第四十八話 ジルド魔導尉

「魔導尉のジルドだ! この男は本当にマズい! 一旦、木の陰に隠れろ!」


 ガロックが俺達にそう忠告した。

 俺はマニの腕を強く引いて近くの木へと跳び、その裏側に背をつけ、彼女の身体を抱きながら屈み込んだ。

 そして木から首を伸ばし、カール髪の男、ジルドの様子を窺った。


「ぶちかませ、私の相棒、《猟剣ウッルドーン》よ!」


 ジルドが魔導剣を掲げると、魔法陣が展開された。


 《猟剣ウッルドーン》は大きめの刃を持つ長剣であった。

 柄は茶色であり、刀身も鈍い銅の輝きを放っている。


「《ブレイズフレア》」


 ジルドが《猟剣ウッルドーン》を俺達へと降ろした。

 刃の先から三つの赤い光が同時に放たれた。


 一発がこちらに向かってくる。

 俺は首を引っ込めた。

 爆音が響く。

 土煙と、焦げた木片が周囲に舞った。


 ただの連弾じゃない。

 今の三分の一の一発は、俺が覗いていた顔にもう少しで当たるところだった。

 三発全てに大雑把でなく、狙いをつけて放っているとしか思えない。


 残りの二発もガロックやエッダに向いていたはずだが、全員上手く、遮蔽物の陰に逃れられていたらしい。


「ここまで強気な放射魔法アタック使いは、初めて見た……」


 通常、放射魔法アタック使いは白兵戦が得意な者を前に立たせ、自分の間合いを保つものである。

 だが、ジルドは部下を置き去りにして単身で向かってきた。

 よほど自信があるのだろう。

 そして、充分その自信に相応しい実力を有している。


 しかし、これはチャンスでもある。

 仮にジルドが部下と共に向かってきていれば、安全な位置から高精度高威力の放射魔法アタックを撃ち続けられていれば、俺達の勝ち目は薄かった。


 レベルで移動速度に大きな差が出るため、一番足の速い魔導尉が急いて率先して追い掛けてきた場合、単身で飛び込んでくることが多いようだ。


 相手は慢心している。

 ここを突けば、どうにかならない相手ではない。


 ジルドの魔力は確かに高いが、ならばそれだけ闘気は薄いはずだ。

 決して弱くはないだろうが、強化した身体能力でゴリ押ししてくる、カンヴィアやプリアの様なタイプではない。

 脅威ではあるが、本来単身で戦場に出ていい能力ではない。


「ふむ……仕留めそこなったか。一羽は狩れると思ったのだがね」


 トントンと、音が聞こえて来る。

 ジルドが人差し指で、また自身のこめかみを叩いているらしい。


 俺が顔を出して様子を覗くと、ジルドは目を見開いており、黒目が素早く俺に向けて移動した。

 黒目の動きが、人間ではなく、獲物を狙う爬虫類のようであった。

 白目には、太い血管がいくつも走って真っ赤になっている。


 目が合った瞬間、背筋が冷えるのを感じた。

 さっと顔を引く。


 恐らく、アレは闘術だ。

 視力を引き上げる、《視絶》の存在は聞いたことがある。


 あれで周囲を把握して、精密な遠距離攻撃を可能にしているのだ。

 今の眼球の動き……恐らく、動体視力も大幅に強化されている。

 人間が素早く反応できるのは視界の中央付近のみだとは聞いたことがあるが、その範囲もかなり広げられている。

 こめかみを叩くのは、恐らく《視絶》の反動によって眼球の筋肉が痛むのだ。


「睨めっこも結構だぞ? 私の部下が来るまで、そうして止まって隠れていてもらえると非常に助かる」


 ジルドが俺達を嘲笑う。


 エッダの方から地面を蹴る音が聞こえた。

 俺が驚いて顔を出せば、エッダが魔導剣を構えてジルドへと向かっているのが見えた。


「エッダ!」


 エッダは速いが、この距離と状況でジルドに挑むのは無謀だ。


「《ブレイズフレア》」


 ジルドが《猟剣ウッルドーン》をエッダへ向ける。

 三発の炎弾がエッダ目掛けて飛来していく。


 エッダは舌打ちをし、軌道を変えた。

 彼女のすぐ後ろを炎弾が綺麗に抜けた。

 俺は安堵の息を吐いた。


 エッダは無事に別の木の陰へと逃げ込むことに成功したが、距離を縮めることはできなかった。

 無理に出ていれば炎弾を受けていたはずだ。


「こっちにだって、遠距離魔法はあるんだよっ!」


 俺はこの隙を突いて、ジルドへ《イム》を放った。

 ジルドへ光が向かっていく。


 ジルドは片方の黒目を俺に向けたが、続けてエッダやガロックが動くのを警戒しているらしく、動きは見せなかった。

 《イム》は速く、範囲が広い。

 下手に対応するより、見逃す方を選んだらしい。

 この形になった時点で、《イム》を受けるのは織り込み済みなのだろう。


 《イム》の力で、ジルドの情報が俺の頭に浮かぶ。


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《ジルド・ジーハイン》

種族:《純人族レグマン

状態:《通常》

Lv:37

VIT(頑丈):71+28

ATK(攻撃):73+28

MAG(魔力):118+44

AGI(俊敏):86+34


魔導器:

 《猟剣ウッルドーン[B]》


称号:

《中級剣士[C]》《火の使い手[B]》

放射魔法アタック・上位[B]》


特性:

《智神の加護[--]》


魔法:

《イム[--]》《トーチ[F]》

《ブレイズフレア[C]》《ロングバレット[C]》


闘術:

《瞬絶・低[D]》《視絶・中[C]》

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 ……【Lv:37】、か。

 本人のレベルや闘気、魔力も高いが、《猟剣ウッルドーン》の能力面がとんでもなく高い。

 ロマブルクの軍人は、周囲の民衆を締め付けている分、いい魔導器を持っているという話だが、中でもジルドはかなり高い方だろう。

 B級魔導器なんて、持っている冒険者はほとんどいない。


「……さすが、いい魔導剣を持ってるよ」


 ずば抜けて魔力が高いのはわかっていたが、他の値も俺の倍近くある。

 典型的な中距離戦闘型の放射魔法アタック使いだが、近距離でも俺とエッダが同時に攻めても対応しきられかねない能力値だ。


 軍人の情報を《イム》で調べたのは初めてだが、やっぱり俺ではレベルも魔導器の補正値も全く足りない。

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