第三十四話 再会
橋の下に入り、木箱を並べて三人で顔を合わせる。
「二人共無事で、本当によかったよ……。もしかしたら、もう二度と会えないんじゃないかと思っちゃったんだ」
マニは指で目尻を拭いながらそう口にした。
『大丈夫であるのか? マニに見つかる程度の場所で、連中の目を欺いていられるのか?』
ベルゼビュートが思念を送って来る。
マニと共にこの貧民街を歩いた回数など、幼少期から合わせれば数えきれないくらいだ。
彼女とこの橋の下を覗いたこともある。
そこから、隠れているならばここかもしれないと、見当をつけたのだろう。
……だから、軍からはそう簡単には見つからないと、そう思いたい。
実際、いつ見つかるかはわからない。
だが、他にもっといい場所があるかというと、そんな候補はないのだ。
それに、明確に場所が割れていない限りは、魔導尉が部下を連れて乗り込んでくるような事態には、さすがにならないだろう。
一般兵二人くらいならば、俺とエッダでも撒くことはそう難しくはないはずだ。
さすがに相手が四人以上だったり、魔導尉クラスが混じっていると一気に厳しくはなるが……。
「……悪い、急にギルドを飛び出すことになってしまって。マニにどうにか連絡を取ろうかとも考えたけど、軍の動きが全然わからないのが怖くてな」
それに、できればマニを巻き込みたくはなかった。
軍とまともに敵対するのは本当にマズい。
この王国を相手取るにも等しい行為だ。
敵の規模が大きすぎる。
俺は冒険者専門だ。
冒険者ギルドは軍の手先のようなものだが、連中の支援を受けなくとも冒険者としてやっていく方法はある。
エッダは元々王国の庇護を受けないナルク部族の人間だ。
いずれはまたどこかのナルク部族に合流したいと、俺にもそう語っていた。
しかし、マニは違う。
魔導器の鍛冶屋は、それなりの都市で人を呼び込まないと絶対にやっていけない。
軍から目を付けられている人間がやっていけるものではないのだ。
親から継いだ工房と生き甲斐を奪うような真似は、俺にはとてもできない。
「俺とエッダは、どうにかこの都市ロマブルクから逃げるつもりだ。しばらく、軍の目を盗んで生活することになると思う……。だけど、今のこの都市の軍は明らかに異常だ。こんな好き勝手がいつまでも続くとは思えない」
本当に軍が商会の会長の館を襲撃して皆殺しにしたのであれば、今までの好き勝手とは次元が違う。
こんなことを今後も続けるつもりなのであれば、いずれはボロを出すはずだ。
「きっといつか、真相が明らかになると思う。そうなったら、また、このロマブルクに戻って……」
「……本気でキミは、そう思っているのかい? 魔導佐のマルティは、道義を欠いた男だけれど、決して馬鹿ではないよ。ボロを出して処分されるのが見え見えの状態で、そんなことをするとはとても考えられない」
マニが俺の目をじっと見つめながら、そう口にした。
「それは、そうかもしれないが……でも……」
俺が言い淀むと、マニが立ち上がって俺の前で屈み、左肩を力強く掴んだ。
また彼女の目に、涙が溜まり始めていた。
「ディーン、そんな言葉で、僕を誤魔化そうとなんてしないでくれ。キミの考えていることはわかるよ。僕に迷惑を掛けまいと、そう考えてくれているんだよね? でも、僕とキミが逆の立場だったら、それで納得して引き下がって、後で巻き込まないでくれてよかったと、そう喜べるのかい? だとしたら僕は、本当に哀しいよ」
「マニ……だが、そうすると鍛冶屋が……」
「キミが何と言おうとも、僕もついていくからね。言っておくけれど、これはキミのためじゃないよ。僕が、キミと一緒にいたいからそう言っているんだ」
少しの間、マニと目を合わせ続けていた。
マニの意志は強い。
きっと本当に、俺が何を言っても考えを曲げようとはしないだろう。
既に、その覚悟を済ませてここへ来ているのだ。
「……ありがとう、マニ。三人で、この都市を逃げ出そう」
『何を言っておるのだ! 妾もおるぞ、ディーン! 忘れているわけではあるまいの!』
「わ、悪い、四人だな。……人でいいのか?」
俺は《魔喰剣ベルゼラ》へと目を落とす。
そして魔導剣を眺めながら目を細め、握り拳を固めた。
マニから鍛冶師の道を奪ってしまうわけには絶対にいかない。
やはり、マルティが失脚するのを待っているだけでは駄目だ。
どれだけ時間が掛かるかはわからないが、きっといつか奴の悪事を暴き、魔導佐の地位から引きずり降ろしてやる。
そうなれば、俺達も大手を振ってまた都市を歩けるようになるはずだ。
俺やマニ、エッダの力だけでは、どれだけ足掻いても軍の力には敵わないかもしれない。
なにせロマブルク支部だけで何十人もの魔導器使いがいるのだ。
まともにぶつかれば、戦いにもならない。
だが、俺がもっと七大罪王の一角であるベルゼビュートの力を引き出せるようになれば、いつかはマルティの首にも手が届く様になるはずだ。
「……ディーンをずっとエッダさんと二人きりにしておくのも、少し不安だったしね」
マニは顔を赤くして小さな声でそう言いながら、ちらりとエッダの方を見た。
マニがいてくれれば、情報もかなり集めやすくなる。
全く軍の動きが読めない今までより、遥かに動きやすくなったはずだ。
「……私などのために、二人を巻き込んでしまうとはな」
エッダが俯き、木箱の上で足を抱え込んだ。
さすがのエッダも、今回の件は相当応えているようだった。
見るからに落ち込んでいる。
マニが鍛冶師の道を捨てるつもりでここへ来たというのが重くのしかかっているようだった。
「べ、別にエッダは何も悪くないんだから、そう気に病むなよ!」
「そ、そうだよ! 二人が僕を置いて逃げて行って、その後もディーンが声を掛けてくれないつもりだったのはちょっとショックだったけれど……その、僕も、エッダさんを責めたいとか、そういう気持ちは全くないんだよ」
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