第三十九話 作戦会議

 ふと目を覚ますと、壁の亀裂から入り込む朝日が見えた。

 俺は目蓋を擦り、背にしていた柱に手をやって立ち上がる。

 それから、軽く自分の頬を叩いた。


 昨日は廃屋の中でガロックと話し合い、夜の間は睡眠を取ってしっかりと休む、ということになったのだ。

 深夜の間は街門が閉められている。

 街門を勝手に開けて外に逃げ出す、というのは現実的ではない。

 行動するならば、まだ人通りの少ない、門が開いてすぐの朝早くを狙うしかない。

 俺もそう考えていたし、ガロックも同意見であった。


 早朝の見張り番だったガロックが、目を覚ました俺の方へと歩いてきた。


「覚悟はできてるか? ディーン」


「……はい」


 俺は頷いた。


 マニが見て探った限り、門の見張りには基本的に、魔導尉と一般兵五人がついている。

 魔導尉は強い。

 俺とエッダが同時にぶつかって、どうにか戦いを維持するのがせいいっぱいといったところだった。 


 今回はマニとガロックもいるが、恐らく戦力差的にはこっちの方が不利だ。

 人数の面で劣っているのが大きい。


 振り切れればそれが一番よかったのだが、それは不可能だろう。

 元々、見張りの軍人から平原で逃げ切ることは難しいと考えていた。

 加えて今回は、ラゴールの娘であるセリアを守り抜く必要がある。

 門を通りたければ、彼らを完全に無力化するしかない。


「計画を遅らせて、僕がもう少し軍の動きを探った方がよくはありませんか? 仮に門の見張りにヘイダルさんが当たるタイミングがあるなら、そこを狙うべきです。手心を加えてもらえるかもしれません」


 全員が起きて揃ったところで、マニがガロックへとそう提案した。


 ヘイダルは顔見知りの元冒険者で、《ガムドン決死団》でも命を預けあった仲だ。


 今、彼は軍の魔導尉になったと、噂でそう耳にした。

 元々灰色教団騒動の前に声を掛けられていたらしく、断ればまずいかもしれないと、ヘイダルは口にしていた。

 灰色教団騒動が落ち着いてから、冒険者ギルドに彼はすっかり現れなくなった。

 

 確かにヘイダルであれば手心を加えてくれるはずだ。

 断りきれなくなって入軍したようだが、心まで軍に売ったとは思えない。

 ヘイダルには迷惑を掛けることになるが、俺達も手段を選べる状況ではない。


 それに、セリアの護衛さえ無事に済めばマルティは立場を失う。

 まず魔導佐ではいられなくなるだろうし、投獄か、極刑もあり得るはずだ。

 今のロマブルク支部の軍での評価なんてものの価値は消し飛ぶ。


 しかし、ガロックは首を振った。


「駄目だ。これ以上、時間を掛けるのは危険過ぎる。ここが軍に見つかっちまった時点でアウトなんだ。お前達だって、オレを見つけられたくらいなんだ。軍の奴らだって無能じゃねえ。オレだって、負傷していなければ、お嬢と二人で一か八かの門破りに挑んでいただろうよ。まず、失敗しただろうがな」


「確かに、時間を掛けるのは危ないですが、でも……」


「それに、この位置から狙えるのは街の東門だけだろ? ゴチャゴチャ下調べしたって、オレ達に取れる選択は多くない」


 それはその通りだ。

 今更この貧民街を抜けて別方面に隠れるのは、危険性が高すぎる。

 こっちは貧民街内を移動するのにも苦労しているのだ。


 それに、東門は軍の庁舎から最も遠いのだ。

 他の門であれば、たまたま居合わせた軍人が敵の戦力として加わる可能性が高い。

 戦闘が長引けば応援が間に合うことも考えられる。

 そうなれば、目も当てられない事態になる。


「仮に魔導尉二人が敵側に揃えば、オレ達に勝機はまずないんだ。奴らはレベルが高いから、それだけ移動速度も速い。交戦を察知してから、別の場所で待機していた魔導尉が飛んでくることだって考えられる。東門以外は狙えねえ」


 俺の脳裏に、呪痕魔法カースの人狼状態で、単騎で駆けてくるカンヴィアの姿が浮かんだ。

 アイツの様に、速度強化ができる魔導尉というのは特に厄介になる。

 他の魔導尉との交戦中にカンヴィアが飛んで来れば、その時点で計画は破綻する。


 確かに、応援が来る可能性が低いというだけでも、東門は外せなくなる。

 仮に他の門の担当がヘイダルだったとして、彼も露骨に俺達を助けるわけにはいかないだろう。

 部下の目もあるのだ。

 逃亡扶助は、それだけで罪人扱いになりかねない。


 庁舎の近くは、居合わせた軍人が参戦する可能性も高い。

 下調べに時間が掛かり、場所を合わせるにもリスクが伴う。

 そもそもヘイダルが門を担当するかどうか自体わからないのだ。

 当てを外せば、時間を無駄にする。

 そう考えれば、リスクとリターンが見合った作戦ではなかった。


「あ、あの……魔馬エークォは、使わないんですか?」


 セリアが俺達へと尋ねる。

 俺が答える前に、ガロックが首を振った。


「お嬢よ、魔馬エークォのレベルなんざしれてる。瞬間速度は闘気を引き上げれば、魔馬エークォよりオレの方がずっと速い。移動には長時間速度を保てる魔馬エークォがいれば楽になるが、軍を振り切るのには魔馬エークォはむしろ足手纏いになっちまう」


