第二十三話 自我のある魔導剣

 俺は《赤牛ラカウ型焼きテリヌ》を口にする。

 肉の旨味と野菜の旨みが調和し、いい甘みを生み出している。

 それを黒腫茸ドリュンの香りが引き立てる。


 我ながら会心の出来だと思う。

 塩はもうちょっと減らしてもいいくらいかもしれない。


「のう……のう、ディーンよ」


 俺が目を瞑って味を確かめていると、横からベルゼビュートが声を掛けてきた。


「どうした? ベルゼビュート」


「妾の分が、もうなくなってしまったのだが……?」


 ベルゼビュートが物欲しそうな声でそう言った。


「そうか、じゃあもう造霊魔法トゥルパを消していいか?」


「そうではない……そうではないのだ! のう、わかっておるであろう、ディーン? なぜそのような意地悪を言うのだ」


 ベルゼビュートが空になった皿を俺へと掲げる。

 見れば、ちょっと舐めとった跡があった。

 おい、七大罪王。片鱗でもいいから威厳を見せてくれ。


「け、結構多めにベルゼビュートのところには盛りつけたつもりだったんだがな」


「安心せい、そなたの料理であれば、妾は無限に食せるぞ!」


 別にその言葉に安心する要素は何もないのだが……。

 むしろ食費的な意味で困ってしまう。


 ふと顔を上げると、エッダがベルゼビュートを睨んでいた。

 魔獣を観察するかのような、冷たい目であった。


 エッダの親族は悪魔に殺された、という話であった。

 悪魔自体、彼女はあまり好きにはなれないのかもしれない。


 元々、ベルゼビュートのように共存可能な悪魔が珍しいのだ。

 悪魔は基本的に《鉱物の魔ソラス》のように自身の欲や妄執を絶対の価値観においており、人間の命などなんとも思っていないことが多い。


 加えて、全体としては現界イルミス魔界オーゴルの支配下におくことを目標として動いているはずである。

 B級以上の高位悪魔が現界イルミスへと入り込むことが難しいため、現界イルミスの平穏は保たれている。


 ベルゼビュートが温厚なのは、料理という人間の文化に依存した欲望を抱えているためでないかと、俺はそう考えている。

 悪魔自体が魔力の塊のような存在であるため、魔力の高さと知性に関連がある、という面もあるのかもしれないが。

 運び屋時分にも悪魔を目にしたことはあるが、ベルゼビュートほど知性があった試しはなかったはずだ。


「そうである! エッダよ、そなたは料理などどうでもよいと、口にできれば食材そのままでも変わらぬと、そう口にしておったな! その料理を妾に……」


 エッダは視線をベルゼビュートから料理へと戻した。

 止めていた手を動かして、《猩々鯛オラウスナ油煮ヒジョン》を口へと運んだ。


「まぁ、たまには悪くないかもしれんな」


「貴様っ……!」


 ……ベルゼビュートをもう消した方がいいかもしれない。

 俺は溜息を吐いた後、自分の分から料理の一部をそっとベルゼビュートの皿へと移してやった。


「ほら、ベルゼビュート。これでいいか?」


「おおおおっ! よっ、よいのかディーン!? 後で返せと言われても吐き出せんぞ?」


「吐き出されても困るからな?」


「さすがディーンである! 愛しておるぞ!」


 俺は必死に料理を食すベルゼビュートを、苦笑いしながら眺めていた。

 食事が終ってから《プチデモルディ》を解除してベルゼビュートを消して、トイレへと向かった。

 トイレから出たとき、通路でエッダと顔を合わせた。


「ああ、エッダか。トイレはここだぞ」


「そういうわけではない。少し、お前に聞きたいことがあった」


「聞きたいこと……? それは、ここで話すことなのか?」


 別にトイレまで押し掛けてこなくても、居間で聞けばよかったのではないだろうか。

 マニの前では言い辛いようなことだったのだろうか。


「普段お前の横にはあの魔導剣があるからな」


 ベルゼビュートがいれば、話せないことなのか……?

