第四十四話 ある軍の庁舎にて③(side:マルティ)

 庁舎の最上階にて、マルティ魔導佐が、報告に来たプリア魔導尉と顔を合わせていた。


「……それで、ガロックに逃げられ、俺の元へ報告に来たというわけか」


 マルティが深く息を吐く。


「も、申し訳ございません……マルティ魔導佐様。あ、あの男を、取り逃がしてしまうなんて……。こ、この失態は、必ず取り戻して見せますので……どうか、挽回の機会をこの私に……!」


 プリアは無論、この場に同伴している彼女の部下達も皆真っ青になっていた。

 ガロックとセリアさえこの都市で始末してしまえば、その先の憂いなどないはずだったのだ。

 だが、二人を外に逃がしてしまったせいで、マルティの立場が危うくなってしまった。


 マルティは平生より、冷酷で残忍な男であった。

 どのような処罰を受けるのかわかったものではなかった。


「そう脅えるな、プリア魔導尉殿。次の機に挽回してくれるのだろう? 期待しているぞ」


「し、しかし、此度の失態は、私の責任です。まさかあんな、冒険者の烏合の衆に、後れを取るなんて……!」


 プリアは青ざめた唇を、血が出るまでに強く噛んだ。

 マルティがゆっくりと首を振る。


「部下の失態は俺の失態だ。盤上遊戯で負けるのは駒が弱いからか? 否、打ち手の技量の問題だ。弱者程、己の外に原因を求めるものだ。たとえば怠慢が理由で、お前達を責めて士気が上がるのならばそうするが、今はそのときではなかろう」


「マルティ魔導佐様……」


「やはり騒ぎが大きくなろうとも、街門の一部を封鎖して警備を集中させるべきだったのだ。連中が手を組むことを想定した命令を出さなかった俺の落ち度だ」


 プリアの部下達は、マルティの態度に密かに安堵していた。

 マルティは冷酷で残忍ではあるが、激情家ではなかった。

 効率の悪いことは嫌う。


「や、奴らを追うのを、ぜひ私達にお任せください! 必ずや、すぐに連中を殺して戻りましょう! パルムガルトへ向かうことはわかっております!」


「ふむ……しかし、外の地は広い。たかだか六人で捜し切れるわけがあるまい」


 マルティは自身の顎に手を当て、思案する素振りを見せる。


「最小限をこの地に残し、残りは全て動かそう。軍の十七の部隊の内、十二の部隊を動かし、ガロックの捜索に充てることにする。そこにプリア魔導尉殿も加わってもらおう」


「え……? な、七十人以上も、あんな烏合の衆のために動かすのですか? それは、その、少しやりすぎなのでは?」


 プリアが躊躇い気味に、マルティへとそう返した。


「多少やりすぎなくらいで丁度よかろう。万が一にも、ラゴールの娘とシルヴァス魔導将を会わせるわけにはいかんのだ」


「そ、それはそうですが、都市で厄介な問題が起これば、大事になるかもしれません。そもそも十二の部隊を動かすとなれば、秘密裏に、というわけにはいきません。たかだか数名の強盗如きに軍の部隊を動かしたとなると、周囲への言い訳が……」


「感情は、必然性や効率などからは遠い言葉だ。わざわざそこに、それ以上の理由を用意する必要はあるまい。俺は大事な部下を、五人も連中に殺されたのだ。怒って複数の部隊を動かすことは、それほど不自然なことではあるまい」


「それは、どういう……?」


 プリアが重ねて尋ねる。


「こういうことだ」


 マルティは魔導剣の鞘へと手を触れた。


「《絶空刃》」


 庁舎の壁に、巨大な刃痕が駆ける。

 プリアの背後に並んでいた五人の部下達の腹部に刃の傷が生じ、血が飛び交った。

 中には上半身を完全に切断された者もいた。


「ま、魔導佐様、な、何を……? お、怒ってはいらっしゃらないと……」


 プリアが声を震わせる。


「必要なことだ。ただの商人だけでなく軍人を五人も殺したとなれば、警戒度もそれだけ上がるというものだ。面子にも関わるため、俺が躍起になって兵を送り込むだけの理由もできる。駒の責任は俺の責任だが、その使い道は俺が決める。そこの五人は代替可能な歩兵ポーンだ。お前のような神官ビショップではない」


「し、しかし、朝の件には目撃者もいます! こんな……!」


「俺もあまり取りたい手ではなかった。しかし、このロマブルクでは俺が王だ。内部の問題など、どうとでもやりようがある。だが、外となればそうはいかない」


 マルティが席を立った。


「俺も急いでシルヴァスの爺に面会する用事を作る。連中の目的地がパルムガルドなのはわかりきっていることだ。それに、しばらくロマブルクを留守にする丁度いい言い分になるのでな」


「そ、それは……!」


「万が一お前達が討ち損じた場合には、俺が直接ガロックとセリアを葬る」


「そこまでなさるおつもりなのですか!?」


 ブリアが大きな声を上げた。


 マルティは国有数の強大な魔導器使いである。

 一般の冒険者が百人掛かりでも相手にならないと噂されているほどである。

 そしてそれがただの誇張された話でないことは、五人の軍人を一瞬で斬り殺したことからも明らかであった。

 だが、マルティが直接動くような事態は、彼がロマブルクの魔導佐になってから一度もなかった。


「当然だ。ここをしくじれば、これまで積み上げたことが全て台無しになる。シルヴァスと引き合わせるわけにはいかんのだ。都市内で捕らえ損ねたことを、俺は反省している。それにガロックと同行しているナルクのガキは、どうやらあのロティアの親族らしい。茶髪のガキも長年冒険者としてまともな実績がなかったにも関わらず、ここ最近で急激に成果を上げ、灰色教団の討伐でも奮闘したという話だ」


「しょ、承知いたしました。これ以上マルティ魔導佐様のお手を煩わせることがないよう、尽力させていただきます」


「そうなるように期待している。保険はかけさせてもらうがな。不安の芽は確実に摘む。あんな連中に、俺の栄華を邪魔させはせん」

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