 俺は今【Lv:29】だ。

 ずっと行動を共にしているエッダも似たようなものだろう。

 ガロックは牙鬼オーガとの戦いを見るに、【Lv:35】前後ではないかと思う。


 そして【Lv:20】に達している魔馬エークォなんて、まず気軽には見つからない。

 せいぜい、魔導佐のような権力者が個人的に所有しているくらいだろう。

 魔馬エークォは低レベルでもそれなりに足が速く、生まれつき《瞬絶》の闘術を有している。

 また、長時間安定して走り続けられる特性を有している。

 そのため【Lv:10】程度でも充分な移動手段とはなるが、瞬間速度でいえば中堅クラスの冒険者の方が速いことが多い。


 決して魔馬エークォが無用というわけではないが、軍人を振り切る際には邪魔になる。

 今の俺達には用意するのもリスキーだ。

 利益と不利益が釣り合っていない。


「そうなのですね……」


「大丈夫だ。軍の奴らをさっと片付けたら、お嬢はオレが背負っていってやる」


 ガロックとセリアのやりとりを見ていて、俺はふと閃いたことがあった。


「そうだ、魔馬エークォを使えば……!」


「どうしたんだい? ディーン」


 マニが俺の様子を見て、不思議そうに瞬きをした。


「正面からぶつかるのは危険が多いから、意表を突ける一手目が欲しいと思っていてさ」


 人数差で劣っている上に、こちらはセリアを守るために気を配らなければならない。

 俺達が勝つには、ファーストアタックを取れる利を最大限活かす必要がある。

 


「東門を確認する帰りに、どうにか魔馬エークォを一頭手に入れてくれないか?」


 マニにはこれから東門に向かい、軍の顔触れを確認してきてもらう予定だった。

 予想外の事態を避けるためだ。

 見張りの数が想定通りであるのかも把握しておいてもらいたいし、相手がわかれば対策を立てられるかもしれない。

 カンヴィアの戦い方は既に理解できている。


「……エ、魔馬エークォを、かい? 時間を掛けられないのが厳しいけれど……そうだね、お金にものを言わせれば、応じてくれる人はいるんじゃないかな。即決となると、低レベルで安い種族でも、五十万テミスは覚悟しないと駄目だと思うけれど」


「お金か……」


 五十万テミスと聞いて、頭がくらっとした。


「や、やっぱり、やめておくか。そこまで必要ってものでもないし……」


「……何か重要な策があったのではなかったのか?」


 エッダが呆れたように口にする。


「い、いや、手持ちでぽんと出せる額ではないし……これからの旅にも、かなり尾を引くことになる」


「ディーンの節制癖は本当に抜けないね。とにかくここを抜けないと、どの道僕達の未来はないんだよ。ちゃんと、合流する前に鉱石を捌いて逃亡資金は作ってきたさ。……それに、どの道しばらく店は動かせないからね」


 マニが少し寂しそうに口にした。

 ざ、罪悪感が凄い。

 俺の家にあるものを全部売っぱらっても大した額にはならないだろうが、マニは鍛冶屋に様々な鉱石を蓄えていた。

 確かに、あれを崩せばそれなりの額にはなっただろうが……。


「もっとはっきり言ってやれマニ。節制癖など、言葉を濁すな。こいつのそれはただの貧乏性だ」


 エッダが鼻で笑った。


「言ってみろ。納得できりゃ、オレからも金なんざ出してやる。オレも急ぎだったから、そこまでの手持ちはないがな」


 ガロックが横からそう提案してくれた。


魔馬エークォはそんなに高いのか。それだけあれば、どれだけの食糧が買えることか。のう、ディーンよ、策に使い終わった魔馬エークォは解体して食ったりするのか? 妾も食べてみたいのだが……さすがに、駄目か?』


 ベルゼビュートが物欲しそうに思念を送ってくる。

 こんな状況でもいつもの調子と変わらないベルゼビュートの様子に、俺はつい笑みが漏れた。


「……まあ、この策はお前に頑張ってもらうことになりそうだけどな」


『む?』


 俺が小さく零した言葉に、ベルゼビュートが不思議そうに反応を示した。

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