斬られていた。


「あがっ!」


 続けてそのまま、ガロックの体当たりを受ける。

 ジルドの身体が突き飛ばされ、頭、腰を打ち付けながら転がっていく。


「よくやったぜ、ディーン」


 ガロックが歯を見せて笑う。

 ジルドは全身に傷を負いながら、《猟剣ウッルドーン》を杖のようにして、木に片手をついて立ち上がっていた。

 俺の《ブレイズフレア》が直撃した右目が白濁し、瞼が焼け落ちていた。


「殺す……貴様らは、この私が殺してやる」


「しぶとい奴だな」


 ガロックはジルドに止めを刺そうと近づこうとしたが、舌打ちをして大きく飛び退いた。

 離れたところで魔法陣の光が見えたのだ。

 ガロックの前方に、水弾が一つ、炎弾が二つ落ちた。


 放たれた方を見れば、五人の一般兵が並んでいた。


「遅かったじゃないか! この私の部下なら、もう少し有能であれ!」


 ジルドが苛立ちを隠さずにそう言った。

 それから崩れた不気味な顔面で、俺達を見てせせら笑う。


「ハ、ハハハハハハ! 勝ったつもりだったか? ええ? 残念だったな、私の勝ちだ! 命乞いでもしてみるか?」


 ジルドが唇の欠けた口許を歪ませて笑った。

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