第二十六話 強盗事件
何がどうなっているのかさっぱり理解が追い付かない。
ラージン商会の会長の館が、焼き討ち強盗に遭った……?
「……会長のラゴール・ラージン、彼の妻や娘、部下や使用人……館にいた人は、皆殺されてしまっていたそうだ。ちらりとそんなことを耳にしただけだから、本当かどうかは、まだわからないけれども……」
マニが下唇を噛みながらそう口にした。
俺はガロックの手配書へと顔を向ける。
強盗事件に関わっていた疑惑があり、軍の一般兵に襲い掛かったと書かれていた。
「ど、どういうことだよ。なんで……ラージン商会の会長が殺されて……部下であるはずのガロックさんがその容疑者になってるんだ……?」
ガロックは強盗を働くような人間ではなかった。
また、その必要もないはずだった。
《黒狼団》の団長だったのだから、それなりに金銭を受け取っていたはずなのだ。
そもそもこの犯人は《炎獄姫レティシア》ではなかったのか。
レティシアとガロックが組んでいた、とでもいうのか。
「何かの間違いだろ……こんなこと、あるわけがない」
頭がくらくらしてきた。
どんな事情があったとしても、ガロックはそんなことをする人間ではないはずだ。
《力自慢の狩場》ではわざわざ手間を掛けて俺達に忠告を出し、
そんな彼が、あれからまだ数日だというのに、こんな凶行に手を染めるわけがない。
『……随分と、物騒なことになっておるようだな』
ベルゼビュートの声が響く。
「ガロックさんが犯人なわけがない。きっと、何か事情があって姿を晦ましているだけなんだ」
しかし、だとしても軍の一般兵と交戦になったというのが妙だ。
軍相手に魔導器を向ければどうなるか、ガロックがわかっていなかったわけがない。
軍とて都市内で魔法を用いた強盗殺人が起こったとなれば、早急に解決したいはずだ。
重要参考人を無下には扱うとは考え難いのだが……。
『やられたのは、以前の冒険者の集まりを支援しておった商会のところなのか?』
「あ、ああ。ガムドン決死団の支援を行っていたところだ」
ベルゼビュートの言葉に俺は頷いた。
そこで俺は、ラージン商会が灰色教団騒動の際に《黒狼団》を動かさなかった理由として、表立って動いて軍から目を付けられるのを恐れていたからだろうと、当時マニと考察していたことを思い出した。
結局軍の周到な準備の前に大した騒ぎにならず潰されてしまったが、軍が動かなかった都市の一大事を冒険者の集まりが解決するというのは軍の面子を潰す行為である。
不満の声が大きくなれば、魔導佐のクビが飛ぶ原因となることも有り得ない話ではなかったはずだ。
冒険者の中にもそれを期待していた者は多かったはずであるし、ラージン商会の支援の主な理由はそこにあると考えていた。
「まさか、軍が報復として、会長の屋敷を……?」
続いて、疑問が頭に生じた。
以前から《炎獄姫レティシア》の目撃情報があったと冒険者ギルドは警戒を促していたが……それは、本当のことだったのだろうか?
冒険者ギルドはただの軍の下請けのようなものだ。
軍が公表しろと言えば、黙って従うに決まっている。
《炎獄姫レティシア》の目撃情報は、強盗騒動を誤魔化すために前以て仕組まれたことだったと、そうは考えられないだろうか。
事実として、都市ロマブルク最大手の商会の会長の家が皆殺しにあったというのに、そのことよりも《炎獄姫レティシア》が都市にいるかもしれない、ということに皆の意識が向いている
「ディーン、声量を落とした方がいい。それは、誰かに聞かれていれば問題になりかねないよ。ギルドの職員も、軍寄りの人達なんだから」
「わ、悪い、マニ」
つい、声が大きくなってしまっていたか。
俺は周囲へ目をやり、誰にも見られていないことを確かめる。
「……それに、さすがに考え過ぎだと思うよ。確かに彼らは横暴で意地悪だけれど、やりすぎれば自分達の立場が悪くなることは理解しているはずだ。少し敵意を向けられたからと言って、一家皆殺しにするような手段を取るとはとても思えない」
マニが声を潜めながら言う。
……確かに、それはそうなのかもしれない。
軍は徹底して建前を大事にしている。
証拠が闇に消える魔迷宮でもあるまいに、軍が気にくわないからといってすぐさま武力行使に出るような真似をするとは考え難い。
だが……だが、それ以上に、俺はガロックが凶行を働いたことが信じられない。
ガロックが考えなしに軍人に魔導器を向けたとも思えない。
「勿論、僕もガロックさんが事件を起こしたとは思っていないよ。ただ、この件は、僕達が思っているよりもずっと複雑なのかもしれない。それに……この事件は、絶対に関わるべきじゃあないと思う」
「…………」
マニの言いたいことはわかる。
軍が直接凶行に及んだのかどうかはわからない。
何らかの不幸が重なった結果なのかもしれないし、複数の事件が絡んでいるのかもしれない。
ただ、十中八九、何らかの事情があってガロックは軍に嵌められたのだ。
しかし……この都市ロマブルクだけでも、百人近い軍人がいるのだ。
灰色教団とは規模が全く違う。
おまけに軍は国の戦力そのものなのだ。
都市の外まで考えれば、軍の規模は無限に広がっていく。
都市ロマブルクに十人前後いる魔導尉は、全員がヒョードルやヘイダル並みの魔導器使いだ。
事件に関わって軍を相手取ることになれば、俺達に勝ち目なんてあるわけがない。
だが……ガロックは今、たった一人で都市ロマブルク中の軍人を敵にする羽目に陥ってしまっている。
「……暗い空気になってしまったね。ほら、エッダさんも来ているみたいだ。とりあえず、彼女と合流しないかい?」
「そう、だな」
俺は扉の方へと目を向ける。
エッダが不安げに、不穏な空気の冒険者ギルド内を見回しながら歩いていた。
俺がエッダの許へと歩み出したとき、ギルドの入口付近に灰色の軍服が見えた。
俺は思わず足を止めた。
「おうおう、相変わらずここは、辛気臭い面した愚図共が多い。ま、当然か。冒険者ギルドなんざ、何の才能もなかった奴らの溜まり場だからなァ」
魔導尉のカンヴィアだった。
彼は不快な笑みを浮かべながら、自身の口髭を指で軽くなぞっていた。
彼に続き、五人の一般兵が姿を現す。
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