第三十話 逃飛行
俺はカンヴィア達から逃げながら考える。
地の利があっても、引き離せなければ関係ない。
このままでは、そう遠くない内に捕まることは明らかだった。
エッダが周囲に目を走らせてから、俺の方を向いた。
「ディーン……あの建物なら、お前を背負いながらでも駆け上がれるかもしれん」
エッダが前方にある、三階建ての建物を指差した。
「か、駆け上がるって、壁をか?」
エッダは、そんなことができるのか?
何かの闘術だろうか。
しかし、建物を上がったところですぐに追い詰められるに決まっている。
「私に考えがある。こんな賭けには出たくなかったが、仕方あるまい。手段を選んでいる場合ではないだろう?」
確かに、連中はすぐに距離を詰めて来る。
追いつかれればまともに太刀打ちはできない。
それに
どうにか距離を稼いで逃げ続けられても、いずれは
「わ、わかったが、背負いながらって……お前の背に乗ればいいのか?」
「それ以外あるまい、早くしろ!」
俺は頷き、エッダの背に乗った。
エッダは一度足を止め、魔導剣を掲げる。
「《ラームジュオン》! 《真龍ノ
エッダの身体を中心に魔法陣が展開され、彼女の背から、虹色に輝く大きな双翼が伸びた。
異界魔法(サモン)による、異界の魔獣の部分召喚だ。
ヒョードル戦において、エッダがかつて彼の重力魔法(グランテ)を強引に突破するために使った魔法だ。
見るのは二度目だが、相変わらず心を奪われそうな美しさであった。
エッダが深呼吸をする音を聞いて、俺は我に返った。
俺は翼に向けていた目を素早く背後へとやった。
カンヴィア達が迫ってきている。
部下の一人が、俺達に魔導剣を向けていた。
杖の先端に魔法陣が展開され、炎の球体が直進してくる。
来た、
俺は咄嗟に体勢を崩して腕を伸ばし、近くの木箱を《魔喰剣ベルゼラ》の刃で叩いた。
「《マリオネット》!」
魔力の糸を生み出す
俺は剣を上に振るい、木箱を宙へと飛ばして
木箱は炎の球体に壊されて四散したが、そのお陰で軌道の逸れた炎の球が地面へと落ちた。
この状況で、
しかし、どうにか凌げたが、エッダが神経を研ぎ澄ませている間にカンヴィア達がどんどんと迫って来ていた。
カンヴィアが怒りの顔で《呪顔のゲールマール》を振り上げていた。
これ以上この場に留まっていれば、奴の刃のリーチに入る。
「す、すぐそこまで来てるぞ、早く……」
「急かすな、わかっている! 落ちるなよ!」
エッダが地面を蹴り、前へと出た。
虹色の翼が、大きく両側へと広がった。
エッダは壁に足を踏み込み、そのまま一気に壁を昇り始めた。
一気に世界の角度が変わる。
《ラームジュオン》で出現させた翼を、壁昇りの補助として用いているようだった。
「す、凄い……!」
俺達のすぐ下に、炎の塊が飛来したのが見えた。
壁が崩れる。
だが、エッダはそれを気に留めずに走り続け、一気に屋上へと着地した。
さすがに疲れたらしく、エッダは肩で息をしていた。
「おい、あまりべたべたと触ってくれるな。ナルクの女は、肉親であっても婚姻相手以外にはみだりに肌を触れさせはしないと、前にも言っただろう」
エッダが俺を振り返りながらそう言った。
「わ、悪かったけど、仕方ないだろ。あんな角度だったんだから。そもそも、落ちるなって警告したのはお前だろ!」
身体を掴む以外で、どうやって落ちないように工夫しろというのか。
エッダはむっとしたように口を曲げたが、特に反論の言葉も浮かばなかったらしくそれ以上は言及してこなかった。
「でも、こっからどうやって……」
俺がそう口にしたとき、下の方から怒声が聞こえて来た。
「どこまでも俺を虚仮にしやがって! おい、早く上がれ!」
「し、しかし、無警戒に上がれば、待ち伏せされるかもしれません。それに……」
「つべこべ言うな! 魔導佐様は、被害の有無などさほど気にせん! 結果の有無が全てなのだ! お前も手柄を得たきゃ、ちっとは身体を張りやがれ! お前らが無能だから、この俺がいつも魔導佐様に絞られるんだよ!」
カンヴィアが部下に怒鳴り散らしているようだ。
俺は声の方を睨んだ。
おっかないおっさんだ。
冒険者よりも軍人の方が遥かに報酬がよく、安定性があり、安全も保障されているとは聞く。
しかし、俺はカンヴィアみたいな奴にこき使われるくらいなら、マニやエッダ達とのびのび魔迷宮を探索している方がずっといい。
「エッダ、これからどうする? 中に降りて、待ち伏せするか? それとも、意表を突いて飛び降りてみるか?」
俺がエッダから降りようとしたとき、エッダが手を伸ばして俺を止めた。
「もうちょっと掴まっていろ」
「それは、どういう……」
エッダが屋上の床を蹴って前に駆け出した。
「まさか、お前……!」
エッダは屋上の端を蹴り、翼を広げて飛んだ。
俺は下に広がる光景を眺めながら、気が気ではなかった。
エッダは俺を背負ったまま滑空し、そのまま離れたところの地面へと着地した。
その際にバランスが崩れ、二人で揉みくちゃになりながら地面の上を転がった。
俺はふらつきながら、近くにある建物を背に座り込んだ。
まだ景色が回っている。
「ひ、酷い目に遭った。助かったけど、先に言ってくれ……」
「お前が重心をズラすからだ。わ、私一人ならば、こんなお粗末な着地にはならなかったからな」
俺は背後を振り返る。
大分滑空してきたようだ。
俺達が飛んだ三階建ての建物が、随分と遠くに見える。
まさか、ここまで移動できるとは思わなかった。
慌ただしく建物を昇っているカンヴィア達の姿が脳裏に過ぎった。
今頃は地団太を踏んでいることだろう。
これでひとまず連中を振り切れたはずだ。
現状は依然変わらず最悪だが、当面の危機は去った。
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