第四十九話 泣見石《ナキミイシ》

 迂闊に出られない。

 ジルドをガロック、エッダと囲めている形にはなっているが、この間合いは完全に放射魔法アタック使いのものだ。


 《視絶》で研ぎ澄ました《ブレイズフレア》は、三発の高威力精密射撃だ。

 たとえ俺達が同時に出ても、ジルドに向かう以上、安全に避けられるとは思えない。

 事実、エッダが飛び出しても全く近づけなかったのだ。


 だが、時間を掛ければ彼の部下が出てくる。

 そうなれば俺達は完全にお終いだ。

 強引にでも動くしかない。


「……ベルゼビュート、お前は狙った相手に声を届けられるよな?」


『できるが……どうしたのだ?』


「ジルドは外して、ガロックとエッダに作戦を伝えてほしい。この距離で、できるか?」


『可能ではあるが……当然ではあるが、相手からの言葉を受け取ることはできんぞ? 妾が一方的に語り掛けるだけである。それに、そうすると、ガロックに妾の存在を伝えることになる』


「背に腹は代えられないさ」


 ここで負ければ、全てがお終いなのだ。

 今を全力で戦うしかない。


 それに、ガロックは、俺達のことを勝手に広めるような人間ではない。

 誠実な人間であることは《力自慢の狩場》での一件でも、ラゴールの意志を次いでセリアを守ろうとしていることからもわかる。


「エッダとガロックには、俺に合わせて前に出て、ジルドの気を少しでも引いてほしいんだ。それで避けられる範囲で、退避してほしい。三分の一の一発程度なら、俺には安全に凌げる魔法がある」


