第三十六話 例の女の子

 話し合いが終わってから、マニに例の、ガロックを匿っているかもしれない女の子を捜してもらうことになった。

 俺とエッダは下手に街を歩き回れば、軍に見つかる恐れがある。

 こういった調べ物は、マニに出て行ってもらったほうがいい。


 ガロックを匿っている場所さえわかれば、俺がマニと一緒にそこへと出向く予定である。

 俺は下手に動き回るわけにはいかないのだが、ガロックと交渉するためには、俺が出向いた方がいいと考えたのだ。


 ガロックも自分の居場所が露呈することを恐れているはずだ。

 軍人でなかったとしても、乗り込まれれば警戒するに決まっている。

 軍から追われている立場の俺がいた方が信用してもらえるはずだ。

 ガロックが俺とエッダが軍から追われていることを知らない可能性も充分にあるが、協力者がいるようなので、そこからある程度は情報を得ている、と思いたい。


 マニは橋の外をそっと覗いて人がいないのを確認してから、俺達の方を振り返った。


「あまり何度もボクがディーン達の近くを出入りしない方がいいと思う。だから、女の子の拠点がわかるか、他に何か大きな情報を見つけたらまた戻ってくるよ」


「そうだな。この近くも、軍の連中が捜し回っているだろうし……」


「また絶対に戻ってくるから、連中に捕まらないでおくれよ。それから……連中から逃げるために結果的にそうなったのなら仕方ないけれど、僕に黙ってこっそり拠点を移したりなんかしたら、一生恨むからね」


 マニがわざとらしく頬を膨らませ、じっと俺の方を見た。

 冗談めかしてはいるが、目は真剣だった。


「勝手に都市の外へ逃げようとしたのは、悪かったよ。大丈夫だ、もうマニを置いていくような真似はしないって約束するよ」


 マニはにこりと笑い、それから少し目を細めた。


「……ディーン、暗い所にずっと二人きりだからって、エッダさんに変なことしたらダメだよ」


「そ、そんなことするわけないだろ」


「その様な心配は不要だ。私の方が強い。この男が妙な気を起こしたときには、取り押さえて指を落としてやる」


 エッダが淡々と口にする。

 ……彼女ならば、本気でやりかねない。


「で、できればその、冒険者としての活動に尾を引く処分は止めてあげてね……」


 マニが苦笑しながら、俺達に小さく手を振って走っていった。


 丸一日が経過した。

 再び日が沈んで暗くなり始めた頃に、マニが橋の下へと戻ってきた。


「ばっちりだよ。彼女の拠点が判明した。ここからそう距離があるわけじゃないから、軍をそこまで警戒する必要はないと思う。それ以外にも、追加でわかったことがいくつかあるのだけれど、やっぱり彼女はガロックさんと繋がっているのだと思うよ。貧民街に姿を見せ始めたのは、ガロックさんが逃走して行方を晦ましてからだったみたいだし、ここの地理にもかなり疎いみたいだ」


「時期も一致するのか。ただ、その子……一体、何者なんだろうな」


「ううん……成り行きで助けた、というわけではないと思うんだよね。彼女は元々は貧民街の住人ではない様子だったし、赤の他人が善意で軍を敵に回すとはとても考えられない。気にはなるけれど、きっと本人に聞けば解決することだとは思うよ」


「そうだな。じゃあ、早速、その子のところに行くとするか。深夜の内に動いておきたいし、これ以上日数を掛けるわけにもいかない」


 マニが頷いた。

 俺はエッダを振り返る。


「悪いけど、エッダはここで待っていてくれ」


「ああ、わかっている」


 ナルク部族の髪色と衣装は特徴的すぎる。

 それに大人数で行動すれば、それだけ目立ってしまう。


 俺はマニと共に橋の下を出て、マニの案内に従って深夜の街を駆けた。


「途中で軍人は見なかったよな?」


「ああ、警戒するに越したことはないけれど、見かけなかったよ。連中も、捜し回るなら明るい内がいいだろうからね」


 俺の言葉に、マニが頷く。

 ひとまず安心した。

 もしも運悪くこんなところで顔を合わせれば、その時点で全てがお終いになってしまう。


「どうやって居場所がわかったんだ? 移動している可能性はないのか?」


「追跡したんだよ。彼女は人目に触れるのをかなり警戒しているようだったけれど、貧民街では彼女の目的である薬の品揃えは悪いし、そもそもさっき説明した通り、地理に疎いようだったからね。本当に、ここには初めて来たっていう様子だったよ」


 そういえば、食料品と薬を探しているという話であった。

 もしかしたら、ガロックは怪我をしているのかもしれない。

 だとしたら、戦力として見るには少し不安があるかもしれない。


「目撃情報があったのと、同じ時刻にまた出てくるんじゃないかって思ったんだ。同じ場所でも、時間によって現れる人の層っていうのは異なるものだからね。その女の子も同じことを考えていたとしたら、少しでも自分の情報が広まらないために、活動範囲や時間を大きくは変えてこないはずだった」


「なるほど……」


 俺も、今の状況で橋の下から大きく離れた所へは行きたくないし、外に出るならなるべくその時間帯を一定にしたいと考えていた。


「結果としては、その考え方が当たったよ。ほら、ここだ」


 マニが、建物の扉の前で足を止めた。


 崩れかけている、古い家屋だった。

 見るからに廃墟といった様子だ。

 確かにここならば、誰も住んでいないと当たりをつけて、隠れ場所として選んだとしてもおかしくない。


 俺とマニは、そうっと家屋の中に入った。

 中を音を殺して歩きながら、《オド感知・底》で周囲を探った。

 二つの気配があった、当たりだ。


「奥に、人が隠れている。それも、二人いるみたいだ」


 俺はマニへと、声を潜めてそう伝えた。


「ねぇ、ディーン。僕達はなるべく静かに動いているけれど、それが却って相手を警戒させているかもしれない。そろそろ呼び掛けてみた方がいいんじゃないかな?」


「それも、そうだな。気付かれて逃げられたらそっちの方が複雑なことになるかと思ったけど、さっさと正体を明かしてしまった方が……」


 そのとき、《オド感知・底》で捉えていた気配の片割れが、さっと移動した。

 こっちに向かってきている。

 俺は咄嗟にマニの前に出て、《魔喰剣ベルゼラ》の柄に手を掛けた。


 大柄な人影が飛び出し、俺へと魔導剣を振り下ろした。

 俺は《魔喰剣ベルゼラ》で防いだが、あまりに重い。

 腕や足を《硬絶》で硬化させたが、それでも堪えきれずに後方へと弾き飛ばされた。

 床に尻もちを突きそうになったが、どうにか身を翻して持ち堪えた。


「ガロックさん、俺です」


 俺は構え直したばかりの《魔喰剣ベルゼラ》を横に逸らし、顏を晒した。


「なんで、お前達がここにいる……?」


 見覚えのある金髪に、顔に大きく走った傷跡。

 襲撃してきた男は、やはりガロックであった。

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