第四十話 街門の戦い
俺達は目標であった、東門近くへと辿り着いていた。
全員布を纏って容姿を隠している。
建物の陰から俺は東門の様子を窺う。
五人の一般兵達の中心に、他の兵よりも濃い灰色の軍服を纏う、女の姿があった。
長い青髪が朝日を受け、輝いている。
やや派手めのアイラインが引かれた目を、神経質そうに周囲へ走らせている。
マニから事前に聞いていた通り、ここの番人は女魔導尉のプリアであった。
俺は以前、プリアに指で失明させられかけたことがある。
寸前で手の甲で防いで《硬絶》でしっかりと受けたが、それでも深々と指で肉を抉られた。
速く、鋭い一撃だった。
そして何より、明かに素手の感触ではなかった。
多少レベル差があったからといって、普通ああはならない。
恐らく彼女は、肉体を硬化させる《硬絶》持ちだ。
ヒョードルがそうであったように、《硬絶》持ちには、小さな隙を拾ってのまぐれ当たりでの外傷はまず期待できない。
決定的な一撃を入れるか、闘気と魔力が尽きるまで粘るしかない。
だが、俺達はプリアについてのそれ以上のことは、全く知らなかった。
後のことは戦って知るしかない。
俺達は一頭の
無事に予定通り、マニが購入してくれたのだ。
「……それじゃあ、頼んだぞ」
俺は
相手は小さく俺へと頷く。
僅かに覗く口許が、ニカッと笑っていた。
小柄な人物は、足で雑に
「ヒィイイイッン」
向かう先はプリア達が守る東門である。
「
マニが声を上げ、その
俺達はエッダ、ガロック、セリアに目で合図をし、マニの後を追った。
東門を通してもらおうと並んでいた人達が、
「……いいわ、私が止めてあげましょう」
プリアが苛立ったように口にして、前に出た。
腰の魔導剣を抜き、疾走してくる
細身の鋭い刀身が露になる。
血塗られたかのような真紅の刃は、彼女の残虐さを表しているようであった。
「貫きなさい《串刺し公ヴラド》!」
一直線に放たれた刃が、
即死だったのは間違いなかった。
そのまま肉が大きく抉れ、
「ああ、五十万テミス……」
俺はつい、呟いた。
失わなくて済むのであれば、そうであって欲しかった。
「諦めの悪い男め」
並走するエッダが鼻で笑った。
常人であれば、それも幼い子供であれば、
プリアは口許だけで冷酷に笑い、宙を飛んだ者へと目をやった。
纏っていた衣が剥がれ、青い肌に禍々しい角、そして愛嬌のある、彼女特有の攻撃的な笑みが露わになった。
姿を晒したベルゼビュートを前に、プリアの表情が崩れた。
「なっ……! これは悪魔……いえ、
ベルゼビュートが空中で腕を振るう。
プリアが慌てて魔導剣を戻すが、一瞬出遅れたため不完全な姿勢で受けることになっていた。
魔導剣が弾かれ、プリアの身体が背後に飛ぶ。
魔導尉のレベルならばベルゼビュートに一方的に力負けすることはないはずだが、
「プリア魔導尉殿っ!」
部下が叫びながら、次々に魔導剣を抜いていく。
だが、俺達は彼らより一瞬先に魔導剣を構え、距離を詰めていた。
俺がベルゼビュートの化身の力についていけていないため、余計にそうなるのだろう。
悪魔は獣とは違い、闘気を持たない。
その代わり魔力の強さが全ての身体能力に直結するのだ。
それは悪魔が行動する際の原動力が、イコールで魔力だということでもある。
そのため《プチデモルディ》で造ったベルゼビュートが動く度に、俺の魔力はがっつりと削られていく。
しかし、逆にベルゼビュートが止まっている間はそこまで魔力を消費せずに済むのだ。
ベルゼビュートが食事を摂るときに《プチデモルディ》を長時間維持できるのも、それが理由である。
だから俺はベルゼビュートを
そしてベルゼビュートに
こうすることで最初から戦いにベルゼビュートを参戦させつつ、意表を突いて攻撃することができる。
今、軍の意識は
「《トリックドーブ》!」
俺は軍に目掛けて唱えた。
二体の半透明の、光を放つ
プリアは素早く振り返りながら、《串刺し公ヴラド》を後ろに引いて構えた。
「ガロックに、ナルクの小娘とそのおまけね。手を組むとは思っていなかったけれど……まさか、私達軍人に、あなた達が本気で敵うと思っているのかしら?」
プリアが二連突きを放つ。
二体の
ベルゼビュートはその隙を突いてプリアの背へと追撃に出たが、二人の一般兵に遮られていた。
さすがに軍は対人戦闘慣れしている。
プリア達は、ベルゼビュートの奇襲から既に態勢を整えつつあった。
