第三十五話 ガロックの行方
俺達は橋の下で木箱を椅子代わりにして、これからどうするかの話し合いを行うことにした。
まずはマニから、俺達がいなくなってからガロックがどうなったのかを聞いておきたかった。
「ガロックさんは、事件が起きてからずっと行方不明みたいだよ。ただ、軍は都市の中にガロックさんがいるって、確信を持っているみたいだ。都市の全門に、常に軍の兵が張り付いているよ。検問もかなり厳しくなっている」
深夜の間に魔獣が入り込んでこないように、都市の門は閉じられている。
ガロックが捕まらず、警備が厳しい間に都市から逃げ出すには、門が開いている明るい内に強行突破するしかない。
「……見張りは、門ごとにどれくらいいるんだ?」
俺の質問に、マニが首を振った。
「見張りをどうにか振り切るのは諦めた方がいいよ。僕も、あまり探っているように見られたら不味い立場だから、遠くから様子を見ていただけなんだけれど……魔導尉の、灰色の軍服が見えたよ。他にも何人かいるみたいだった。どこの門も、それは変わらなかったよ」
「確かに、それは無理だな」
俺は溜め息を吐いた。
「何故だ? 私とお前で、一度あの間抜けな男を振り切れたではないか。同じことをやってのければいいのであろう?」
「都市と違って、外は隠れる場所がないんだぞ。
カンヴィア相当の奴を相手に、障害物もなく振り切るのは不可能だ。
エッダはロマブルクの冒険者の中では、かなり上位に入るはずだ。
俺だってベルゼビュートと出会ってから、それなりには強くなったつもりでいた。
正直、一対二なら、魔導尉相手にももう少し善戦できると思っていた。
だが、実際にぶつかってわかった。
カンヴィアは俺の想像よりもずっと強かった。
そして単純にレベルが高いため、こちらの攻撃が通りにくい。
どうにか不意を突いて攻撃を叩き込んでも、それが致命打に繋がらないのだ。
そもそもあんな奴と近接戦をするべきではないのかもしれないが、エッダは距離を取って戦う術を持っていないはずだ。
俺だって《プチデモルディ》でベルゼビュートの化身を出してもパワー負けするし、《トリックドーブ》も決定打にはなり得ない。
カンヴィアは特に《ウルフマン》を自分に使って速度を引き上げることができるので振り切るのが厳しかったともいえるが、他の魔導尉も別の形で大きな強みを持っているはずだ。
軽視するべきではない。
「逃げ切れない状況で魔導尉と交戦になるのは、絶対に避けるべきだ。この前の戦いで、俺の《水浮月》もバレてしまった」
俺は《水浮月》の初見殺しで拘束から逃れ、相手の隙を突いて《暴食の刃》を通し、強みを奪うことが多かった。
だが、軍相手にはもうそれは通らないかもしれない。
カンヴィアを通して軍全体に共有された可能性が高いからだ。
「……歯痒いな。私にもっと力があれば、あんな奴に後れを取ることはなかったというのに」
エッダが口惜し気に呟いた。
彼女も、魔導尉相手でももう少し戦えるつもりでいたのだろう。
「しかし、本当に軍相手に隠れ続けていられるのか? 貧民街にも、ガロックを探してかなり軍の調査の手が入っているのであろう? 危険なのはわかるが、どうにかマニに探ってもらい、警備の隙を突いて勝負に出るのも、悪くない選択なのではないか?」
「それは、そうなんだが……」
騒動が落ち着くまで隠れ続けるのも、守りの堅い門を強引に突破するのも、どちらも勝算が低い。
だが、現状この二つ以外の策がないのだ。
ガロックがすぐ発見されるのであれば、騒動もすぐに落ち着くはずだった。
しかし、どうやらその気配がない。
エッダが一か八かの勝負に出るべきではないのか、と考える気持ちもわかる。
だが、俺はそれでも、まだ隠れ続けた方が分があると考えている。
「軍と正面から戦うには、戦力が圧倒的に足りない。今も、とても安全策ってわけじゃないのはわかってる。それでも、勝負に出るのは自殺行為だ」
エッダは俺の言葉を聞くと、唇を噛んで俯いた。
「戦力……協力者なら、作れるかもしれない」
マニが口許に手を当てて、そう呟いた。
「本当か?」
エッダが顔を上げる。
「そんな奴、いるのか? 頼んだところで、裏切られて売られる可能性だってあるんだぞ。そいつだって、この都市にいられなくなる。そんなリスクを呑んでくれる奴なんて……」
俺は口にしていて、ふと気が付いた。
そう、一人だけ、条件に当てはまる人物がいるのだ。
「ガロックさん……?」
俺が口にすると、マニが頷いた。
「軍より先にガロックさんを見つけて交渉することができれば、彼を仲間にできるかもしれない。彼も既に、この都市には居られない人間なんだ。裏切って僕達を売ることはできないよ。それに、彼もまた、戦力的な事情で動けずにいるはずなんだ。僕達と状況はほとんど同じはずだからね」
ガロックならば、実力も問題ない。
というより、俺達が足を引っ張らないかが不安なくらいだ。
ガロックは一度エッダとの決闘で手を抜いて彼女に後れを取ったが、レベルでは間違いなく俺達よりも一回り上だ。
もしも俺、エッダ、マニ、ガロックの四人で動くことができれば、魔導尉が門の番をしていたとしても、逃げ切ることは不可能ではないはずだ。
「だが、軍の目を盗みながら、街のどこかに隠れているガロックさんを見つけ出すなんて……」
「……実は僕、ガロックさんに繋がるかもしれない情報を掴んだんだ。勿論、確証はないんだけどね。キミ達を探すために貧民街中を回っていたから、そのときに色々と耳に入ってきたんだ」
「ほ、本当か!?」
軍は、特に冒険者や貧民街の住人からは敵視されている。
彼らから充分に情報を集められないことを思えば、貧民街での人捜しに限っては、彼らよりも鍛冶屋を経営して伝手の多い、マニの方が分があるのかもしれない。
「実はこの貧民街で、見慣れない女の子の目撃情報があったんだ。古いローブを纏って顔を隠していて、薬や食料品を探しているみたいだったそうだよ」
「食料に、薬……」
顔をこそこそと隠して生活品を買い集めようとするのは、俺達と行動が似ている。
「ガロックを、匿っている……?」
マニが頷いた。
「可能性は高いよ。このタイミングだし、それに、格好はみすぼらしいけれど、不思議とお金は持っていたそうなんだ。余程の事情がない限り、お金があるのに、品揃えと質の悪い店が多い、ここで薬を探すようなことはしないと思う。彼女を追えば、もしかしたらガロックさんに会えるかもしれない」
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