『ほう、心強い自信であるな! では、確かにそう伝えるぞ!』


 ベルゼビュートが了承してくれた。


「ディーン、随分と自信がありげだったけれど、そんな便利な魔法、キミはいつ手に入れたんだい?」


 マニが目を細め、俺へと詰問する。


「……こう言っておかないと、エッダかガロックなら気を遣って前に出てきかねない。あんなのまともに受けたら、パルムガルトまで戦えなくなる」


 ただでさえ頼みのガロックが左手を負傷しているのだ。

 まだロマブルクを出発したばかりなのだ。

 この厳しい状況の中、こんなところで重傷者を出すわけには絶対にいかない。


「またキミは、そうやって……!」


「口で言っていた程に自信があるわけじゃないけど、一番安全なのは俺なんだ。それに、ここで負傷者を出さずにジルドを倒せないと、どの道先はない」


 俺が言うと、マニは小さく溜め息を吐いた。


「……マニは俺達の動きに乗じて、セリアちゃんのところに向かってあげてくれないか? もう、いつジルドの部下が来るのかわかったもんじゃない」


「それはいいけれど、僕だって、少しはキミの力になれるつもりだよ」


 マニは懐から一つの鉱石を取り出した。


「火炎石と閃光石、泣見石ナキミイシを合わせて加工した、特別製だよ。まともにダメージは通せなくても、目潰しは有効なはずだからね」


 泣見石ナキミイシは、マニから聞いたことがある。

 発火すれば異臭のある煙が上がり、目に激痛が走るのだ。

 マイナーな鉱石ではあるが、錬金魔法アルケミーの使える、鍛冶経験のある冒険者なら大抵一つは抱えていると口にしていた。


「それは、仲間も巻き込むからあまり使えないんじゃ……」


 閃光石が強い光を放つのに対して、泣見石ナキミイシはいわゆる毒煙である。

 持続が長く、目を閉じても効果があるため、あまり気軽に使えるものではないと、以前はそう言っていた。


「これだけ距離があれば大丈夫さ。多少の被害は受けるかもしれないけれど、中心地ほど酷いことにはならないよ」


 マニは《悪鬼の戦槌ガドラス》を片手で構え、特別製の鉱石へと向ける。


「《プチデフォーマ》」


 鉱石から、ガキッと、何かが噛み合ったような音が響く。

 錬金魔法アルケミーで鉱石を変形させ、火炎石を摩擦させて発火したのだろう。

 マニは鉱石を宙に投げると、《悪鬼の戦槌ガドラス》でジルドの方へと打ち上げた。


 俺がマニの方を見ると、彼女は悪戯っぽく笑った。


「目に頼っているジルドには効果的なはずだ」


「つまらん小細工よ。《ロングバレット》」


 ジルドが鼻で笑い、空へと《猟剣ウッルドーン》を向けた。

 急に投げ入れられた謎の鉱石に対し、ジルドは念のため放射魔法アタックで応じることにしたらしい。


「炎属性が裏目に出たね」


 マニが小声で口にした。


 破裂音が響く。

 ジルドの放射魔法アタックによって、空中でマニの特製鉱石が炸裂したらしい。


 今しかない。

 俺はマニに小さく頷き、木の陰を出て《魔喰剣ベルゼラ》を構えた。


「がっ! わ、私の、私の大事な目がァッ!」


 ジルドは薄い黄色の煙が舞う中、右手で自身のこめかみへと爪を立てながら、煙から逃れるように動く。

 目を見開き、真っ赤に充血させている。

 眼球が、微かに痙攣しているのが俺からでも見て取れた。


 さすがの泣見石ナキミイシもここまでの効力はないはずだ。

 自分が放射魔法アタックを使った隙を突いて俺達が動くと警戒し、眼球に闘気を込めて《視絶》を行っていたのだろう。


 俺と同時に、エッダとガロックも出てくれていた。


「やってくれたな、クソ兎共が! だが、こんな子供騙しで、私の目を封じたつもりか!」


 ジルドの目から血が流れる。

 これも泣見石ナキミイシではなく、弱った眼球で《視絶》を継続しているせいだろう。

 今のジルドは、一時的に目が弱くなっているはずだ。

 それを強引に《視絶》で補おうとしているため、極端な負荷が掛かっているらしい。


「まずは動けなくして、ゆっくり、ゆっくりと甚振ってくれるわ! 私の炎は苦しいぞ!」


 ジルドの方がよほど苦しそうだ。

 あの煙の中心で、よく目を開いていられる。

 閉じれば放射魔法アタックを当てられないため、苦肉の判断なのだろうが。


 ジルドが《猟剣ウッルドーン》を掲げる。

 俺も同時に《魔喰剣ベルゼラ》をジルドへと向けた。


「くたばるがいい! 《ブレイズフレア》!」


 ジルドの《猟剣ウッルドーン》から放たれた三つの炎の内、一つが俺へと向けて放たれる。


「《プチデモルディ》!」


 俺の前方に、ベルゼビュートが姿を現す。


「結局、妾は肉盾ではないか! むぐぅ、熱っ!」


 ベルゼビュートが俺の前方を駆け、腕を交差して《ブレイズフレア》の内の一発を受け止めた。

 ベルゼビュートは後方へと大きく弾き飛ばされ、造霊魔法トゥルパの身体が光になって散って消滅した。


 エッダとガロックは予定通り大きく後退し、各々に《ブレイズフレア》を回避していた。

 二人とも心配そうに俺の方を見ていた。


 ……悪い、ベルゼビュート。

 これでまた全てが片付いたときに、ベルゼビュートのために用意する食事のハードルが上がった。


「あ、当たったのに、当たっていない!?」


 ジルドは膝を突き、右手の袖で目を拭いながら俺を見上げた。

 そのとき俺は既に距離を詰め、《魔喰剣ベルゼラ》を振りかぶっていた。


 人型が吹っ飛んだのは見えたため、混乱したのだろう。

 ただでさえ最悪の視界の中、三方向に気を配っていたのだ。


「《暴食の刃》!」


「ぐっ!」


 ジルドは《猟剣ウッルドーン》で弾こうとしたが、防ぎ損ねて《魔喰剣ベルゼラ》の刃が彼の脇腹を浅く斬った。

 刃に流れた闘気が、ジルドのオドに触れる感覚が手を伝う。

 俺はその中から《ブレイズフレア》を引き抜いた。


 ギリギリだった。

 マニの泣見石ナキミイシがなければ、距離を詰められてもまず防がれていたはずだ。

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