 エッダの言い方に少し不穏なものを感じた。


「魔法や闘術を奪ってしまえるなど、恐ろしい力だと考えていたが……お前は、ベルゼビュートと口にしていたな。アレは、暴食の悪魔ベルゼビュートに相違ないのだな?」


「あ、ああ……俺の《イム》じゃ調べきれなくて、本人が言っているだけだし……あんな見かけだけど、それはきっと間違いないと思う」


「……やはり、か」


 想定はしていたようだが、それでもさすがに驚いているようだった。

 七大罪王ベルゼビュートは、仮に肉体を持っていれば現界イルミスを滅ぼしかねない力を有した大悪魔である。


 少し茶化す様な言い方をしてしまったが、エッダの表情は真剣だった。

 俺は息を呑む。

 どうにもエッダは、ベルゼビュートに対して何らかの警戒を抱いているようであった。


「……自我のある魔導剣を、実は私は他に目にしたことがある。だからお前とヒョードルを倒した時から、もしかしたらそうなのではないかと考えていた。魔導剣の詮索は仲間内でも推奨されないと聞いていたので、触れることはなかったが」


「じ、自我のある魔導剣……?」


 つまりそれは《魔喰剣ベルゼラ》同様に魔核の自我ということだろうか。

 だとしたら、その剣も、かなりの悪魔の魔核が用いられていることになる。

 少なくとも……A級以上であることは間違いない。


「その剣の使い手は気が触れていた。確証はないが……まず、悪魔の影響だと断定していいだろう」


「そ、そんな……!」


 確かに、あり得ないことではない。

 俺は魔核だから何もできるはずがないと、ずっとそう考えていた。

 造霊魔法トゥルパを使う術者さえいなければ、ベルゼビュートは動くことさえままならないのだ。

 だが、仮に俺が拾ったのが他者の精神を支配するような力を持った大悪魔であったならば……それこそ下僕として使い潰されるようなこともあったのかもしれない。


「私がこの都市に留まってお前と組んでいるのは、無論都市の暮らしを学びつつオド水準を上げることが主な目的であった。だが、あの魔導剣を見極めておきたい、という考えもあった。私が以前見た魔導剣と同じ類のものだと確証が持てたため、やはりお前には伝えておくべきだと思ったのだ」


「……教えてくれて、ありがとうな。でも、ベルゼビュートは……そんな奴じゃないと思う。それに、魔導剣にも精神干渉を示唆するような力はないんだ」


「そうかもしれんな。だが……気を付けておけ。私から言えるのは、それだけだ」


 エッダが道を譲る。


「悪魔に怪しまれる。お前が先に戻っておけ」


「待ってくれ。その気の触れた奴っていうのは、いったい何者なんだ? 具体的にそいつは何をしたんだ? その魔導剣は……今、どうなっているんだ?」


 自我のある魔導剣の前例など、これまで聞いたことがなかった。

 その話は軍も把握しているのだろうか。

 仮に今も国内にA級悪魔に操られた人間が歩いているとなると、大変な事件だ。


「私にも、詳しくはわからない。……それに、悪いが、あまり話したいことではないのだ」


「エッダ……」


 そのとき、通路の角からマニがひょこっと首を出した。


「二人とも戻ってこないと思ったら、通路で話し込んでいたんだね。水臭いじゃないか」


 マニが笑顔でそう口にした後、俺達の顔を見て不安げに髪を手で梳いた。


「えっと……もしかして、僕がいたら少し話し辛いことだったかな?」


「何を想像したのかは知らぬが……そうだな。ディーンはとっとと戻れ」


 エッダはそう言って、トイレへと向かっていった。

 マニが不安そうに俺の顔をじっと見つめる。

 ……マニには、また機会を見て軽く説明しておこう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る