第三十七話 交渉と条件
「ガロックさんを捜していたんです。軍の奴らに、嵌められたんですよね?」
ガロックは額に皺を寄せる。
魔導剣は下ろさないままだった。
俺達がどういう意図でここに来たのか、まだ警戒しているようだった。
「俺達も、やられたんです。正確には、エッダが連れて行かれそうになって、流れでこうなってしまったんですが……。マニは、まだ外を自由に歩いても軍の兵が飛んでくるようなことはないはずです」
ガロックはやや魔導剣を下げた。
「……お前達も、か」
「俺やエッダのこと、何か聞いていませんか? 協力してくれている人がいるんですよね?」
「チッ、こんなガキに全部バレバレか。軍がここの連中と折り合いが悪いとはいえ、これまで見つからなかったのは奇跡だな」
ガロックが髪を掻いた。
「あの方も、不用意に外に出られる立場じゃねえんだ。軍から大々的にマークされてるオレに比べればマシだが、クソマルティの側近共に見つかったら間違いなくアウトだ」
ガロックが廃墟の奥へと目をやった。
「あの方……?」
マニの話では、ガロックの協力者は女の子という話だった。
だが、どうやらガロックは、その女の子のことを目上に見ているかのような言い方をしている。
「と……下手に喋る話じゃねえんだ。忘れてくれ」
ただの成り行きの協力者、というわけではないらしい。
今のガロックを匿っているなんて露呈すれば、それだけで軍からどんな扱いをされるのかわかったものではない。
やはり元々何らかの知り合いであったようだ。
俺はガロックの身体へと目をやった。
薄暗くて見えにくいが、胸や足に包帯を巻いている。
軍から逃げる際にかなり傷を受けていたようだ。
女の子が薬を探していたとは聞いていたが、やはりガロックの治療のためであったらしい。
「この程度、なんてことはない。元々、傷を癒すためにここに隠れてたんだよ。これで、腕も脚も、まともに動かせるようになった。もう、アイツらには後れは取らない。……それで、お前らは何をしに来やがった? オレを売り飛ばして見逃してもらうよう、軍と結託したわけじゃねえだろうな?」
言い方こそ冗談めかしてはいるが、目つきは厳しい。
警戒されている。
俺達が軍の命令でここに来た可能性も本気で考えているようだった。
まだガロックは魔導剣の構えを解いていない。
何かあれば、即座に攻撃に出られるようにだ。
ガロックと協力関係を結ぶには、まずは彼からの疑いを完全に晴らす必要がありそうだった。
マニが一歩前に出た。
「軍の連中であれば、ガロックさんの場所がわかった時点で、そんな回り諄いことはしません。外部の信用できない人間を使えば、それだけリスクも上がります。居場所が確定しているガロックさんを追い込むのに、わざわざ民間人を使って搦手を取る必要がありません」
マニがガロックへとそう説明した。
ガロックは考えるように数秒目を瞑り、魔導剣を下ろした。
「……そう、だな。奴らがオレを捕まえたきゃ、数で囲んでくるに決まっている。少し、気が張り詰めすぎちまっていたらしい」
ガロックが警戒を解いてくれた。
オレは安堵の息を吐いた。
さすがマニだ。互いに緊張している状況で、論理的で冷静な指摘だった。
「ガロックさん、頼みがあります。この貧民街にずっと隠れているのも限界があります。明日……いや、今日見つかったって、おかしくはない状況なんです。ですが、今の軍の警戒態勢を抜けて都市ロマブルクを脱出するには、俺達だけでは力が足りないんです。それはガロックさんも同じことだと思います。協力してもらえませんか?」
「……協力、か」
「はい。ガロックさんの力さえあれば、街門を突破するのも不可能ではないはずなんです。危険なのは勿論わかっています。ですが、ここで勝負に出る以外に、道はもうないんです」
ガロックは頭を下げ、目を瞑った。
