第三十八話 協力

「お嬢の護衛を呑んでもらえねぇか? あのマルティがここまでやるとは、ラゴール様も読んじゃいなかった。だが、これは奴の見せた最大の隙なんだ。危険なのも、無謀なのもわかってる。それでもオレは、ラゴール様のこれまでやってきたことも、死も、無駄にするわけにはいかねぇ」


 ガロックの言葉の通り、これは千載一遇の好機だった。


 マルティは俺から見ても腹黒く狡猾で、そして慎重な男だ。

 一冒険者に過ぎない俺から見えている部分だけでもそうなのだ。

 ここを逃せば、マルティを都市ロマブルクから追放する機会なんて二度と巡ってこない。


 俺は廃屋の奥で恐々とこちらを窺っているセリアへと目をやった。

 目線が合い、彼女は小さく頭を下げた。


 何かに怯えている様子だった。

 無理もない。マルティの部下に父親を殺され、自身も命を奪われる寸前だったのだ。


「わかりました。ここを出てからも、パルムガルトまで同行します」


 俺が口にすると、マニが不安そうに俺を見た。


「ディーン……ガロックさんに付き合うのは、ここを出てからも軍に目を付けられ続けるっていうことだ。甘い考えは捨てた方がいい。確かに、マルティを追い出せるチャンスではあるのかもしれない。でも、だからこそ、ガロックさんが都市の中から逃げ出したとなれば、向こうだって全力でこっちを潰しに掛かってくる」


「わかってはいるさ。だけど、どの道ガロックさんの助力なしでは、俺達もこの都市からは出られないんだ。それに、ガロックさんが条件を譲れないのも当然だ」


 ガロックがセリアと共に都市の外へ逃げたとして、マルティの追っ手を振り切れるとは思えない。

 戦力差があまりに大きすぎる。

 だが、俺とエッダ、マニに、ガロックが加われば、複数の部下を連れた魔導尉を撃退することは決して不可能ではない。


「それに、逃げ続けるだけじゃ駄目なんだ。ここで逃げたら、俺達は一生軍から追われる身になる」


 熱心に追われはしないかもしれないが、俺やエッダは真っ当な冒険者としての活動はできなくなるし、マニだって大っぴらに鍛冶屋を開くことはできなくなる。

 確かに、勝算は薄いのかもしれない。

 マルティだって、どんな手を打ってくるのかまるでわからない男だ。


 だが、それでも、力に屈して自分の道を諦め、日陰で生きるのはもうごめんだ。

 ベルゼビュートの手を取ったときに、俺はそう誓ったのだ。

 

「ここでマルティを終わらせよう。これ以上、あんな奴に好き勝手はさせておけない」


 マニがふう、と息を吐く。

 それから目を大きく見開いた。


「きっと、エッダさんもキミと同じことを言うだろうね。あの子も、軍には大分不満が溜まっているみたいだったし、キミ以上に負けん気が強いからさ。僕ばっかり尻込みしているわけにはいかないか」


「感謝する。オレも、手段を選んではいられねぇからな」


 ガロックが固い表情を崩し、僅かに笑みを見せた。


「お嬢、交渉成立だ。ずっと後ろで隠れてないで、挨拶してやってくれ」


「は、はい」


 セリアが恐る恐るとガロックの横に並び、俺達へと頭を下げる。


「よ、よろしくお願いいたします」


 少し怯えた様子を見せてはいるが、彼女の元来の気性というよりは、軍が館を荒らす現場に居合わせたためだろう。

 俺は目線を下げて、彼女と顔を合わせた。


「今更だけど、俺がディーンで、こっちがマニだ。……辛かったね。俺達がなんとしても、パルムガルトまで送り届けて見せるよ。一緒に、ラゴールさん達の仇を取ろう」


「……はい」


 セリアは唇を噛みしめ、小さな声でそう溢した。

 悔しくて……そして、それ以上に悲しいのだろう。

 俺もセリアの気持ちはわかるつもりだ。

 セリアのように直接的ではないが、俺の母親も軍に命を奪われたようなものだからだ。


 俺はガロックと共に廃屋に残り、マニにエッダを呼びに向かってもらうことにした。

 俺もガロックもセリアも、軍の捜索対象なのだ。下手に多人数で動き回るのは避けるべきだった。

 その後、マニの連れてきたエッダに事情を説明し、彼女から無事に了承を得ることができた。


「丁度いい。奴らはずっと気に食わんと、そう思っていた。ディーンが口煩く止めなければ、あんな騒動がなくとも街中で叩き斬ってやるつもりだったくらいだ」


 エッダが嗜虐的な笑みを浮かべ、そう溢した。

 ……しっかり口煩く止めておいてよかったと、心底実感させられた。

 今となっては、こうして結局軍から目を付けられる立場になってしまったわけだが。


「軍に追いかけ回されて萎縮してるんじゃないかと思ってたが、前会ったときから変わりがないようで何よりだ。頼り甲斐のある嬢ちゃんだな」


 ガロックが苦笑を浮かべながらそう言い、エッダに睨まれていた。


「おっと、皮肉じゃねえぞ、本心からだ。オレの都合に巻き込んで申し訳ないが、よろしく頼むぜ」


 ガロックから言われ、エッダはフンと鼻を鳴らす。


「別に貴様などの都合に合わせてやったつもりはない。奴らが気に食わんから、乗ってやることにしたまでのこと。ディーンが煩いから都市のルールという奴に従ってやってはいたが、ナルクの戦士は舐められたまま引き下がることを本来よしとしてはならないのだ」


 の、脳筋部族め……。

 今回の冤罪騒動がなくとも、エッダはいつか軍に斬りかかっていそうだ。


「……それに、私に付き合わせてディーンとマニの夢を奪ったままでは、寝覚めが悪いからな。その、魔導将のシルヴァスとやらに、しっかりと私の冤罪を認めさせねばならん」


 エッダが少し気恥ずかしげに、細い指先で落ち着きなく頬を掻きながらそう零した。


「エッダ……」


「そ、それで、本当にそのシルヴァスは信用できるのだろうな? 私は軍人にいい想い出はないぞ」


 今の言葉の照れもあってか、エッダは歯に衣着せぬ辛辣な言い方で、シルヴァスのことをガロックへと尋ねた。

 さすがのガロックも少し表情が引きつっていた。


「あ、ああ、そこは信用してくれ。おっかねぇ方だとは聞いてるが、マルティのような野郎じゃねえからよ。元々、マルティの尻尾を掴もうとラゴール様を使っていたお方だ。事情を聞いて、刃を向けてくるようなことはねえはずだ」

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