第三十一話 今後の予定

「何はともあれ、本当に助かったよ。飛んだところを見られたかもしれないし、とにかくここを移動しよう。隠れられる場所なら、いくつか心当たりがある」


 本来ならすぐにでも都市ロマブルクから逃げるべきなのだろう。

 しかし、今は生憎、強盗殺人と《炎獄姫レティシア》の噂のせいで、軍は警戒態勢であった。

 もっとも、どちらも軍の自作自演の可能性が高いが……。


 元より魔獣対策で都市は壁に覆われており、出入りできる門は限られている。

 そうでもしなければ、万が一にでも大規模な魔獣災害が発生すれば、街一つなんて簡単に滅んでしまいかねないからだ。


「……これからどうするか、だな。顔見知りを頼って、どうにか目立つ店を経由せずに食料を調達するしかないか」


 貧民街の人間は、だいたいみんな軍が嫌いだ。

 多少見られてもすぐさま通報されるようなことはないだろう。

 金銭目当てで売られる可能性は考えた方がいいが、頼る相手を選べば避けられるリスクだ。


 ただ、マニを頼るのは危険かもしれない。

 どういうつもりか、カンヴィアはエッダだけではなく俺の名前を既に調べていたようだった。

 マニと狩り仲間パーティーを組んでいて、親友であることも調べ上げられていたとしてもおかしくはない。

 マニの鍛冶屋の周辺に張り込んでいるかもしれないし、最悪の場合は下手に頼れば、彼女も関係者と見做されて巻き込まれる可能性だってあるかもしれない。


「しかし、隠れるのも限界があるだろう。見つかるたびに逃げるのか?」


「……正直、ガロックさんが捕まれば警戒は一気に薄れるはずだ」


 ガロックはいい人だった。

 あの人が軍に捕まるところなんて考えたくはないが、現実問題として、彼が捕まるのが俺達が安全に都市を抜けられる条件なのだ。


 エッダも複雑な表情をしていた。

 エッダは終始ガロックに敵意剥き出しだったが、それは相手が立場を利用してこちらに危害を加えて来ることを警戒してのことだった。

 ガロックはエッダの敵意に対して敵意を返さず、面倒な問題が起きそうになったときも、自分の立場が悪くなることを承知で牙鬼オーガの闘骨をこちらに無条件で譲って筋を通してくれた。

 エッダもガロックは嫌いではなかったはずだ。


「ガロックが捕まれば、警戒が薄れると考えているのは何故だ?」


「カンヴィアは追い掛け回して来たけど、本来俺達のことなんてどうでもいいはずなんだ。魔導器や私財の没収なんて、二の次のはずだからな。連中だって、住民から不用意な反発を買うことは恐れてる」