また考え事をしているようだった。
少し沈黙してから、目を開いて顔を上げた。
「条件がある」
「条件、ですか? それは……」
「オレはここを出て、命に換えてもお嬢を都市パルムガルトまで護衛しなきゃならねぇ。ここを出るのに協力するなら、護衛にも付き合ってもらう」
「パルムガルトまで、護衛……?」
マニは大きく目を見開き、ガロックの言葉を口に出して反芻した。
都市パルムガルトは、このリューズ王国の東部で最も大きな都市だ。
都市ロマブルクからそこまで離れているわけではないが、高レベルの
軍の追っ手と戦いながらパルムガルトまで逃げるのは、残念ながら無謀だ。
目的を持って動くということは、相手に行動が筒抜けになるということでもある。
軍は絶対にガロックを放置できない。
都市ロマブルクから逃したとなれば、全戦力を投じてだって追い込みに来るはずだ。
「身勝手な話だが、他に頼れる戦力がいねえ。軍に……マルティに殺されたラゴール様のためにも、そこは絶対外せない」
ガロックが歯を食いしばりながら口にする。
ガロックも無茶を言っているのは理解しているのだろう。
マニは唇に指を当てて、険しい表情を浮かべていた。
「ガロックさんの動きは、軍に読まれないという保証はあるのでしょうか?」
マニがガロックに尋ねる。
ガロックは答えられなかった。
「ディーン、ここを出て無策に真っ直ぐパルムガルトへ向かうなんて、現実的じゃないよ」
俺は頭を押さえる。
このままこの都市ロマブルクに留まっていれば、いずれは確実に軍に見つかる。
だが、ガロックの力を借りてここを出れば、都市パルムガルトまでついていく義理が生まれる。
そしてその旅路が壮絶なものになることは想像に難くない。
「事情をもう少し、聞かせてください。お嬢とは、いったい誰なんですか?」
ガロックが背後へと目をやった。
廃屋の奥から、女の子がそうっと顔を出した。
古いローブを深く被った、小柄な子だった。
歳は十二歳くらいだろうか。
ローブの合間から、綺麗な金髪が揺れていた。
俺達を、やや怯えたように見つめている。
「彼女はシルヴァス魔導将の部下だったラゴール様の娘、セリア様だ」
ガロックの言葉を聞いて、俺は開いた口が塞がらなかった。
魔導将といえば一つの地方の統括者だ。
魔導佐であるマルティよりも軍内での位置付けは高い。
ラゴールは商会の会長に過ぎなかったはずだ。
まさか、そんな大物と繋がりがあるとは思わなかった。
「マルティはセリア様が生きていることを知っているはずだが、大々的に生存が明らかになっては都合が悪いため、死んでいることにしているのだろう。セリア様をパルムガルトを治めるシルヴァス魔導将の元へ連れて行けば、今度こそマルティを追い込めるはずなんだ」
俺は息を呑んだ。
「……マルティを、破滅させられる?」
マルティは都市ロマブルクを支配し、圧政を敷いてきた。
黒い噂なんて数えきれないくらいある。
俺の母が死んだのも、魔獣災害を軍が敢えて放置したことが原因であった。
ヒョードルが凶行に及んだのも、出身の孤児院を軍から守ることが目的であったと聞いている。
《灰色教団》の被害者が増えたことだって、軍が連中との交渉に出たくなかったからだ。
自分達は表立って動かずに裏工作をして散々冒険者を利用して、後は纏めて処分しようと企んでいた。
連中の目論見が明らかになった今も、俺達は軍に何の手出しもできずにいた。
そしてそれからすぐに、ラゴールの館の強盗事件に、冤罪騒動である。
仇なんて数えきれないくらいある。
それでも、手の出しようがなかった。
ずっと、遠く及ばない相手だと思っていた。
今、マルティの首が、手を伸ばせば指先が届きそうなところまで来ていた。
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