第二十一話 祝宴の準備
今回の金額の分配が終わった後、マニの鍛冶屋の場所を借りてちょっとした祝宴というか、食事会を行うこととなった。
ベルゼビュートの奴にもきっちりと美味しいものを食べさせてあげなければいけない。
《力自慢の狩場》へ挑む前は、本当に金欠で
それに、今回はエッダの奴も来てくれた。
ここは腕を振るって、素材のまま主義者のあいつにちょっとでも料理の良さを普及せねばならない。
俺は買い揃えた食材を机に置いて、
『ほほほう、今回は随分と奮発してくれたのう! わかっておるではないか! 愛しておるぞ、ディーン!』
床に置いた《魔喰剣ベルゼラ》が、ゴロゴロと騒がしく転がっていた。
……落ち着きのない魔導剣だ。
席に座るエッダが、凄い目で《魔喰剣ベルゼラ》の燥ぎっぷりを眺めていた。
「どうも……」
『しかし、今回は随分と奮発しておるではないか? ムムッ、もしやエッダの奴がおるからか? ディーンの色男め! 憎い奴じゃのう、このこのう!』
「ば、馬鹿なことを言うな!」
そのとき、マニの方からガラン、と音が鳴った。
顔を向ければ、手にしていた皿を机の上に落してしまったようだった。
幸い、高さはそれほどではなく、怪我や皿の破損もないようだった。
マニは皿の方には目もくれず、冷たい無表情で《魔喰剣ベルゼラ》を睨みつけていた。
背筋に冷たいものが走った。
普段温厚なマニの、こんな表情はなかなか目にすることはない。
《魔喰剣ベルゼラ》が小さくぶるりと震え、ピンと真っ直ぐに立った。
床に倒れてカランカランと跳ね、それからようやく大人しくなった。
……あ、あいつ、縦にもなれたのか。
「大丈夫か、マニ? 疲れてるのなら、休んでいた方が……」
「ああ、ごめんね。少しぼうっとしていたみたいだ。でも大丈夫だよ。サラダの準備くらいは僕に任せておくれよ」
マニはいつもの調子で微笑んで、
その後も少し様子を眺めてみたが、特に変わったところはない。
本当に、考え事でもしていただけなのだろうか。
「無理はしないでくれよ」
俺はそう声を掛けた。
マニからグッドサインが返ってきたのを見てから、自分の作業へと戻ることにした。
『ディーンよ、わ、妾は、マニの方をお勧めするぞ』
《魔喰剣ベルゼラ》から思念が届く。
刀身をカタカタと傾け、マニの様子を窺うようにしていた。
「……唐突に何の話をしてるんだ、お前は?」
しかし、ベルゼビュートの奴め、妙にテンションが高い。
まぁ……ちょっと久々の豪華な食事なのだから、それもそうなるか。
ベルゼビュートに愛想を尽かされないためにも、俺ももっと頑張らないと駄目なのかもしれない。
まぁ……尽いたとしても、今の魔核だけのベルゼビュートに何ができるのかわからないが。
ただ、本来ベルゼビュートの魔核を用いた魔導剣など、俺のような二流冒険者の手にしていい次元の魔導器ではないのだ。
例えばどこぞの魔導佐がベルゼビュートを手に入れれば、金に物を言わせてもっと高価な金属や闘骨を使い、ベルゼビュートの力を引き出した魔導器を造るだろう。
そして毎日、溢れんばかりの豪華な食事を振る舞うはずだ。
俺はそれには及ばずとも……金欠だからといって食事の質を極端に抑えるような真似は、ベルゼビュートに対してするべきではないのかもしれない。
しばらく作業をしていると、背後から「おい」と声を掛けられた。
エッダの声であった。
俺はびくりと肩を上下させ、ナイフを置いて振り返る。
「び、びっくりした。普通に近づいてくれよ」
声を掛けられるまで、彼女が接近してきていたことに気がつけなかった。
「お前は感知の闘術があるのだろう。私が敵であれば死んでいたぞ」
「家の中の料理中で闘術を巡らせて警戒してる奴はなかなかいないと思うぞ……」
もっともナルク部族は基本的に屋外の、それも魔獣狩りのまともに進んでいない区域での生活であったはずなので、それくらい警戒しておかなければ本当に生きてはいけないのかもしれないが。
「で、どうしたんだ?」
「……手伝えることがあるなら聞いてやろう。私だけ座ったままというのも暇なのでな」
エッダが少し気恥ずかしそうに、目線を外してそう口にした。
俺は呆気に取られた。
まさかあのエッダから、料理を手伝おうという申し出が来るとは思ってもいなかったのだ。
《鉱物の魔ソラス》の討伐に潜ったときの協調性皆無で触れるもの全てを傷つけるかのような言動を思い返せば、まるで別人かと思ってしまうほどである。
「エッダ……お前も、都市に慣れて丸くなったんだな」
感慨深いものがあり、俺は目頭を押さえてそう呟いた。
「馬鹿にしているのか? 何もないなら戻るぞ」
エッダがむっとした顔で唇を噛む。
「わ、悪い、そういうつもりじゃないんだ。そうだな……何か、簡単なことを……」
エッダに指示を出して見ている方が手間が掛かりそうではあったが、協力してもらった方が楽しそうだと思った。
それに彼女にとっても、最低限の料理の仕方は覚えておいた方がいいに決まっている。
「そのような気遣いは無用だ。要領はお前を見ていて大体覚えた」
エッダはそう言って俺の傍らに立ち、机の上に置いたナイフを手に取った。
……かと思えば、両手で握り、軽く宙を斬った。
しゅんと、いい音が鳴った。
「短すぎて、しっくりとこんな。まぁ、よい。何をどう斬ればいいのだ」
エッダはナイフを両腕で握ったままそう言った。
俺は額を押さえた。
……要領はだいたい見て覚えた、とはなんだったのか。
ナルク部族では戦士には戦い以外のことを任せない。
以前、エッダがそんなことを口にしていたのを思い出した。
『そち、戦い以外は存外にポンコツであったのだな……』
《魔喰剣ベルゼラ》が、しみじみとそんな思念を漏らした。
お、俺が思っても言わなかったことを!
エッダは《魔喰剣ベルゼラ》を素早く振り返り、手にしたナイフを向けた。
「おいディーン、
「お、落ち着いてくれエッダ!」
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