第四十七話 夜の襲撃

 夜、俺は見張りとして起きていた。

 何もしないのも手持無沙汰なので、《魔喰剣ベルゼラ》で素振りを行っていた。


『見張りくらい、妾に任せれてくれればよいのに。しっかりと対価は要求するがの』


「そんなに周囲を確認できないだろ」


『ディーンよ、素振りくらいしかすることがないのであれば、ちょっと狩りと料理の練習でもしてみればどうかの? のう?』


「それは、お前が何か口にしたいだけだろ……」


 俺もできればそのくらいの我儘は聞いてやりたいが、意識が逸れすぎればそもそも見張りの意味がない。

 見張りの片手間に狩りを行う奴はいないだろう。

 朝起きたエッダにまず斬り殺される。


 がさりと、近くから物音が聞こえた。

 俺が素振りを止めると、背後からガロックが歩いてきた。


「よう、ディーン。怪しい気配はないか?」


「寝れるときにしっかりと寝ておいた方がいいですよ」


「……鍛冶師の嬢ちゃんは、お前がオレに手を貸すのには反対みたいだな」


 ガロックが声を潜めてそう言った。

 そのことが気になって、俺と一対一で話せる場が欲しかったらしい。

 あれだけ言われれば、さすがに引っ掛かってしまうか。


 マニは普段は大人しいが、言うときは言う奴だ。

 マニが自分の安全のためではなく、俺のために言ってくれているのはわかっている。

 だからこそ俺も心苦しい。


 だが……俺は今更、ガロックやセリアを見捨てたくない。

 勝算が薄いのはわかっている。

 だからこそ、俺達が逃げればそこで終わりなのだ。


「釘を刺しに来たんですか? 安心してください、俺は逃げませんよ」


「あの嬢ちゃんに泣きつかれても、か?」


「それは……」


 ガロックは首を振った。


「酷なことを聞いて悪かった。……オレも、酷いところに巻き込んじまったのはわかってる。だが、他に頼れる先もないんでな。オレが諦めるのは、ラゴール様の意志を無駄にして、セリアお嬢を見殺しにして、マルティの奴をのさばらせるってことだからな。悪いが、どんな手を使ったってパルムガルトを目指す。一番話を聞いてくれそうなお前が、一人でいるところを狙ったりな」


 ガロックは俺に向かって、大きく頭を下げた。


「頼む……ディーン。最悪、パルムガルトまでじゃなくたっていいんだ。途中だっていい。少しでもいい、力を貸してくれ。途中で離脱するにしても、先に場所を聞いておけばオレも動きやすくなる」


「やめてください、ガロックさん。俺だって……一生、犯罪者として逃げ回って生きるつもりはない。マニにも、エッダにも、そんな想いはさせたくない。無論、彼女達に強要することはできませんし……状況が変われば、マニの意見を優先して離れることも、もしかしたらあるかもしれません。ですが、少なくとも今の俺は、離脱するつもりはありません。もしものときが来たら……そのときは、必ず早めにガロックさんに伝えさせてもらいます」


「……すまねぇな、ディーン」


 ガロックがそう口にしたとき、何かの気配を感じた。

 《オド感知・底》が拾ったのだ。

 一体じゃない。

 二……いや、もう少しいるか?