 ベルゼビュートの魔核を知れば、軍も全力で俺を殺しに掛かってくるかもしれない。

 だが、俺の魔導器の情報は連中には流れていないはずだ。

 俺が《魔喰剣ベルゼラ》を使って狩り仲間パーティーを組んで魔迷宮に潜っているのは、エッダとマニだけだ。

 この《魔喰剣ベルゼラ》もマニが打ったものであり、鍛冶師から情報が洩れることもまず有り得ない。

 軍からマークされていたのは、せいぜい好調が続いているからいい魔導器を手に入れたのかもしれない、くらいのものだろう。


 ガムドン決死団でも、司教オルノアの《マリオネット》を奪ったくらいだ。

 俺がやったと勘づいた人間がいても、魔法の力を奪ったとは考えていないはずだ。

 一時的に相手の闘術や魔法を使用不可にする異掟魔法ルールは別に存在する。

 俺が止めたとバレたとしても、取り立てて騒ぎ立てることではない。


 現状、そこまで軍が俺達を狙う理由はない。

 連中のエッダにラゴール・ラージンの館を焼いた罪を被せる、という目的は既に果たされている。

 俺達が逃げ出したことで、軍は余計な嘘を吐かなくとも、俺達が強盗に加担していたという前提で勝手に話を進めることができるのだから。

 俺達が逃げて、むしろ向こう側としては嬉しかったはずだ。


 今更そこまで積極的に、手間暇を掛けて捜索して捕えに来るとは思えないのだ。

 少なくとも、都市全体に警戒を呼び掛け続けるほどではないだろう。


「……だけど、ガロックさんは違う。軍が彼を追い回してるのは、冤罪を着せるためだけじゃないと思う」


「どういうことだ?」


「ガロックさんは事件が起こった際に館にいて、軍人を負傷させてるんだ。あの人は事件に居合わせて、それが原因で逃げることになったんだ。連中に、不都合なものを目にしたに違いない」


 館の人間は皆殺しにされたという話だった。

 目撃者を完全に消すためだろう。

 ガロックはきっと、そこから逃げて来たのだ。

 だから軍は《炎獄姫レティシア》がいるかもしれないから、という建前で警戒体勢を強めて、ガロックを血眼で捜している。


「本当は、ガロックさんに負傷させられた軍人が犯人だったのかもしれない。たとえラージン商会が反軍的な方針だったとしても、そこまでやるとは俺も信じられないけど……」


 見えている部分が少なすぎて、事実だけ並べてもどうにも歪な印象を受ける。

 一つ言えることは、俺達はスケールの大きい陰謀に巻き込まれて、とばっちりを受けたということだ。


「……俺としては勿論、ガロックさんには捕まってほしくない。ガロックさんは、部下を逃がすために一人で高レベルの牙鬼オーガと戦っていたような人だ。どんな理由があったとしても、あの人が雇い主の一家を惨殺して逃げるわけがない。でも、現実問題として、軍があの人を捜している間は、俺達が都市から逃げるのは不可能なんだ」


 貧民街を移動しながら、俺とエッダは今後について話し合った。

 基本的にエッダには隠れてもらい、俺が食料をどうにか調達することになるであろうことを伝えた。

 そして都市ロマブルクを抜けられれば、離れた地まで移動してマルティ魔導佐の管轄を抜け、都市部から離れた村でどうにか匿ってもらおう、と。


 話している間に段々とエッダの表情が暗くなり、俯いてしまった。


 無理もない。エッダは、ようやく都市での暮らしにも慣れてきたところだったのだ。

 それに村では冒険者としてやっていくのは難しい。

 都市部でなければ、闘骨や魔核を効率的に捌くことができないからだ。


「まぁ……なんとかなるって。軍だって、あんまりしつこくは追い掛け回してこない……と思う。それに、いずれ事件の詳細が明るみに出て、マルティ魔導佐が失脚するようなこともあるかもしれない。そうなったら、手配書を回収してもらえる可能性だってゼロじゃない」


「……すまない、ディーン。お前を巻き込んでしまった。これでマニとも、しばらく会えなくなってしまうかもしれん」


「巻き込まれたんじゃなくて、俺が巻き込まれに行ったんだ。当然だろ、大事な仲間なんだから。こういうときは、謝るんじゃなくてありがとうって言ってくれればいいんだよ。それに、悪いのはお前じゃなくてロマブルクの軍人だ」


「ディーン……」


 エッダは少し驚いたように口を開けて俺の顔を見ていたが、それから微笑んだ。


「感謝する、助けられた」


 俺は顔が熱くなるのを感じた。

 普段はずっと仏頂面なので、たまに笑顔が出て来るとなんだかどぎまぎしてしまう。

 頭を掻きながら顔を逸らし、照れを誤魔化すために笑った。


「エッダが素直だと違和感があるな。もっとこう、私がいないと逃げられなかったんだからむしろ感謝しろ、くらい言ってもいいんだぞ」


「そうだな。私一人であれば、余計な交戦をせずとも、あのウスノロ共を置き去りにすることは容易かったからな」


 俺が茶化せば、エッダは不敵に笑ってそう答えた。

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