第四十一話 プリアの体術

 俺は丸腰になったプリア目掛けて駆け出した。

 プリアの魔導器、《串刺し公ヴラド》を回収させる前にケリをつける必要がある。


 プリアを守るように、彼女の部下達が動く。

 その内の一人をエッダが、プリアの近くにいたガロックが二人を牽制する。


「プ、プリア魔導尉殿っ! 早く、魔導剣を……!」


「隙有りであるぞぉっ!」


 強引にプリアの守りに入ろうとした一人が、応戦していたベルゼビュートにぶん殴られて宙を舞った。


「おごぉっ!」


 床を転がる彼から、三本の血に塗れた歯が溢れていた。

 まともに顔面で殴打を受けたらしい。


「不味いの」


 ベルゼビュートが不敵な笑顔を浮かべ、手に着いた血を舐めた。


 俺の造霊魔法トゥルパであるため大幅に劣化しているとはいえ、それでもベルゼビュートは馬鹿力だ。

 今の俺でも、まともに造霊魔法トゥルパのベルゼビュート相手の白兵戦は不可能だ。

 陣形が崩れ、その上で大きな隙を晒せば、こうなるのは必然だ。


 プリアへの道が空いた。

 ここで、一気に俺がプリアを叩くしかない。


「冒険者如きが、舐めた真似を……!」


 プリアは眉間に深い皺を刻み、後ろに引いた右手で手刀を作り、指の関節を確かめるように小さく曲げていた。

 プリアは《硬絶》持ちだ。

 武器がなかろうと、身体がそのまま凶器となる。

 俺はかつてプリアに目を貫かれそうになり、防いだものの腕の肉を抉られたことがあった。

 

 レベルは相手の方が格上だ。

 魔導器の闘気の補正は、二割から三割程度だ。

 素手で魔法が使えないからといって、決して容易な相手ではない。


「不意打ちが成功したからといって、調子に乗らないことね! 私と貴方方では、地力が違うのよ地力が!」


 腕に捻りを加え、貫手を放ってきた。

 俺は《魔喰剣ベルゼラ》を振るい、腕を叩き斬ろうとした。

 キィンと、凄まじい音が鳴る。

 俺とプリアは衝撃に押され、互いに一歩退いた。


「きっ、金属音……!?」


 かなり闘気の練り込まれた貫手だった。

 距離を詰められすぎて充分に力を加えることができなかったとはいえ、こうも弾かれるとは思っていなかった。

 

「死になさい!」


 プリアの鋭い蹴りが迫る。

 蹴りは体勢が不安定にはなるが、手刀よりもリーチがあり、膂力が乗りやすい。

 互いが退き、手刀の間合い外からズレたその瞬間に繰り出してきた。


 武器を取り上げることに成功したというのに、体術が凄まじい。

 普通の人間は、人間相手にここまで体術中心での勝負することはできない。

 伸ばした手足が、武器の格好の的になるからだ。


 だが、プリアは《硬絶》があるため、刃の一撃で手足を切断されることを避けられる。

 積極的に肉弾戦を仕掛けられるのだ。


 俺も《硬絶》はあるが、こんな真似はできない。

 体術自体の練度が低すぎるからだ。

 だが、プリアは明かに己の肉体を武器として扱えるように訓練を積んでいる。

 

 俺はプリアの蹴りを、刃で受け止めた。

 《硬絶》で身体を硬め、力負けしないように補強した。

 ガキィンと、二度目の金属音が走る。


 弾かれて下がったプリアの足が、今度は大きく持ち上がった。


「フフ……貴方に、お似合いの末路ね」


「えっ……」


 まず、目蓋に激痛が走った。

 迫ってきた足の先端が、俺の両の眼球を綺麗に掠めた。


「がぁっ!」


 俺は屈み込む。

 とんでもない脚技だ。

 明かに相手の両眼を奪うことを前提とした動きだった。


「これで貴方は、一生光を見ることはないわ。私達に楯突いた罰よ。もっとも……すぐに死ぬんから、そんなもの関係ないのだけどねぇっ!」


 俺は顔を上げ、プリアへと《魔喰剣ベルゼラ》を突き出した。


「う、嘘っ!」


 眼への攻撃は、目蓋に激痛が走った時点で《水浮月》で透過していた。

 リーチを活かすため、掠めるような一撃だったことが幸いした。

 もう少し深くやられていたらアウトだった。

 《水浮月》がなければ今ので両眼をやられていたと思うと、ぞっとする。


 プリアは腕を引き戻し、俺の刃を叩き落とす。

 不意を突けたつもりだったが一歩及ばなかった。


「カンヴィアの言っていた通りね。下手な言い訳だと思っていたけれど、本当だったなんて。こんなガキ相手に、手間取っている場合ではないのに!」


 プリアが舌打ちを鳴らす。

 《水浮月》の存在を既に知っていたため、素早く体勢を立て直されたようだ。

 その後、こちらから仕掛ける機会と二振り目、三振り目を放つも、尽く手刀に往なされる。


 魔導器なしでもここまで強いとは思わなかった。

 レベルだけではない。プリアには、技術に裏打ちされた実力がある。

 武器の差をものともしていない。


 こちらが剣を振りかぶったその瞬間に、プリアは動きを変えている。

 完全に剣筋が読まれている証拠だ。

 技量ではまるで敵わない。

 ならば、それ以外の方向から仕掛けるしかない。


 俺は半歩退き、《魔喰剣ベルゼラ》を構える。


「《マリオネット》」


 魔法陣が展開される。

 俺の左手を光のダマが覆った。

 造霊魔法トゥルパで造った糸玉だ。


「雑魚の分際で、しつこいのよ!」


 プリアが蹴りを入れてきた。

 俺は左腕でガードした。


 石の塊のような感触だった。

 重く、鋭い。

 ガードに回した左腕が、俺の腹部へと叩き付けられた。

 腕の骨が軋む。

 《硬絶》と《マリオネット》の糸ダマがなければ折られていたはずだ。


「うぷっ!」


 俺は後ろに体重を逃し、衝撃を和らげた。

 腹部を圧迫されたのが苦しい。

 左腕で防ぎ、右手で握った剣で反撃するつもりだったが、その余力さえなかった。


 プリアがニイと笑い、左側から回り込んでくる。

 今の蹴りで、左腕がまともに上がらなくなったのが見抜かれている。


 俺は手刀を警戒するように、高めに《魔喰剣ベルゼラ》を構えた。

 プリアは素早く足を回し、空いた下半身に蹴りを入れようとしてくる。

 

「甘いわね!」


「蹴りを誘わせてもらったんだよ!」


 俺は気力を振り絞り、左腕を横に張った。

 プリアの体勢が崩れる。

 蹴られた際に、《マリオネット》の糸を付着させたのだ。

 大した頑丈さはないが、一瞬隙を作るのには充分だ。


「これはっ……!」


「くらいやがれ!」


 《魔喰剣ベルゼラ》の一閃が、横っ腹に当たった。

 妙な硬い感触があったが、細い腕や脚と違って《硬絶》の精度も大きく落ちるはずだ。

 しっかりと捉えた。

 この一撃は、軽くでは済まない。


 プリアの軍服が裂け、血が走った。

 プリアは腹部を押さえながら、斬られた衝撃を利用しながら俺から逃れるように後退する。


 プリアが俯く。

 口許から僅かに血が垂れていた。


「あ、ああ、あ、有り得ない、私が、私が、魔導器なしとはいえ、こんな奴を相手に……」

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