第四十六話 現状の確認
俺とエッダは狩りを終えてからマニ達と合流した。
「近くに村がありますね。旅のために必要なものはマニがある程度用意してくれてはいましたが、寄りますか?」
俺はガロックが地面の上に広げている地図へと目を向けた。
地図は、ロマブルクを中心に記されているものだ。
魔迷宮や村の位置が示されており、パルムガルトも記載されていた。
村に寄れば、情報収集も行えるかもしれない。
軍の表の方針でも掴むことができれば、動きやすくなるし、気持ちとしても楽になる。
今、軍がどういった動き方をしているのかもさっぱりわからない。
まるで目を瞑って崖の上を走っているような気分だ。
とはいえ、俺達もほぼ最短距離でここまで移動している。
さすがにまだここの村には、俺達がロマブルクを抜けた話さえ伝わってはいないかもしれない。
「ロマブルクの軍は、近隣の村や街にも警戒を出しているはずだ。よほどのことがない限り、そっちに立ち寄るのは避けた方がいいだろうよ」
「軍だけでも面倒だが、他の奴らと余計な因縁を作るわけにもいかねぇ。ロマブルク周辺はマルティを恨んでる村も多いはずだが、それ以上にアイツを恐れてる。見つかったら、軍に差し出すために捕らえに掛かってきたっておかしくはねぇ」
ロマブルクにつくまではほとんど野宿頼りになりそうだ。
移動のためのたまの野宿は慣れているが、連日となると精神も摩耗する。
村に立ち寄って物資の補給が行えればそれもマシにはなるはずだが、ガロックはそれも行わないつもりでいるらしい。
「特別信頼のおける相手に心当たりがいないのであれば、確かにそうするべきですね」
マニが地図を見つめながら、そう口にした。
今の状況で第三者との接触は、どのようなトラブルを引き起こすかわからない。
それに、相手を騒動に巻き込む可能性がある。
少しでも関わった者を、きっとマルティは許さないだろう。
セリアの生存を知った人物というだけで、口封じに動くことだって考えられる。
「真っすぐは向かえねぇが、あまり寄り道をしている猶予もねぇ。距離が開けば進まなきゃならない道が延びるし、マルティの軍以外が味方だって話でもないんだからよ。マルティの管轄外に抜けて他の魔導佐に頼るのも手だが、ここまで来たら管轄外の範囲まで追ってくるだろう。オレ達を逃がしたら、どの道マルティは詰みなんだからよ」
俺はガロックの地図へと目を向ける。
いくつかの道筋が書き込まれていた。
直接向かえばマルティの部下に囲まれる。
だが、下手な遠回りをしてもこちらのリスクが大きくなる。
「そこまでして頼っても、相手の魔導佐から裏切られることだって考えらえる。確固たる証拠を掴めたわけじゃねぇが、ほぼ間違いなくマルティは、他の魔導佐に裏で根回しをしまくってやがる。奴は今の地位に満足していない。いずれは、シルヴァス魔導将を蹴落とすつもりだろう」
「そんなことまで……」
俺はつい、泣き言を零してしまった。
マルティの狡猾さと強大さはわかっていたつもりだった。
だが、知れば知るほど、相手が大きく見えてくる。
「そうじゃなくてもオレ達は犯罪者扱いされてる。お嬢の顔だって、他領の奴らじゃわからねぇ。問答無用で殺されたっておかしくはねぇんだ」
「ルートを絞られないために、最低限の遠回りをしてパルムガルトへ向かう。だが、完全に連中を撒くのは不可能だ。必ず何度か交戦することになる。街と違って、外ならそう簡単に増援は来ない。ここからの敵は、全員殺すつもりでいくぞ。酷な戦いになる、覚悟しておけ」
ガロックは手を組み、重々しくそう語った。
……覚悟はしている。俺は拳を強く握りしめた。
殺傷すれば、むしろ敵が増えることもあるだろう。
だが、今回はパルムガルトへ逃げ切れば俺達の勝ちなのだ。
追手を補充する猶予もさほどないはずだ。
