第四十二話 目的
入った。
魔導尉であるプリアを相手に、一撃を入れることができた。
俺は肩で息をしながらプリアを睨む。
「貧民街育ちの冒険者如きに、この、この私が……。魔導器さえあれば、こんなことには……!」
プリアも目を充血させ、俺を睨み返してきた。
気圧されそうになるが、勝っているのはこちら側だ。
視界の端に、ガロックが相手取っていた二人の片割れの頭部を掴み、壁に叩きつけているのが見えた。
身体がへし曲がり、地の上にぐったりと落ちる。
刃を向けて飛びかかってきた二人目を、逆の腕に持っていた魔導剣であっさりと防ぐ。
さすが《黒狼団》の団長だ。
エッダより少し上くらいかと思っていたが、それどころじゃない。
集団戦闘慣れしているのか、常にいて欲しい位置を埋めている。
判断力、決断力に加え、勝負の流れを大きく変える闘術まで持っている。
ベルゼビュートは《プチデモルディ》の限界が来たため消してしまっていたが、戦況は完全に俺達のものだった。
「プリア魔導尉殿! このお怪我では……」
プリアの部下の一人が、彼女の身体を支える。
俺はプリアへと《魔喰剣ベルゼラ》を向けた。
「今まで散々やってくれたが、お前達マルティ一派は終わりだ!」
この戦いは、俺達はガロックを、そして向こうはプリアをどれだけ中心にして動けるかという戦いだった。
プリアは《串刺し公ヴラド》を手放し、深手を負った。
後は俺達は敵の気を引いて多対一になることを避けながら、ガロックが一般兵の数を減らしてくれるのを待てばいい。
「舐めたことを言ってくれるわね……でも、これで終わりよ」
プリアが青い顔に、嫌な笑みを浮かべた。
その言葉に俺は遅れて気がついた。
僅かに顔を背後へ逸らし、周囲を確認する。
マニは俺達がカバーに入りやすい位置を動きながら、セリアを守っていた。
そのマニへと、プリアの部下の一人が距離を詰めていた。
「馬鹿め……フフ、あの小娘さえ殺せば、貴方達如き、どうとでもなるのよ」
俺はとにかくプリアを落とさねば勝ち目はないと、彼女の方に気を取られすぎていた。
「マニッ!」
マニはセリアを庇うように前に立ち、《悪鬼の戦鎚ガドラス》を構えていた。
「金がない上に、腕も悪いから運び屋を兼ねてる、クズ鍛冶師が貧民街にはいるらしいな? 無様なこって。そんな紛いものが、俺達とまともに戦えると思っていやがるのか?」
一般兵がマニを嘲弄しながら彼女へと斬りかかっていく。
俺は咄嗟に《魔喰剣ベルゼラ》を構えたが、この距離だとどう足掻いたって《トリックドーブ》は間に合わない。
マニが宙に、五つほどの小さな石をばら撒いた。
「ご忠告感謝するよ。でも、鍛治師には鍛治師の、紛い物なりの戦い方があるんだよ!」
マニが《悪鬼の戦鎚ガドラス》を一般兵へと向けた。
「《プチデフォーマ》!」
鉱石を変形させる
魔法の光を受けた石が、眩い光を放って視界を塗り潰す。
「なっ……!」
「僕だって、ただ足手纏いになるためについてきたわけじゃないんだよ!」
以前に
《プチデフォーマ》で内部摩擦を引き起こしたのだろう。
「くらえ、このっ!」
マニの身体から赤い蒸気が上がっていた。
あれは、《悪鬼の戦槌ガドラス》の特性である《鬼闘気》だ。
普通の打撃ではダメージにならないと踏んで、レベル差による力不足を《鬼闘気》で補うつもりなのだろう。
一般兵の男は魔導剣で弾き損ない、槌の一撃を左肩に受けていた。
見事な一撃だった。
さっきまでへらへらと笑っていた男が、額に脂汗を浮かべて目を剥いていた。
「雑魚の分際で、ふざけた小細工を!」
だが、仕留め切るには至っていなかった。
一般兵は即座に足を伸ばし、マニの腹部を蹴った。
「がはっ!」
体勢の崩れたマニへ、即座に追い討ちの刃を放つ。
マニは辛うじて《悪鬼の戦槌ガドラス》で受けたが、明かに力負けしている。
地面の上に倒れ込みそうになったが、どうにか屈んだ姿勢で堪えていた。
「マ、マニさん!」
セリアが、目前のショッキングな光景に声を上げる。
一般兵がマニへと魔導剣を掲げ、口元を歪めて笑う。
「こっちだ」
背後から聞こえたその声に、下そうとした腕を止め、身を翻しながら魔導剣を構えた。
エッダが一般兵のすぐ後ろへと着地する。
