第二十五話 火の災い

 俺はマニと並んで街道を歩き、冒険者ギルドへと向かっていた。

 エッダとは冒険者ギルドで合流することになっている。


「やっぱり魔導器の造り直しは、もう少しお金を溜めてから考えた方がいいかもしれないね。一応前の魔蝸金マイマルゴもあるけどさ、あれはCの最下級ってところだから。あの牙鬼オーガの闘骨と合わせるには、ちょっと勿体ないかもしれない」


 魔蝸金マイマルゴはエッダと出会う以前に俺とマニで倒した、黄金魔蝸ゴルド・マイマイの金属殻のことである。

 元々黄金魔蝸ゴルド・マイマイ自体、C級では最弱格の魔獣であった。

 当時はそれでも厄介だったが、今となっては楽に勝てる相手だ。

 魔獣の亡骸に宿るオドは、無論生前のレベルに比例する。

 魔導器の素材の質はそれが全てというわけではないが、そう考えるとちょっと頼りない。


 マニは《悪鬼の戦鎚ガドラス》のお陰でレベルが上がりやすくなったところだ。

 一度マニのレベル上げ中心で魔迷宮に潜って彼女の扱える金属の範囲を広げ、それからベルゼビュートの魔核を用いて魔導剣を造ってもらった方がいいかもしれない。


 賢狼石コパルドを残しておいた方がよかったか……と考えたが、アレは扱いが難しいとマニは言っていた。

 エッダもいたので、俺が我儘を言って保管するには、その分の彼女への対価は俺が補わなければいけない。

 しかし、当時そんな余裕はなかったわけで……どの道マニのレベルを上げる必要があるのならば、それと同時に魔迷宮探索で上質な金属を探した方が効率はいい。

 そこをエッダに相談して、次に向かう魔迷宮を選定した方がいいかもしれない。


「……ただ、僕としては、何かあったときのことを考えると、早めに造り直して上げたいんだけどね。適性レベル帯の魔物相手でも、やっぱり闘気の面でちょっと後れを感じていたみたいだし……」


 マニが唇に指を当てて、そう零した。


 ……俺は以前力自慢の狩場でも、魔猿マーキィ相手に完全に闘気負けしていた。

 魔法や闘術を駆使して引っ掻き回す際にはあまりマイナスにならないが、力や速さ比べになる白兵戦ではどうしても弱点が大きく出てしまう。


 魔導器には、装備した者の闘気や魔力を強化する力がある。

 冒険者の質を決定づけるのは、本人のオド水準……つまりはレベル、そして次に魔導器の補正値であり、闘術や剣の技量はその後だとされている。


「……まぁ、エッダに相談したら、剣技の鍛錬が足りないからだと馬鹿にされそうだけどな」


 あいつは魔法や闘術で自身の速さを底上げして、剣の技量を活かしてレベル上相手でも正面から挑むことができている。

 

 話をしている間に、冒険者ギルドへとついた。

 中を見回してエッダを捜す。

 あいつは向こうからこっちを見つけても、声を掛けて来ずに周辺をウロウロしていることが多いのだ。

 

「なんだか、様子が妙だね」


 マニが目を細める。

 言われて見れば、いつもより何となく剣呑な雰囲気であった。

 怖い表情で、ぼそぼそと小声で話している人間が多い。

 

 俺とマニは黙って、耳を澄ましながら冒険者ギルドの中を歩いた。

 他の冒険者達の会話が断片的に耳に入って来る。


「おいおい、レティシアが出たって、本当か? 冗談じゃねえぞ」


「こりゃあ別の地に避難した方がいいんじゃないか?」


「いや、あいつは一か所に留まらないって話だが……」


 レティシア、という名前を聞いて俺は息を呑んだ。

 《炎獄姫レティシア》は、リューズ王国とその連合国の間で指名手配されている、魔導器使いの犯罪者である。

 たった十二人しかいない《魔の厄災》と称される厄災級の犯罪者だ。

 世界最強格の魔導器使いである。


 前々から、ちらほらと目撃情報は流れていた。

 悪戯や勘違いの可能性が高いとして、冒険者ギルドでは対応策は注意喚起に留めているようではあったが……。


「……どうやら、富裕層の豪邸が焼き討ち強盗に遭っただけで、まだレティシアとは限らないみたいだね。でも、以前からレティシアらしい人物の目撃情報はあったみたいだったから、その可能性はかなり高いと思う」


「レティシアって、そんなことまでやるのか? 他国で、急に現れて一人で都市を壊滅させたっていうのは聞いたことがあるけど……」


「レティシアの起こしたとされている事件の中で、似たようなものはあったと思う。元々は貧民の出で、金持ちや権威者が嫌いなんじゃないかっていう噂を聞いたことがあるよ。金銭を目当てにしての犯行ではなかったのかもしれないね」


 事件の規模に対して、行動動機も滅茶苦茶だ。

 彼女達が《魔の厄災》と恐れられる由縁が分かった気がする。

 《魔の厄災》の被害は、人災というよりも天災のそれに近い。


『前も話しておったが、そんなにその炎獄姫とやらは厄介であるのか? 所詮はただのニンゲンであろう。囲んで数で叩けば、それで終わりであると思うのだが』


 ベルゼビュートが口を挟んでくる。


「……それで対処できるのなら、軍がとっくに捕らえているよ。オド水準が桁外れに高かったら、人間か悪魔かの違いなんて、あってないようなものだろ。魔導剣の特性次第で、常識外の奥の手を持っている、なんてことも有り得るんだから」


 どちらかというと、俺とベルゼビュートもそういう立場である。

 悪魔の固有の力は、魔導器の特性として所有者の力になる。


「まあ、魔界オーゴルのトップだったベルゼビュートからしたら、人間ってだけで五十歩百歩で大したことがなく思えるのかもしれないけど……」


 ふと冒険者ギルドの壁を眺めていると、手配書が増えていることに気が付いた。

 何気なく近づいて、その顔を見て俺は驚いた。

 逆立った髪に、額から唇に掛けて大きな傷がある、強面の男であった。


 思わず足を速めて接近する。

 名前のところにしっかりと、『ガロック・ガーレイン』と記載されている。


 俺達が《力自慢の狩場》で出会った《黒狼団》の団長ガロックに間違いない。


「……は?」


 俺は壁に近づき、手配書を睨んだ。

 C級最上位クラスの冒険者であると、注意書きにそう記されていた。


 俺の後を、マニが追いかけてきた。

 マニの顔にも困惑があった。


「……ディーン、大変だ。強盗に遭った豪邸なんだけど……どうやら、ラージン商会の会長の館だったみたいなんだ」

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