俺は唇を噛んだ。
カンヴィアも想定以上の強さだったが、プリアも強い。
《トリックドーブ》の強みは、その速度と小ささ、そして動きの不規則さにある。
まさか点の攻撃の刺突で、あっさりと二体とも落とされるとは思っていなかった。
「《クイック》」
エッダはプリアへと魔導剣を向け、そう呟いた。
エッダの身体を中心に魔法陣が輝き、彼女の速度が増した。
エッダはそのままプリアへと魔導剣を振るう。
プリアがエッダの魔導剣を《串刺し公ヴラド》で受けつつ、背後へ下がった。
俺の横を抜け、ガロックがプリアへと接近する。
さすがの魔導尉とはいえ、近接タイプのエッダとガロックに囲まれては無事では済まないはずだ。
プリアさえ落とせばこの戦いは一気に楽になる。
「《スキュアズ》!」
プリアは更に後退しながら、《串刺し公ヴラド》を掲げた。
彼女のすぐ前の地面に魔法陣が広がる。
魔法陣の中心を穿つように、土の針が地面を突き破って真っ直ぐに伸びた。
「串刺しにしてあげるわ!」
「くっ!」
エッダが地面を蹴って背後に跳び、ガロックが横に跳んで大回りする。
エッダが頬を手の甲で拭う。
微かに血が付着していた。
避け損ない、頬を針が掠めたらしかった。
《スキュアズ》は土の
速度型のエッダが避け損なうくらいには発動まで速い。
対応が遅れれば、あれで本当に串刺しにされてしまっていただろう。
「出てきましたね、溝鼠共が」
プリアが目を細め、冷たい笑みを浮かべる。
素早く近接戦を仕掛けられるのは、俺達の中ではエッダとガロックだけだ。
ベルゼビュートもそれなりに速さはあるが、今は一般兵相手に妨害されている。
奇襲によって一気に畳み掛けたかったが、これでプリア達に完全に態勢を整えられる。
エッダが退き、ガロックが大回りしているその隙に、プリアを守るように、二人の一般兵が前に出てきている。
魔導尉であるプリアに攻撃を通しにくくなれば、一気にこの戦いはキツくなる。
背後に控えて《スキュアズ》を一方的に撃つことを許すと、それだけでかなり苦しいことになる。
それになにより、プリアが下がれば必然的に持久戦に持ち込まれる。
時間が掛かれば、それだけ相手の増援の危険が跳ね上がる。
そのとき、ガロックの魔導剣に青白い光が灯った。
刃の光は全身へと移っていく。
「《雷光閃》!」
ガロックが魔導剣を突き出し、一直線にプリアへと突進していった。
目で追いきれない。
《雷光閃》自体は、ガロックは
身体に雷を纏い、瞬間速度を引き上げての突進技だ。
だが、明かにあのときよりも更に速かった。
前回は
ガロックは稲妻のように地面を蹴って左右を高速で移動し、二人の一般兵の間を抜け、安心し切っていたプリアへと刺突を放った。
プリアは《串刺し公ヴラド》の頭側の刃を手で支え、ガロックの刃を受け止めようとした。
だが、ガロックは止まらない。
プリアは強引に押し切られ、背後へ弾き飛ばされた。
「きゃあっ!」
「プリア魔導尉殿!」
プリアの部下が、彼女の身を案じて叫ぶ。
プリアは綺麗に地面の表面で受け身を取り、素早く体勢を整える。
だが、彼女の手は震えていた。
衝撃をまともに受けて、麻痺しているらしい。
とんでもない速度と、そしてそれ以上の威力だった。
「ちょっとばかし燃費が悪いんだが、こっちには時間もないんでな」
ガロックが軽く笑って見せる。
俺はその笑顔を見つつ、唾を飲み込んだ。
この人、ここまで強かったのか。
プリアの魔導剣である《串刺し公ヴラド》は、彼女の手許を離れて地面に刺さっていた。
かなり遠い。
最初からガロックは、プリアの魔導剣を奪うつもりで《雷光閃》を跳ね上げるように放ったのだろう。
プリアが表情を歪めて《串刺し公ヴラド》を睨んでいた。
魔導剣は戦闘の要だ。
魔導器使いであれば、死ぬ寸前まで絶対に手放してはいけないとわかっているはずだ。
だが、それでも耐えきれなかったのだろう。
敵の戦力を落とすには、何も殺したり、重傷を負わせるだけが手段ではない。
魔導器を失えば、それだけで満足に戦う力を失ってしまうのだ。
《硬絶》の守りで決定打を入れ辛いプリアに対し、特に有効な一撃だった。
魔導剣なしでは、魔法が使えないばかりか、闘気と魔力も大幅に落ちる。
ファーストアタックは成功した。
後は、このまま押し切る!
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