第三十三話 《魔蝦蟇のスラム風サンド》

 俺は橋の下の河原で、辺りに散らばっていた煉瓦の残骸や石を組み合わせて土台を作り、その上に鍋を置いた。


「お前は本当にブレんな……。食料の調達ついでに、鍋まで用意していたのか。暢気なものだ」


 エッダが石の上に座りながら、やや呆れた様に俺へと言った。

 だが、止めるようなことは口にしなかった。

 恐らく出会った頃のエッダであれば、同じ状況で同じことをすれば、掴みかかってでも止めに来ていただろう。


「食事は日々の活力の土台、苦しいときこそ腹に入れるものを妥協したら、そこから崩れるんだよ」


 ……もっとも、俺もバウマンから鍋を押し付けられるまでは、さすがに今回ばかりは置いておこうと考えていた。

 だが、こんな窮地だからこそ、自分達の身体やメンタルを整えることは必要だ。

 仮に苛立っていがみ合うようなことがあれば、最悪だろう。


 鍋底に木の実油を敷き、鬼鶏オーガチキンの卵を割って落とした。

 フライパン代わりにしたのだ。

 鍋の下に火炎石の破片を置き、《トーチ》の魔法で発火した。


「私の分もあるのだろうな?」


 エッダが尋ねて来る。

 俺は少し驚いたが、親指を立てて彼女へと向けた。


「ああ、任せておけ」


『のう、ディーン、妾の! 妾のは!』


 俺の手許の《魔喰剣ベルゼラ》がガタガタと揺れる。


「……もうちょっと安全になったらな。食料もそこまで余裕はないし、《プチデモルディ》を使うといざというとき魔力が足りなくなるから」


『う、うぐ……またしばらく生殺しであるのか……』


 解体用ナイフを用いて、肉や野菜を切っていく。

 肉は魔蝦蟇ロッガーの腿肉だ。

 忌避されがちな疣のある種類のものだった。

 疣ありは、魔蝦蟇ロッガーの中でも臭みが強いのだ。

 また、外観から購入を忌避されることも多い。


 だが、生前の外観など料理してしまえば関係ない。

 臭みも酒に漬ければ取れるのだが、今はその準備を行うことはできない。

 紫葫ガリックをスライスして乗せ、その香りで上書きしよう。


 紫葫ガリックは、正しくは紫葫ガリックの紫色の球根である。

 加熱すると、食欲をそそる独特な香りを放つ。

 栄養価が高く、乾燥させて薬の材料として用いられることもあるそうだ。


 紫葫ガリックはその香りがなかなか強力なので好き嫌いがやや分かれるが、以前使ったときも別にエッダは忌避している様子はなかった。


 バウマンから買った食料の中には、ベルゼビュートの大好き貧民芋ポアットもあった。

 紫葫ガリックがあれば、貧民芋ポアットの土臭さも帳消しにすることができる。

 ボリュームを増すために使っておこう。

 食べられるときに食べておかないと、いつどうなるのかわかったものではない。


 魔蝦蟇ロッガーの腿肉とスライス紫葫ガリック葉玉キャベン鬼鶏オーガチキンの半熟目玉焼き、薄切り貧民芋ポアットをパンで挟み込む。

 塩と魔蝦蟇ロッガーの脂、その他の香辛料で作ったソースを具材には塗っている。


 《魔蝦蟇ロッガーのスラム風サンド》、とでもいったところか。

 肉に野菜、卵に芋、穀物、加えて紫葫ガリックまでふんだんに用いている。

 安上がりな一品だが、栄養価は凄まじく高い。

 風味がありふれた香辛料頼みなので安価な味わいだが、これはこれで悪くないはずだ。


「パンも軽く熱してるから、早めに食った方がいいぞ」


 俺は出来上がったサンドをエッダへと手渡す。

 エッダは俺から無言で受け取り、そのまま黙ってサンドへと目線を落としていた。


「どうした、エッダ? 紫葫ガリック、駄目だったか」


「…………いや、お前には感謝せねばならんことが多いと思ってな」


 少し間を開けて、エッダが答えた。


「そんな照れなくても……」


「少し考え事をしていただけだ。気恥ずかしくて言い淀んでいたわけではない」


 エッダが、ややムッとした表情で答えた。


「俺も、今まで何度もエッダに助けられてるからな。おあいこ様だよ。ヒョードルのときも、灰色教団のときも、エッダがいなかったら間違いなく命を落としてた。今回は、ちょっと危機を脱するまで長くなりそうってだけだ。あんまり気負うなよ」


 俺とエッダは、橋の下に積み上げられていた木箱に並んで座り、《魔蝦蟇ロッガーのスラム風サンド》を食べた。

 口に含めば紫葫ガリックの香りが広がり、次の一口を急かしてくれる。

 長く緊張状態にあったためか、思っていたより腹が空いていたようだった。

 食べれば食べる程、今まで空腹であったことを実感させられる。


 卵の黄身が潰れ、口の中に肉の脂と共に広がる。

 貧民芋ポアットまで挟んだのはやり過ぎかと思ったが、すぐに食べきってしまいそうだ。

 一口ごとに、幸せな満足感があった。


「悪くないな。素早く食べやすい、魔迷宮探索にも向いているのではないのか」


 エッダがそう言いながら、サンドを頬張っていた。


 ここに更に乳酪があってもよかっただろうが、きっとバウマンの趣味ではなかったのだろう。

 食材の中にはなかった。


『……そうよのう、ディーンにとっては、妾なんぞよりマニやエッダの方が大事であるものな。この仕打ちも仕方ないというものよな』


 《魔喰剣ベルゼラ》が、面倒臭いことを零しながら地面を転がっていた。


「そ、そういう意味じゃなくて! ほら、栄養補給が必須じゃないんだから、仕方ないというか……」


『そうであるよな、仕方ないことであるよな。ああ、わかっておる、妾は全てわかっておるぞディーン』


「ここを切り抜けたら、すぐに料理を用意してやるから、な?」


『……本当か? 妾、次はそれがいいぞ』


「ああ、三つでも四つでも用意してやる」


『五つや六つも用意してくれるのか! 期待しておるぞディーン!』


 ……自然に数が増えている。

 ま、まあ、別にいいんだけど……。


 エッダが口に含んでいた分を呑み込み、《魔喰剣ベルゼラ》を指で示した。


「……本当にそれは、七大罪王の一角なのか? 偽物ではないのか?」


『なっ、なんと失敬なことを! ディーン、この小娘に妾の偉大さを教えてやるがいい!』


「俺もたまに怪しく思うけど、ベルゼビュートは本物だと思うよ」


『ディーンッ!? そ、それはさすがに酷いのではないのか!? のう!?』


 ふとそのとき、物音が近づいてくるのを感じた。

 俺は残っていたサンドを口に押し込み、《魔喰剣ベルゼラ》を手に立ち上がった。


 そして無言のまま、エッダに目で合図をした。

 エッダも木箱の上にサンドを置き、素早く魔導剣を構える。


 物陰から現れたのは、マニであった。

 マニは俺達二人の顔を確認し、目に涙を湛えながら深く息を吐いた。


「マ、マニ!」


「よかった……二人共、ここに隠れていたんだね」

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