 いや、違う。

 やや遠いが、別の方向にも複数の気配がある。


 そこまで考えて、俺ははっとした。

 俺は身を翻し、マニ達の方へと走る。


「お、おい、どうした?」


「軍が来ているかもしれません! 六近い、複数の気配があります!」


「なっ、なんだと?」


 俺はマニの隣で屈み、彼女の肩を叩いた。


「ど、どうしたんだい、ディーン?」


 マニがすぐに跳ね起きた。


「マニっ! 軍が来たかもしれない!」


 反対側のエッダが一人でに身体を起こした。


「早速、攻めてきたわけか。返り討ちにしてやろう」


 さすがは元々未開地を旅して生きているナルク部族の出身だけはある。

 外での生活と、突然の敵襲に慣れている。

 一番落ち着いている様子だった。


「俺達を挟み撃ちにするように動いている……」


「一度、逃げた方がいいな。囲まれれば、お嬢を守るために一か所に固まらざるをえなくなる。そうすれば死角からの攻撃を許すことになっちまう」


 ガロックの言葉に俺は頷いた。

 ガロックがセリアを背負って走り出す。

 俺はマニの手を引いて、その後を追った。


 逃げ切るのは不可能だろう。

 マニとセリアは軍人より遥かに速度で劣る。

 だが、逃げて敵に追わせることで、敵を一方向に誘導することができる。


「こっちが察知して先に逃げられた以上、向こうはかなり動きにくくなるかもしれねえな。二つに分かれていやがるのなら、互いの状況を完全に把握するのは不可能だ」


 ガロックがニヤリと笑った。


「相手が急いて動けば、二つに分かれた奴らを各個撃破できるかもしれねえ。そうなれば、かなり有利な戦いになるぜ」


 ガロックは戦闘経験が豊富だ。

 今回の襲撃は、そこまで苦せず対処できるかもしれない。


 マニは俺と繋いでいるのとは逆の手で口許を隠し、顔を顰めていた。


「……マニ、どうしたんだ?」


「見つかるのが、いくらなんでも早すぎると思わないかい? ただの不運ならいい。でも、何か、想定していないことが起きている。そんな気がするんだ」


「そ、想定していないこと……?」


 しかし、裏切り者がいたとは思えない。

 ガロックやセリアがそんなことをする理由が考えられない。

 当然、エッダやマニが裏切るわけもないし、ルートを決定したのはガロックだ。


「考えすぎだよ。軍なら、広範囲の感知術師くらい抱えていてもおかしくはない。ましてや、あのマルティだ」


「……そう、だね」


 マニはそう答えつつ、腑に落ちない様子であった。


 そのとき、単身でこちらへ駆けてくる気配を拾った。

 ぞわりと嫌な予感がした。


 この感じ……カンヴィアが一人で俺達を追いかけてきたときに似ている。

 つまり、俺達がプリアを出し抜いて逃げたと知って尚、一人で俺達を相手取れる自信があるということだ。


「一人、向かってきています!」


 俺が叫んだのと、轟音と共に握り拳ほどの炎の塊が向かってきたのはほとんど同時だった。

 炎の塊は、駆けるガロックの背にいるセリアへと真っ直ぐに向かっていく。


「チィッ!」


 ガロックは跳ねて宙で振り返り、セリアを地面へと突き飛ばす。


「きゃあっ!」


 セリアが背を地面に打ち付けた。

 ガロックは一瞬彼女の身を案じるように目を向けた後、魔導剣を雑に振るって豪炎を斬った。

 炎の球が爆ぜ、火の粉が散った。


 俺達は一斉に足を止めた。


「すまねぇ、お嬢! 大丈夫か!」


 ガロックが屈み、左手で剣を持ったまま、右手でセリアを抱き起こす。


「い、いえ、庇っていただいて、ありがとうございます……」


 セリアが弱々しく答え、それからガロックの腕を見て目を見開いた。


「ガロックさん、その腕……!」


 ガロックの左腕は、手首から肘に掛けて焼け爛れていた。

 かなり強力な放射魔法アタックだ。


「大丈夫だ。剣を握るのに支障はねぇ。こんなもん、オレにとっちゃ怪我の内には入らねぇよ」


 強がりだ。指を見ればわかる。

 左手に、しっかりと握力が入っていない。


 俺は炎の球が飛んできた方向を睨んだ。

 こんなことは有り得ない。

 この森は木々が空を覆っているため薄暗く、遮蔽物も多いため視界が悪い。

 まだ相手との距離もそれなりにはあった。まともに視認できる状態ではなかったはずだ。


 そんな状況で、逃げるガロックの背にいるセリアを狙うなど、できるわけがない。


 ただの放射魔法アタック使いじゃない。

 恐らく特殊な異掟魔法ルールか闘術で、広範囲の空間把握能力を持っているのだ。

 それに、この遠距離であれだけの放射魔法アタックを使えるということは、間違いなく本人の魔力は相当なものだ。


 そして一番恐ろしいのは、その能力でも魔力の高さでもない。

 尋常でなく精密な放射魔法アタックの技術を有している、ということだ。


 空間把握ができたとしても、あんな放射魔法アタックの当て方は容易にできるものではない。

 炎は直進していたので、放射魔法アタック自身に追尾能力があるわけでもないだろう。


 俺の造霊魔法トゥルパの《トリック・ドーブ》は追尾能力がある代わりに、速さも威力も控えめであるし、魔力の効率も悪い。

 あんな威力は絶対に出せない。


 一人の男が、炎の球が飛んできた方向から歩いてきた。


「小賢しいのは私の性ではない。元より、こんな者共相手に慎重に攻め入る必要があろうか? いや、あるまい。この私一人で事足りよう」


 二十代後半の男だった。

 金のカールの掛かった髪をしており、気取った雰囲気を纏っている。

 片手で魔導剣を持ち、空いた手で人差し指を立てて、自身のこめかみを気難しそうにトントンと叩いていた。


「一羽狩ったら、他の獲物も足を止めるとは楽でよい。さあ、兎狩りを始めようか」


 男が口許を歪めて笑った。

 軍服は濃い灰色をしていた。

 魔導尉のものである。

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