そもそも情報を与えることの損害が大きすぎる。
相手を見逃す理由はない。
ここからは本当の殺し合いだ。
「とっくにそんなことはわかっている。覚悟ができていないのは、甘ちゃんのディーンくらいだろう。マニは意外と肝が据わっているからな」
エッダが不敵にそう言って、豪快に魔獣の肉を齧っていた。
「俺だって、覚悟はできてる。やらなきゃ、こっちがやられるんだ」
セリアは身を縮め、唇に手の甲を押し当てていた。
怖くて仕方ないのだろう。
「安心してくれ、お嬢。オレはお嬢を守るために全力を尽くすからよ。魔導尉くらい、オレの敵じゃねえ。なにせオレは、ラゴール様に《黒狼団》を任せられていた男だぜ?」
ガロックが不器用に笑いながら、セリアの頭を雑に撫でた。
「ありがとうございます、ガロックさん……。でも、無茶はしないでください。父様も、母様も……よくしてくださった屋敷の方達も、皆殺されてしまいました。ガロックさんまで命を落としたら、私は、どうすればいいのか……」
「あんな奴らには、もう二度と後れは取らねぇよ」
ガロックの活躍ぶりを見るに、魔導尉相手にだって充分通用するはずだ。
特にプリアとの戦いでは、彼女の武器を奪っていた。
あの時点で一対一ならば戦いは終わっていたようなものだ。
今後も俺達の戦い方は変わらない。
ガロックを中心に動き、彼の補佐をして全力で相手の魔導尉を叩く。
それにさえ成功すれば後はそこまで苦戦しないはずだ。
以前、街の中でカンヴィアに追い掛け回されたときは生きた心地がしなかった。
だが、ガロックがいれば、カンヴィア相手にも充分対抗できるはずだ。
「……勝算は、かなり薄いですね。マルティも自分の立場が掛かっている以上、僕達がどうあってもパルムガルトに辿り着けないように動こうとするでしょう。大きくマルティの想定を挫ける何かがなければ、相手を出し抜くことはできません」
マニが冷淡に口を挟んだ。
ガロックはマニを睨んで口を開けたが、言葉に詰まったらしく、歯痒そうに口を閉じた。
マニはガロックのその様子をじっと観察し、小さく息を吐いた。
ガロックから何か打開案が出ることを、少しは期待していたのかもしれない。
「そ、そんな言い方をしなくてもいいだろ。マルティだって、俺達に人材を割ける口実はないはずなんだ。分が悪いのは確かだけど……どうなるかなんて、やってみないとわからない」
「……そうだね、僕の言い方が悪かったよ。少し、弱気になっていたみたいだ。すいません、ガロックさん、セリアさん」
マニは素直に頭を下げたが、その後ちらりと横目で俺を見た。
……恐らくマニは、俺に忠告を出したかったのだろう。
マニとしては、ガロックの計画に加担するのは反対なのだ。
その理由はわかる。
マニも、ロマブルクからマルティを除きたいはずだ。
今はその最大の好機でもある。
だが、勝算が薄すぎるのだ。
マニだって非情なわけではない。
ガロックとは、街門を突破するのを互いに協力する代わりに、彼らをパルムガルトへと送り届ける約束をしている。
本来ならば命懸けの約束なのだから、人の義理として遵守すべきだろう。
……だが、俺も敢えて目を瞑っていたが、今回に限っては無茶を言っているのはガロックの方だ。
街門の突破は互いに利があった。
それでもガロックはなんとしてもパルムガルトへ行かねばならなかったため、他に選択肢がない俺達に今後の同行を約束させたのだ。
しかし、あまりに後者の危険性が高すぎる。
そしてガロックは、俺達が裏切って逃げても、それを咎めるための術を一切持っていない。
完全に善意に頼った口約束なのだ。
マニはガロックを切るべきだと、俺にそう言っているのだ。
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