第二十四話 ある軍の庁舎にて②(side:マルティ)

 ――リューズ王国軍・東地方ロマブルク支部。

 ディーン達の暮らす都市ロマブルクに設置されている庁舎の最上階にて、マルティ魔導佐とプリア魔導尉が書斎机越しに顔を合わせていた。


「ヘイダルは無事に入軍を受け入れるそうです。例の《ガムドン決死団》に加わった冒険者の面子を押さえていると、脅しを掛けたのが効いたのかもしれませんね」


「うむ、ご苦労だ。あの男であれば、この都市の……俺の他の魔導尉の実力と比べても、遜色はない。アレでいい加減に見えて正義感が強いのが面倒だが、損得勘定はきっちりと行える男だ。それに、奴はこの都市に恋人がいる。汚れ仕事を押し付けても、そちらを押さえておけば裏切ることはできまい。何かと使い道はあるだろう」


 ヘイダルは《予言する短剣ギャラルホルン》の使い手である、都市ロマブルクの最強格の冒険者である。

 メインは魔物の位置を探る感知術師であるが、彼の剣術は他の冒険者達とは一線を画す。

 未来視を用いた剣技は、格上の相手をも斬るポテンシャルを秘めている。


「しかし、良かったのですか? あんな男、下っ端としてこき使ってやればよかったのに……」


「言っただろう? ヘイダルの実力は申し分ない。俺は、強者は評価する。それに……自分を評価してくれる組織があると思えば、人間の立場や善悪は簡単に引っ繰り返り、そこへ従属するものだ。あの堅物を抱き込むには、魔導尉の地位をくれてやるのが手っ取り早い」


「さすがマルティ魔導佐様です。そこまでお考えであったとは」


 マルティの言葉に、プリアが頭を下げる。

 彼女の青色の長髪が動きに靡いた。


「それはそれとして……我らに牙を剥いた愚か者は、報復を与えねばならない。《ガムドン決死団》だとかいう小物共はどうでもよいが、ラージン商会は別だ」


 マルティの立ち回りによってそうはならなかったが、軍を差し置いて冒険者が都市の脅威に当たった《ガムドン決死団》は、軍の面子を潰し得るものであった。

 組織を計画した段階で軍に弓を引く行為なのだ。


 とはいえ、元々ガムドン決死団の事実上の纏め役はマルティの息が掛かったチルディックであり、マルティは軍部が灰色教団との交渉の場に出ないために彼らを利用しただけなのだ。

 そういった背景もあり、特別冒険者達に対して何かをするつもりはなかった。

 危険因子として参加者の名簿は押さえているが、それだけである。


 だが、《ガムドン決死団》へと支援を行ったラージン商会となると、話は変わってくる。

 ラージン商会はマルティとしても無視できない、都市ロマブルク内の一大組織である。

 彼らが自身に敵対行動を取るのであれば、これ以上余計な事態を引き起こす前に制裁を下すべきだと、マルティはそう考えていた。


「例の準備は整っているかね、プリア魔導尉殿よ」


「はっ、無論です。予定通り、明日には仕掛けることが可能です。ですが……その、随分と手荒な手を取るのですね」


 プリアの言葉を聞いて、マルティは口許を歪めて笑う。


「不安かね?」


「い、いえ、マルティ魔導佐のやり方に不服があるわけではないのです。ただ、その、普段とは少しやり方が異なると思ったものですから……」


 プリアが言葉を濁す。

 軍内では階級が上の人間に対してしつこく口出しすることはタブーとなっている。

 ただ、それを分かった上でプリアがそこまで口にするということは、不安の表れでもあった。


「お前は随分、俺を臆病な人間だと評価してくれているようだな? クク、だが、違うぞ。確かに俺は慎重な人間だが、攻め時くらいは心得ている。だからこそ、今の地位まで昇り詰めることができたのだ。そして、更なる上を目指す」


 マルティが書斎机の上に封筒を置いた。

 封は既に開いている。


「ラージン商会は、ただ軍部が嫌いな商会というわけではない。奴らは、明確な敵だ」


「これは……?」


「別都市に送っていた、ジルド魔導尉殿の調査結果だ。ラージン商会の会長ラゴール・ラージンは、シルヴァス魔導将の部下の親族であることがわかった。ご丁寧に、それを誤魔化すために記録の改竄まで行っている」


「そ、それは、つまり……」


「耄碌爺なりに頑張ったと褒めてやりたいところだが……半端に知恵が回るところが、むしろ首を絞める結果になったな。秘密裏にあちらの支部の軍と連絡を取り合った形跡も見つかったようだ。よくぞ、これまでこの俺相手に隠し通したものだ。この間のカルト団体の一件がなければ気が付かなかった」


 カルト団体の一件とは、《黒輝のトラペゾヘドロン》を狙って灰色教団の引き起こした、誘拐事件のことである。

 その際、ラージン商会は素早く冒険者の集まりである義勇団ガムドン決死団への支援を行った。

 マルティは自身の息が掛かったチルディックより、ラージン商会の動きを細かく把握することができていた。


 そのときに疑惑が生じたのだ。

 ラージン商会は、シルヴァス魔導将の送り込んだロマブルク支部の軍部を見張るためのスパイではないのか、と。

 同時に緊急時には軍部に代わって都市ロマブルクの民を守るように指示を受けていたとすれば、今回のラージン商会の行動にも納得がいく。


 そうして部下である魔導尉を動かして調べた結果、ラージン商会がクロであることの裏付けが取れたのだ。


「ラージン商会……ラゴール・ラージンは、シルヴァス魔導将と繋がっている。そんな男がわざわざ俺の都市ロマブルクに拠点を構えて、富を蓄えて都市の権力者の一角となり、魔迷宮探索の名目で《黒狼団》なる胡散臭い私兵団まで立ち上げている」


 マルティは笑い、膝元の猫獣ニャルムのフィアーを撫でる。

 フィアーを身体を伸ばし、心地よさそうに鳴き声を上げた。


「許しておけるはずがあるまい。シルヴァス魔導将に警告を出す意味でも、ラージン商会には消えてもらう。この都市ロマブルクは俺の国なのだ。これで、シルヴァス魔導将も安易に部下をスパイに向かわせて来ることはなくなるはずだ」


「その分、シルヴァス魔導将殿の警戒は高まると思いますが……大丈夫でしょうか?」


「問題ない。あの耄碌爺も、近い内に消してやるつもりだ。なにせこっちには、冒険者達が必死に守ってくれた《黒輝のトラペゾヘドロン》がある」


 マルティはフィアーの頭を撫でていた手を持ちあげ、書斎机に置いた黒い箱を撫でる。

 中には《黒輝のトラペゾヘドロン》が入っていた。


「どの道、近い内にシルヴァス魔導将とは決着をつけてやる必要がある。あいつは、俺が《黒輝のトラペゾヘドロン》を抱えているのをよくは思っていないはずだ」

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