「弱い者が策を練るのは当然のことだろう」
エッダが一般兵を鼻で笑う。
一般兵は動こうとして、ふらりとその場に前のめりに倒れた。
一般兵はエッダの刃を防ぐために魔導剣を身体の前に立てながら振り返ったのだが、彼女の刃はその守りを綺麗に避けながら降ろされていたのだ。
「貴様はもう少し頭を使うべきだったな。ナルクにはこういう言葉がある。オドが高くても未熟な個体がいる獣は、人間くらいだと」
瞬間速度に長けたエッダが、いつでもマニの補佐に出られるように構えていてくれていたらしい。
「よかった……」
俺は安堵の息を漏らす。
マニが無事でよかった。
……それに、これで敵の兵が一人減った。
今、相手の重傷者はプリアを含めて三人だった。
動けるのは一般兵三人のみだ。
それに比べて、こちらは全員が軽傷で済んでいる。
数の有利不利は既に覆った。
ガロックは、一人で一般兵二人を相手取りながら圧倒できるほどの凄腕だ。
勝負はついたに等しかった。
「こ、こんな失態、この私が……こんなはずは……!」
プリアは部下に肩を支えられながら、顔を真っ青にして戦況を眺めていた。
彼女も敗北を既に悟っているようだった。
「こんな烏合の衆を相手に敗れたなど、マルティ魔導佐様が知ったら、なんと……なんと仰られるか!」
「プ、プリア魔導尉殿、問題ありません! 外に出ようと、どうせ奴らに逃げ場などありません! ここは一度、撤退を……」
部下がプリアを諭す。
「どうせ、逃げ場などない……?」
プリアは眉間の皺を深め、腕を振るった。
部下の眼球を、プリアの指先が掠めていた。
「あ、あがっ……ああああああああっ!」
男は目を押さえながら地に這い蹲り、悲鳴を上げた。
俺はその残酷な所業に言葉を失った。
何の躊躇いもなく、部下を失明させた。
「それは貴方が口にしていいことではないわ! この、無能共が! 貴方達が、こんな冒険者如きに易々と後れを取るから、こんなことになっているのよ!」
プリアがヒステリックに喚く。
「おいお前ら、とっとと逃げるぞ! 目的は敵の全滅じゃねえことはわかってるだろ?」
ガロックが叫び声を上げた。
俺はガロックの言葉に一瞬躊躇った。
今なら相手の残党を倒し、プリアにトドメを刺すことも難しくない。
……だが、すぐに彼に従うことにした。
プリアとはここで決着をつけてやりたがったが、重要なのはこの都市ロマブルクから逃れることだ。
敵の援軍が入り込んで来れば、俺達はその時点でほとんど詰みに近い。
今回スムーズに戦えたのは、初手でガロックがプリアの魔導器を弾くことに成功したところが大きい。
それがなければ相手もプリアを中心に立ち回り、もっと戦いが長くなっていたはずだ。
そうなっていれば、全員が無事で済んだとは思えない。
プリアは魔導器が手許から離れ、深手を負わせることにも成功した。
だが、それでも決して楽に倒せる相手ではない。
人の最後の足掻きというのは恐ろしい。
何よりプリア自身が、明かにまだ戦えるつもりでいる。
それに、無理して敵の魔導尉一人倒したところで、ロマブルク支部の軍人は百人以上いる。
下手に殺せば相手の士気も上がり、警戒も強まる。
「……はい」
マニは既にセリアを背負い、駆け出していた。
俺はマニを追い、彼女の手を握って引っ張るように走った。
この中ではレベルで劣るマニは、普通に走っているだけでは全体の大きな遅れに繋がってしまうためだ。
「ま、待ちなさい! 待て! 待ちやがれぇっ!」
プリアが声を荒げる。
背へと目をやれば、顔を真っ赤にして俺達を睨んでいた。
こちらを追おうとしたのか、左右から部下に止められている。
あの傷で血を流しながら追ってきて、かつ都市の外で戦ってくれるのならばこちらとしても望むところではあった。
しかし、さすがに部下に止められたか。
都市ロマブルクの街門を抜けた。
俺は並走するマニへと顔を向け、笑い合った。
無謀な旅路には思えたが、今回の勝利によって希望が見えてきた。
「覚えておきなさい! 次に会ったときは、貴方達全員、私の《串刺し公ヴラド》で突き殺してやるわ!」
プリアの声が遠くから響いてくる。
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